主婦&薬剤師ゆうこの ワガママにっき

主婦&薬剤師のふたつの顔を持つ
変なおばちゃんの日常を気の向くままに綴ります。 

いま思えばなつかしい思い出だけど

2017年07月11日 07時39分15秒 | できごと

ココヤクでドラッグストアの話題が出るととても懐かしく、あの頃は大変だったけど楽しかったなーと。

病院勤務時代はもっと大変だった。
辞めたくて辞めたくてもがきながらも懸命に働き続けた。

新人の頃はもっともっと大変で無謀にも大学病院の薬剤部に研修生として半年間頑張った。
筆舌耐えがたいほどの苦労の連続で、だいぶ前にブログに書いたような…。
なんせピッキング間違うと監査席からトレーごと飛んできたり、ハサミが飛んできたり。
薬剤師ってこんなにも怖いんだ~っと身に染みた。
でも優しい先輩もいて。

そのときに薬剤師さんたちが処方箋に印を次々押すのを見て、あのポンポン押してる特別な印を自分も押してみたい。あのハンコが欲しいと切実に思ったものだ。
そのハンコを押す日が来るのを夢見て歯をくいしばり頑張ったっけ。
病棟に注射薬を届けに行って、ガン無視されたと勘違い。ナースステーションは戦場で、次々鳴るナースコールにテキパキと対応する。
看護師さんの腕には走り書きのメモが多数。用件を聞きながら移動することも多々ある。

病院時代はひとり薬剤師で、卸さんやメーカーさんにいろいろ教えてもらった。親切な人が多くて、当時は経営アドバイザーも兼ねていたら様々な話をしてくれたり。納品の時間が待ちどおしかったっけ。
東京の病院に勤務していたから六本木とかお洒落なお店に連れていってもらったり。接待全盛期でドクターなどと一緒に楽しいときを過ごしたっけ。
あ、ドクターはおじいさんだからね。

外来が暇なときは病棟のお手伝いをしていたからケモ以外なら経験あるかも。当時はケモの概念などなかったし。なんせ30年前だから。

病院と調剤薬局とドラッグストアとを別々に考える人がいるけど、実は全てが繋がっていて、企業とか公務員の仕事も繋がりがあって、薬剤師ってオールマイティなお仕事なのかもしれない。

病院を辞めてしばらく経つと新たな仕事をしているのに、なぜか満たされない。辞めてみてはじめてわかることってあるんだよね。病院の仕事が好きだったってこと。

前にも書いたけど調剤を封印した理由はドクターが患者をモルモット扱いして苦しむ患者を助けてあげることができなくてドクターに荷担してる気がしてうしろめたかったこと。
真面目な卸さんが交通事故で壮絶死したこと。
ナイスなタイミングで大学の先生から企業への就職を紹介してもらったこと。

はじめは大学院に進学するつもりだった。でも親に経済的負担をかけたくないのと、進級すればするほど薬学の難しさを知り、大学院は断念。研究職に就きたかった。

バブル時代にとらばーゆが当たり前になり、新卒では足りない事態のなか、中途採用が結構あって…。

「もう二度と調剤はやらない。これ以上人に迷惑かけたくない。」
そう誓ったのにまさかの展開。

転職先で知り合った旦那君と結婚し、妊娠し、切迫流産で仕事をあきらめ、半年間入院したあと「専業主婦」に。

その後旦那君の父が肝臓癌、自分の父が悪性リンパ腫に。
いじめやらなんやらかんやら波瀾万丈な日々を送るなんて予想もしなかった。

なりゆきでおこづかい稼ぎを始めたのが「ドラッグストア」。
当時は薬剤師免許さえあれば仕事の出来不出来は関係なくて、とりあえず現場に立ってお客様が質問してきたら答えればよいと。ほとんどセルフでお買い上げなので出番は少ないと。

あれから10年以上経ちました。
その間薬剤師をとりまく環境も仕事内容も激変し、今も流動的。

登録販売者の出現で異動命令が出て、夜間と土日にしてくれと。
子育て中なので物理的に無理が生じて辞めざるを得ないことに。
ドラッグストアの仕事を覚えて仕事の楽しさに気がついた時期だっただけに悔しいやら悲しいやら。未だ未練が残っています。

