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日々起きる様々な出来事や過去未来の旅や写真&宝塚について、特に60-80代の方々との交流を、勿論お若い方々も大歓迎です。

福岡市 博多祇園山笠祭デース

2017-07-17 09:35:18 | 国内旅行

7月14日、バス・電車・新幹線と冷房の効いた乗り物からはじき出されて着いたのが炎熱地獄の「博多駅」13時10分。お目当ては「ユネスコの無形文化遺産登録(昨年12月)後初めての博多祇園山笠祭。福岡県南部の豪雨災害で開催が危ぶまれたが空襲の時以外は一度も休止は無いとの歴史があるとかで開催。

一旦ホテルへ入り夕方リハーサルが何か所かであるようなのでそれを見がてら夕涼みとの予定だったが、各山小屋に飾られた「飾り山笠」も見たい。と思い直し先ず15日当日は桟敷席も完売と言う「櫛田神社」を見ておきたいと思って駅前から歩き始めました。イヤー暑いとしか言いようがない。うろ覚えの地図の記憶を頼りに歩き始めたがどうやら一筋間違ったみたいで中々見当たらない。

大勢がワンさと集まるから判るかなと高をくくっていたが、しびれを切らせて地元の方らしい人に聞いたら、ナントそこからはもうすぐソコ。聞いてはいたが小さいお社で境内一杯に桟敷席が組み立てれれておりお社はその陰で小さめにひっそり。TVの画像では映像テクを駆使して映すから広い所を勇壮に引き回す情景が刷り込まれていたがこんな狭い所でどうやって実際はするのだろうと興味はあるが、とても早朝から満員の神社周辺では見られそうもないのでそれは諦める。

直ぐそばの広めの冷泉公園ではどうかと下見に水を飲み飲み歩き始めたが人出も殆ど無い。何しろ暑くって熱中症にでもなれば大変と木陰を探しつつゆっくりと土居通りを移動。日陰の多そうな通りを探したら一度見ておきたかった「博多座」通りが見つかり迷わず直進し明治通りに到着、博多座の外観も見た。同時に地下鉄の「中洲川端駅」も見つけた。

地下鉄の一日パスを貰ったので、16時のリハーサルまで時間があるので思い立って、涼しい地下鉄で移動して「筥崎宮」へお参りしようと決心。結局「筥崎宮前駅」には涼む間もなく着き、炎天下の参道を進み無事祈願。社殿前の門には八幡宮のはずが大きな額が掲げられて、そこには「敵国降伏」の金文字が。なんでだろう―?

地下鉄で再び「中洲川端」へ戻り13番山笠「博多リバレイン」の飾り山をまず見る。中々立派な「湊川合戦」の絵図などちりばめられたデッカイ飾り山でした。ちなみに飾り山も曳き山車も毎年各流れでテーマからデザインまで決めて作成し伝統的なものから現代世相を模したのまで多彩に作られるとか。でも終わればアッサリと解体されるのはねぶたと同じ。

760余年の伝統を誇る「博多祇園山笠」は、福岡市博多区のおもに博多部(那珂川と御笠川間の区域)で7月に行われる祭で、博多の総鎮守・櫛田神社にまつられる素戔嗚尊(祗園宮)に対して奉納される神事であり、国の重要無形民俗文化財でもあります。

山笠の起源

 
普段の櫛田神社(WEBより)

博多祇園山笠の起源は諸説ありますが、一番有力とされているのが、鎌倉時代、仁治2年(1241年)博多で疫病が流行した際に承天寺の開祖・聖一国師(円爾)が町民が担いた施餓鬼棚にのって、祈祷水を撒きながら町を清めてまわり、疫病退散を祈願してまわったことを発祥とするという説です。

古書にもいくつか承天寺と山笠との関連性を立証する記述が見られ、清道を設けて山笠を奉納するのは、その時のお礼参りなのだと言われています。他にも、この説には、現在の山笠との類似点が多く見られ、山台と施餓鬼ととがよく似ていること、車輪のついた山車ではなく、車輪なしの台をかつぎあげて走り回るスタイルであること、”祈祷水”が”勢い水”に転じたのではないかと考えられることなどがあります。(引用あり)

16時の一番山笠リハーサル時間が近づいたので商店街の片面にアニメ柄、もう一方は「女城主直虎」にちなんだ飾り山を見て「中州流」の山小屋に辿り着くとそこにも飾り山が。中州流れの今年のテーマは「一喝百雷如」。まだそう大勢の人が集まっていないが参加する各町内の老若男女がふんどし姿で次々集合。祝い唄を歌うメンバーが到着すると16時きっかりに太鼓の合図であっと言う間に見ている方と反対に走り出る。どうやら待機場所を間違ったみたい。

で係の人に聞き川のそばの道路へ回るらしいのでそこへ移動し待機。リーダーを先頭に大声で掛け声をかけつつ、沿道からも声援や水掛けが本番を模して行われ、明日はどうなるのか凡その察しがついた。ただ明日はおそらく殺気立つような雰囲気であろうがリハにそれを望むのは無理。これで満足したのでコーヒーショップで少し休憩しホテルへ戻りシャワーしてスッキリ。15日朝は3時起きなので夜は出掛けず9時には就寝しました。この日の歩数は10240歩。

14日の櫛田神社山門(横の垂れ幕内が桟敷席)

筥崎宮

筥崎宮海の門

博多座

13番飾り山笠「博多リバレイン飾り山」

13番の部分で湊川合戦図

商店街の飾り山笠「女城主直虎」

中州流れの会場

ソレッ 来たよ!

祭りだ!祭りだあ!!

おりゃっ!

これでもか!一番山笠「中州流れ」舁き山笠 この迫力見て!

15日へ続く

(ご参考)

 一喝百雷如(いっかつひゃくらいのごとし)
                

人形師

溝口 堂央


内容説明
中国禅宗の初祖として尊仰されている菩提達磨がインドから初めて中国の地を踏んだ時、師の名声を聞き及んだ梁の武帝が面会を切望した。武帝は多くの寺院を建立し沢山の僧侶を庇護していた。
武帝は会うとこのことを話し『私にはどれほどの功徳があるのだろうか?』といかにも鼻高々に問うた。その問答が『亭問うて曰く朕即位して巳来。寺を造り経を写し僧を度すこと、あげて記す可からず。(数えきれないほど)何の功徳有や』『師曰く無功徳と百雷の如く一喝した。そして武帝の心を喝破氏し戒めたのである。
この人形は私の先代の師匠である、中村衍涯氏の代表作である。『喝』を舁山笠人形として製作致しました。
 

 

 

 

 

 

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