年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

整体に通う

2014-07-31 21:34:11 | Weblog
 肩から背筋、腰へと痛みが強く出たのは、ハローワークでの相談窓口に座った時からである。座る姿勢が悪かったのであろうと思う。両手を机の上に置き、背を丸めて相手の顔を見ながら相談を進めておった。就職困難者が立ち寄るコーナーに陣取っていただけに、中には文身の入った人も多くいたりして結構気を使っていた。刑法第199条、第203条による刑を終えての出所者が突然私を訪ねてきたりして応対に明け暮れていた。で、いつの間にか体の痛みが蓄積されていたのかもしれない。いま、そのツケを支払っている状態であろうか。

 今日の相談室に連行されてきたのは、刑法第235条の罪により服役中の中年者。本人の仕事に関する話を聴く。不安をいっぱい顔に露出している。内装工、造船鉄工、塗装工、鳶工などの職歴あり。目指すは土木作業員である。協力雇用事業主制度の説明をする、就活方法やハローワーク内の動き方を指導説明する。50分の相談時間の最後に、おかげで不安感が軽くなりました・・などと言って再び連行されて帰っていった。仕事からの帰り道、赤信号停車の前には入道雲が。

 先日整体鍼灸院の先生によると1週間に2回は通院してくれと言ったので今日予約をしていた。夕方の予約であるが、アレレ、うちの奥さんを連れて松リハに行く予定であったのをすっかり忘れておった。ジツハ装具屋さんに室内シューズの補高調整をしてもらっているのであった。今年の初めは左右の脚長差による靴の調整差が3㎝あったのが、現在2.2㎝の補高になっている。少しづつではあるが左右の足の差が平均に近づいておる。リハ室で新しい室内シューズを履き歩くと良い調子らしい。

 予約時間をずらしてもらって整体屋さんに出向く。腰やら足をグリグリしてもらった。今日も相当痛かったが、やがて痛みが軽くなるだろうと思うとうれしい。
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これからの楽しみは

2014-07-30 19:26:25 | Weblog
 高校野球も県大会が終わった。次の楽しみは甲子園、サッカーももう一つ盛り上がらないし、スポーツ関係はしばらくお休み・・・



 今日の仕事場は「こころ塾」である。相談者は双極性障害Ⅰ型と診断されているご婦人である。医療機関で長年就労していたがオーバーワークにより(本人の弁)躁鬱病となり出勤することができなくなった。しかし早く仕事をしたいが動くことができない・・
 パーソナリティ障害も併せ持っていると感じるが、しょせん私は治療者ではないのでカウンセラー室で傾聴につとめる。でも振り返ることを嫌がる、自己開示を拒否するなどと自分をさらけ出すことに強い拒否反応が出る。他のスタッフさんと彼女の今後の対応について相談することにした。そして二人目の相談者は、40歳の人。うつ病により退職して1年が過ぎた。お子さんは5歳の息子さんと奥さんの3人暮らし。分譲マンションのローンを抱えている。働くことができない故、生活を守ることもままならず奥さんから離婚をいわれている・・・
 お二人の共通していることは、気分障害と経済的な問題を抱えていることである。家族間の情愛、夫婦の愛情など一向に問題視されていないようだ。フト思う・・・健やかなる時も病める時も・・お互いに・・と十字架の前で誓ったはずが、いい時だけは夫婦であるが、悪い時はいやだ・・と考えるのはあまりにも・・・・?
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高校野球

2014-07-29 00:00:00 | Weblog
 カメさんのお孫さんは一人でよく投げた。先取点を取った時、東高はもしや?と思ったけれど結局甲子園には届かなかった。

 60もとっくに過ぎているにもかかわらず山岳会に属するカメさんは、仕事前に近くの総合公園の裏山・岩柄山にトレーニングを兼ねて毎日山登りをしている。地道な努力をすることが孫に伝わったのか、爺様とそっくりの顔をして漂々と投げていたお孫さんである。
 しきりに残念がっている東高出身のSさんといっしょに全日空ホテルのビアガーデンに行く。今日は「こころ塾」の暑気払いである。
  