憂さ晴らしに始めたのが「ネットサーフィン」。たまたま見つけたのが「ココヤク」。ココヤクは出来て間もなくてまだ学生さんは参加していなくて、参加者も限られていて…。
そこで知り合ったのが四つ葉さんやれいぞうさんやぼんたろうさん。ドラッグストアの魅力を語り合いました。

あれから10年近くの歳月が流れ、薬学部6年制が当たり前になり、もともと人材派遣が本業の会社が運営しているSNSの「ココヤク」だから学食などに勧誘のパンフレットをおいたり国試対策の内容を盛り込んだり。
多くの若者が訪れたのはいいけど、目的を異にする薬剤師と学生の間にいろいろなもめごとがあったり。

はじめは「ココヤク」でブログを書いていたけど、なりゆきでアメーバ→gooブログに。
ふと気がつけば何年も続けてきてて、自分でもビックリ!
読んでくださる人も増えて、いろいろ感じてくれたりお叱りを受けたり。

りんぐさんは悪い人ではないのではないかと。むしろ「目を覚ませ!薬剤師としてしっかりしろ!母としてしっかりしろ!」とメッセージを送ってくれたのかもしれないし。
彼女(実は男性だったりして)の言ってることは正しくて、いまを生き抜くすべを教えてくれてるわけで。
でももしかしたらただ単に目障りなだけかもしれないし。刺激して楽しんでるだけかもしれないし。

病院勤務をしているといろいろなことがある。死と直面するし、救急搬送されてくる重症の人の姿を見たら眠れなくなるだろう。
救命病棟24時やドクターヘリコードブルーはドラマなのでグロテスクな描写は少ないけど、看護師さんってすごいなーと尊敬する。
なんせ個人病院だったから目の前の診察室に患者が搬送されて応急処置をしてからオペ室に運ぶから…。

いろいろ見た。

オペ室から血液やら必要な物資の取り寄せを頼まれるから、届けにいくと中が見えてしまうから…。

いろいろ見た。

学生時代に医学部歯学部の人体解剖の見学が可能だったので、

見てしまった。

調剤薬局の薬剤師は甘いと言われる所以はここにあると思う。死と直面しない。苦しみもがく患者を見なくてすむ。

がしかし、これからは違う。
「在宅介護」「在宅看護」が日常的に行われ、身近になってゆくのだ。
自分の大切な家族が、下手したら自分がそうなってゆく。

「助けてくださ~いっ!」とすがりつく人に冷静に立ち向かえるだろうか。

心の準備と覚悟がないとできない。
それが医療従事者の仕事。

調剤薬局でも瞬時の判断と冷静な対処が求められる場面がある。
簡単そうに見えるけど、求められてるものは高度な内容。
そして仕事内容をきちんと薬歴に残さないといけない。そのための時間はほんのわずかで簡潔にまとめないとならないので文章力も必要。

数えるのとチェックは早くて当たり前。正確に迅速に。
そして適切な服薬指導といかにうまく状況を聞き出せるか。話術も重要。
もはやピッキングは薬剤師の仕事ではなく、調剤も機械化されてゆく。

時代の流れが早すぎてついていくのに必死な今日この頃。

こんな時代だからこそ薬剤師同士の情報交換や交流は大切だと思う。
「ココヤク」は他と比べて庶民的で素朴な疑問も投げかけられていいと思う。
顔を見ることは出来ないけれど教えていただいたり、勇気をもらったり、反省したり。

人と人の繋がりはそれぞれの人がそれぞれの考え方で楽しめばよいのではないかと。

嫌いな人と無理に付き合う必要はないし、気に入った人とベッタリしすぎても疲れるし…。

立ち寄りたければ立ち寄って、書きたければ書いて、読みたくなければ読まなければいいんだけど、

のぞきたくなるのが人間てものかしら?
野次馬根性ってやつ?

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きいて!きいて!
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4 コメント

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クズ (りんぐ)
2017-07-11 22:01:35
>なんせピッキング間違うと監査席からトレーごと飛んできたり、ハサミが飛んできたり。

ひどいパワハラ最低!

トレーごとということは、お薬も投げるわけ?食べ物投げるのと同じで、罰当たり。下品。割れたりしないの?投げた薬、患者さんに出すの?嫌だな。どこの病院?

ハサミが飛ぶなんて、目にあたったらどうするの?怪我したら、傷害罪で訴えられるぞ。

病院薬剤師は、底辺私大のお馬鹿な姉ちゃん集団のパワハラがすごいって噂で、誰もなりたがらなかった。
噂は本当なのか!