 横に座ったSさんがしきりに残念がっておる。もしや…母校が・・甲子園に・・。
 その点私の母校は、甲子園など考えたこともない。予選の1回戦からコールド負けをしないことが最大の目標であったし伝統であったことを考えると・・・
 進学校である東高は、これで3年生は勉強に集中できるでしょうとSさんに話しかけると、Sさんは今年の選手は成績優秀で東大に3人受験するらしいよ・・などと愉快に話してくれた。

 今日の相談室。仮釈放される刑余者は遠く離れた他県に帰住する。強盗致死傷、窃盗などいくつかの罪名がついている裁判所の判決文にある刑期も長い。学校を卒業して就労生活の年月より受刑期間の方が長い。どのように罪を償っていくのか・・私の方から問うことはないが、本人が私に話しかけることに、しっかりとコツコツ働いて時間をかけてでも被害者にお詫びをしたいと・・そのために仕事をしたい、と云う。その気付きをこの塀の中で覚えたと云った。
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今夏も去年と同じよう

2014-07-28 00:00:00 | Weblog
 背中が痛む、腰が疼く、足が痺れる、肩が張っているにもかかわらず痛みはないが頭痛は治まらない。先日から鍼灸院や整体など、ところかまわず出かけている。今日は4年前に治療していた「おおたに治療院」に行くことにした。腰や足などグイグイぐりぐりしてもらった。目標は痛みを伴うことのない歩行ができることである。

 昨年の夏は、毎日県中病院に行くことが日課であった。昨年は母親も弟も自宅の部屋で過ごすことができていたが、今年は様子が違う。弟は南松山病院に入院し、母親はこの暑さ、部屋で一人過ごすわけにもいかず、ていれぎ荘にショートステイをすることになった。自宅での母弟の老老介護ができなくなった。よって、私が二か所あっち行きこっち行きしておる。でもよくよく考えれば、昨年末などは3か所訪問だったからまだ良しとしないと・・・
  介護に携わるスタッフさんの苦労を想う。介護対象者が何人いるんだろう、当たり前であるがみんなお年寄り。車いすの人いればもの言わぬ人も、はたまた昼ご飯食べ終わった人が、スタッフさんにご飯はまだか、と聞いている。

 ここは病院ではないが病室と同様4人部屋あれば個室もある。それがずうっと続いている。ここにいる人たちのご家族さんを想う。ここにいる人たちの現役であったころの仕事場を想う。それぞれのご婦人方や男性の越してきた人生を想う。人間の尊厳について、人間の命について考える。そして魂について考える。豊かさとは何か、生き切るとは具体的にどういうことか・・・などなど。
  朝早くHさんが剪定をしておった。バレエスタジオの建物に薔薇が伸びている。シュートを切っていた。
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ゴジラの咆哮

2014-07-27 21:02:59 | Weblog

 気温が高くなる午後は涼しい映画館に限る。3男夫婦を誘って4人でアメリカのゴジラを観ることにする。

 私が最初にゴジラに遭遇したのは小学校1年生の時であった。未だによく覚えている。当時住んでいた伊予市の郵便局舎から歩いて2~3分の所にあった由並館で上映されていた。今は跡形もない。娯楽の全くない時代、映画館の前にあった看板を見て心驚かされた。
  水爆実験によってゴジラはよみがえったのだ。当時ニュースとして流れたのは、第五福竜丸のこと。1954年に、アメリカのマーシャル群島ビキニ環礁での水素爆弾実験によって放射能が付着したサンゴの化石が空から降り注ぎ、死の灰となり船員が浴びた、遠洋マグロ漁船である。大きなニュースとなった。当時アメリカは水爆実験を何度も重ねて行っていた。ゴジラは南氷洋から目をさまし南太平洋を泳いで、マーシャル群島を横切り日本に上陸したんだろうと思う。ゴジラは東京の街を破壊した。そして、今年のゴジラは、
  原子核を好物とし餌とするムートンを敵として戦うストーリになっていた。

 よくよく考えれば実は、ゴジラは“核”を背景にした映画であった。人智でコントロールできる範囲以外ではゴジラの登場となる。原子核を好物とする敵と、異常時ともならば制御できなくなる人間の知恵の浅ましさ、3.11を彷彿させるような大きな波が襲ってくる、どのようなことになるのか固唾をのんで観ていると、最後は
  4km以上も聞こえる泣き声とともに体長108mのゴジラが再び海に帰っていった。
 ゴジラの咆哮は、あさましい人間に対する哀しみを伴った“核”開発への警告の咆哮ではなかったのかと思う。 
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四度も

2014-07-26 00:00:00 | Weblog
 暑い、暑すぎる。動くだけで汗が出る。午後の時間、こんな猛暑の中でも妻は、近頃歩いてないから・・と云いながら隣町のいつもの運動公園の400mグランド外周を3周しておった。私の方は、歩く気迫と気力は全く起こってこない。ゼロ。ただただ藤棚の下の木陰のベンチに仰向けに寝転んでそよ風を受けながらウトウトすることになる。すると、運動公園下の自衛隊演習地から大きな音が鳴り響いてきた。

 砂煙を上げてヘリコプターが離陸着陸の訓練をやっているようで、その音が風に乗ってやってくる。


 木陰のベンチから日向に出るだけで汗が噴き出る。今年の夏をどうやって乗り切ろうかと
・・今から思案にくれる。

 午前中いっぱいはお買い物や送金などのお付き合い。大型スーパーの中に2時間以上もあっちウロウロこっちウロウロとしていると、確かに外に比べてずいぶん涼しくはあり汗も出ることはなかったけれど、家に帰りつくなり水風呂に飛び込む有様。今日は外に出て汗が滴り落ちるたびにシャワーに水風呂の回数多し。
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また勝った

2014-07-25 00:00:00 | Weblog
 東高のエースナンバーをつけているカメさんのお孫さんが、また勝った。今日はコールド勝ちである。試合の応援を午前中に終えて意気揚々と帰り、午後の仕事場に着いたカメさんに、よかったね~と話しかけると、カメ爺様は、まだまだ孫にお金が要る、マッサージ代に肉を食べさせないと・・と、肉厚のある手グサをしながら云う。で、周りのみんなが、輸入肉じゃ駄目よ、松阪牛とか絹の伊予和牛などとはやし立てた。
  食いたい・・私も・・
 思い返せば、この最近自分も牛肉を食ってないのではないか・・血の滴る美味い肉を。

 リハビリ病院を退院して半年が過ぎた妻は、日常生活の身体的動作を奪還するため、そして文字通りの奥様として、家の奥に引っ込んでの生活につき自分の“する”ことにご飯作りが真っ先にある。奥さんは私の身体を考えてくれて、ベジタリアン風のご飯が半年間続いておるのだ。魚は幼少時からよく食った。今は肉が食いたい、しかもうまい肉が食いたいと思っているにも関わらず毎日3回の食卓上のプレートにあるのは、今を旬とするキューリにナス、これは自前、トマトは自前では需要に追い付かず、お隣さんからも供給していただいてる。ゴーヤもこれから頂けるんだろう?などと他をあてにする姿勢が良くないが・・・

 魚は安い輸入シシャモくらいか、卵は、食ってる。納豆も食ってる、牛乳も飲んでる・・でも牛舎から運ばれる乳ではなく、のびのびと牧草地で飼われた肉牛が食いたい、と渇望状態。
そのように思い立つ根拠。