昭和大とか行くと、こんなクズな環境で大喜びで働くのか?行かなくよかった。
りんぐさんへ (ゆうこ)
2017-07-11 22:22:38
昔々の物語ですからね、今はどうか知りません。昔はこのような理不尽なことが結構あって、朝先輩にお茶を入れるときに茶碗を覚えてお茶の好みを覚えて、なんて当たり前と言われました。それが社会人の常識だと。
トレーはもちろん薬ごと、です。ひとり変わった人がいて…。機嫌を損ねるとヤバかったです。
研修後は就職を希望していましたが自宅通勤できないのを理由に断られました。
民間病院での苦労はそれに比べたらましかと。
世の中怖いなーと思っていたら上には上がいるもので。それよりも怖いのはPTA。こどもがからむから余計にややこしいし。
誰も注意しないのか? (りんぐ)
2017-07-12 00:08:05
そんな変な人がいて、周りの人は誰も注意しないのか?クズ。そんな職場で、なぜ働きたいのか理解不能。会社に入れるのになぜ?

底辺私大に行くと、病院が素敵な職場なのでしょうか?

普通の大学だと、病院=馬鹿じゃないですか?主婦のパートでも、最初から薬剤師だと「ああ勉強できなかったのね」じゃないですか?

会社が上で病院が下。わざわざ下に行く意味がわからない。


りんぐさんへ (ゆうこ)
2017-07-12 03:06:42
昔は会社は女性を採用しない、が正解。
そして就職先は病院しかないみたいなもの。
半分くらいの人は嫁入り道具で、医者の娘とかでした。
ちなみに「変な人」は権力があり、誰もなにも言えなかったので。職場ってそんなものだと誰かが言ってました。
女性を採用するようになったのは私が卒業してからかなり経過した頃。会社はプロパー(今のMRさん)としての採用で、研究職は東大京大クラスとか国立大卒しか採用がない時代で…。
東京薬科大学とか共立薬科大学とかなら辛うじて入れたかも…。女子を研究補助員として採用するところも希にあったとか。
学生のほとんどが医者の娘か薬局のあととりかお金持ちの娘か医学部落ちた男子か、って感じでした。
昭和40年生まれ以降は大分様変わりしたようですが。昔は女性は結婚して子供生んで家庭を守るものという概念が根強かったですから。
りんぐさんのように優秀な方と違って凡人は就職先も限られるし、賃金も安いから、薬剤師が高給優遇だとのイメージにだまされて薬学部に入り、社会に貢献するというキャッチフレーズにのせられて病院就職を望むのでは?
大学では医者と同等だ、と教えてるみたいですし。
他のことができないからこの仕事に就いていて、辞められない事情があるから自分を正当化するためにいろいろ理由をこじつける。それが今の私の状況。
もっと優秀なら母の理想通り国立大学に入れたかもしれませんが、なんせ共通一次試験5教科7科目がスタートした年でしたから。私立も激戦で、倍率は尋常ではなく、昭和大学でさえ例年4倍が16倍でした。
東京理科大に行きたかったけど、ハードル高すぎて無理でした。
田舎のエリートは都会では歯が立たず。井の中の蛙って感じかな。夏期講習で思い知らされてそのあとは必死に勉強したけどこの程度で。
高校の同級生も学校の先生がほとんどで政治家とか実業家とかいませんねえ。
東大にはひとりか二人しかいかないし。
上には上があり船橋高校とか渋谷幕張とかじゃないとエリートとは言わないのかも。
大学病院には残れない。民間病院を辞めたあとは一般企業で研究職として働いたあと専業主婦生活をしてPTAにどっぷりはまり幼稚園ではPTA会長、バザー委員長兼任、小学校ではバザー委員長として理事会に参加。おこづかい稼ぎにドラッグストア勤務ののちなりゆきで調剤薬局へ。そして今に至る。
ブレイン君にとりつかれ、なんだかんだでよくわからないうちに定年間近の57歳。
おばあさんでも働けるって資格はありがたいと思いながらその反面悩んだり迷ったり。
昔は正社員で年収300万程度だったのに、今はパートなのに年収それよりも多いんだから喜ぶの当たり前でしょ?
一般のパートだと年収は扶養範囲内より少し多い程度しか稼げないのだから。
企業にとってはパートとか派遣社員とか契約社員の方が人件費節約できるから正社員の枠は狭まる傾向が強いみたい。

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