 先日生協病院で受けた健康診断の結果表が来た。完ぺきではないか、一部問題点を指摘されているが、この年齢にして健康に関する自己管理としてはパーフェクトではないか・・・
 よって妻に、毎日キリギリスやコオロギのご飯と同じものでなく、柔らかい肉厚の和牛が食べたい・・などと恐る恐る具申することになる。答申は、一言・・ダメ。オ~マイガァ
 でも、まだ抜け道を用意しておる私である。実は先日、いつものMさんとガセボで日曜日の夕方から数人でバーベキューをやり、それぞれの価値観に基づく人生観、並びに宗教観など高みにいておしゃべりをしようではないか・・と、当然安倍政権に対する党派を超えた各人の意見、まだある、朴クネ韓国大統領に対する各老人の主張、並びに習近平国家主席に対する具申など自分が、if、そのような人たちの側近者であればどう考えるのか、などの話合いが中心になり、口角ビール泡を飛ばし、目の前には牛肉が焼けておる、ついでに鶏や骨付き豚があっても構わないが、そのような光景が来ることを約束していたのである。その時に思い切って牛を食べよう・・などと内心ほくそえんで・・・いたにもかかわらずである。参加者の一人がまったくやる気を見せず、私は肉は食べんよ~などと周りの空気を読むことができない事態に至り・・よって、Mさんが私に盛り上がらないから、ちょっと延期しましょう・・と相なってしまった。またまた二度目のオ~マイガァ
 しょうがないなぁ・・じゃ、夕方の時間に団地駅のすぐそばに見つけた整体治療院に行くことにした。店名に「心和整体治療院」と書いていた。誰も客のいない狭い室内に入ると、頭髪を後ろにまとめ上げ結った若いイケメン主人が、いらっしゃい・コンニチワと出迎えてくれた。さっそく施術用ベッドに横になり治療を受ける。

 常日頃フィールドワークをしてサンプルを集めている。対象は何かというと、さまざまな職業の人のその職業に就いた動機が知りたいだけであるが・・顔かたちの口の部分が穴になって呼吸しやすくなっているベッドにうつ伏せになり、施術を受けながらの容赦ない質問が飛ぶ。どうして中国式整体術を学ぶに至ったのか、どうして将来店がどうなるかもわからないのに独立起業しようと思ったのか、自分の将来を親方日の丸的な安定した職業に就くことを考えなかったのか・・などと。壁際にかけられた認定状を読めば、生年月日は昭和52年生まれとある。働き盛りの年齢である。
 すると彼は意外なことを私に話してくれた。東京でサラリーマンをやっていたこと。疲れてしまってうつ病になったこと。悶々と生活をする毎日、彼は実家のある今治市ではなく当地に移り住んだこと、結婚しており奥さんは普通のOLをしていること。奥さんには頭が上がらないこと。そのような身の上の話を一気に話してくれた。時々私の、イッテ~、などの合いの手を入れながらである。
 若い主人はうつ病で閉じ籠った時期があったそうだ。どう生きようかと苦しんだそうだ、悩んだそうだ。その時に整体師と出会う場があり、時があった。そのままその整体師を仕事上の師とし、今は人生の師としているんだと話してくれた。そして、若ものらしく手に力を入れて私の身体をグイグイ当ってくれる。
 そうかそうか、彼は職業を選択するにあたり、興味領域や能力領域からではなく、先行きの不安、暗闇の中から人生の途上にて誰を師として選びかつ学びついていくか、にあったのか・・と納得した。
 老人はもういいワ、若い人、これからの人を支援したいと考えている自分である。施術の終わった後料金を聞くと、5000円になります、と。本日三度目のオ~マイガァ。
 でも気持ちよかった。心和整体治療院の呼び名は、こころわ、ではなくしんわと呼ぶこと、ついでに先日は、ここわ鍼灸治療院にも行ったことを伝えたが、知らないそうだ。ちなみに「ここわ」の30歳女性の鍼灸師は人に喜んでもらう仕事として鍼灸を選び、高校生の時優秀な成績でありながら、親や担任教師が勧める有名大学進学を選ぶこともなく、やりたい鍼灸の専門学校に行った・・とニコニコして話してくれた。
 若い人の職業選択において将来を悲観しもっとも楽ができそうな自分に合う仕事を選択することではなく、将来の不安を押しのけ吹き払うごとくのストラッグルにも似たもがきあり努力をどれほど自分になしえたか、によって、つまり、今の奮闘努力が10年後の自分の職業を形作るんだろう、きっと。そのような人たちを応援したいと思っている。初めから職業においての自己保全、自分の安定ばかりを狙う人に比べて気品を感じるのは私だけの偏った見方であろうか?
 若い鍼灸女師の姉妹は旧帝国大卒にて、周りが私にも同様な道を勧めてくれたのは感謝しているが、今彼女の姉妹は卒後何年もたっているが、未だに何の仕事が良いか・・などと迷い道にあるそうだ。
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汗で起きる

2014-07-24 00:00:00 | Weblog
 窓を開けっぱなしにして寝ておる。でも部屋の中は空気移動が無いようでまったりした中、息をするのにも息苦しさを感じる、3時半に目が覚めた。

 私や妻は何とか動くことができるが、強制入院した弟と先日から一人住まいの母親は動くことができない状態につき。この暑さ気にかかる。病院にいる弟はいいとして、午後の時間母親から言いつけられた用事を済ませ母親の部屋に行くと、クーラーを目いっぱいきかせてベッドに横たわっていた。先日まで毎夜、弟から呼び寄せられ、その時に腰を痛めたようである。トイレにも這って行くありさまにつきポータブルトイレをベッド脇に設えたものの、そこで用を足すのを嫌がっておる有様。口先だけはまだぼけていないので容赦なく電話で呼びつけられる。妹にも呼び出しコールがあるも、妹も腰を痛めて階段さえ上がるのに苦労している状態。いま、もしかして脚長差の残る妻だけが不自由な足と回復しない複眼があるものの最も元気なのかもしれない。少しでも動ける老人が全く動くことができない老人を、誰かの力を借りながら動いている按排である。
 南松山病院の看護師から突然の電話。アリャ容態が・・かなと黙って聞いておると、オニイサンデスカ、ジツハ弟さんがお金がないから持ってきてほしいと、言っております・・などと。看護師さんに病室内の金庫に財布と封筒にそれぞれいくらかの金子を入れております、と返答。ついでにタバコは買わないようにと・・・お願いする。

 夏の高校野球が真っ盛りである。テレビでなくラジオをつけっぱなしにして応援している妻が突然大声を出して、ヤッタァと叫んでおる。あわてて私も階下におり、聞くと、近くの東温高校が安楽投手をようする済美高校に勝ったのだ。判官びいきに忙しい。妻の母校も負けた。勝った相手はバレエスタジオの送迎バスを運転しているカメさんのお孫さんがエースの東高である。夕方カメさんに、良かったね・・と話しかけると、またお金がいる・・と笑顔で答えておった。爺様が孫のエースピッチャーの身体のケア、マッサージなどの費用を負担しているのだそうだ。道理で気合が入るはず。私の母校も悪友のH君が現役のころ、4番センターのH君をいくら応援しても負けるばかりであった。1回戦をいかにコールド負けをしないかに心血を注いでおった。ところが今年は異変が起きた。二つも勝ったのである。しかし三つ目にして負けた相手は強豪の西条高である。強いところを応援するDNAを失くしている。代わりに戦前の予想で弱いところを応援する癖は私も妻も同じと見える。

 今日の塀の内側の相談室に連行されてきた人の処遇歴や成育歴を読んでいると元高校野球児であった。32歳の他県出身の人。当然話題は夏の高校野球から。高校の現役時の話を聞くと、1番バッターでセンターを守り、県大会決勝まで進んだが、負けた・・んだと胸を張って話してくれた。しかし20歳代で次々に不幸に見舞われ身体障害者となり、精神障害者の手帳をも所持するに至った。特定疾患の難病も併せ持っている。釈放後の仕事のことで相談を受けるが、こちらとしては累犯障害者にならぬよう注意を払い、他と連携しながら支援をしていく道を探ることになる。
 ユべナリス:「健全なる精神は健全なる肉体に宿る(ように祈るべきである)」
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誘う

2014-07-23 00:00:00 | Weblog
 刑余者の就労支援について、なかなかうまくゆかない。かといってまるで上手くいってないこともない。

 そこで私一人で動くのも限界がある・・よって、今日はハローワークの担当者に来てもらって私のそばで見学してもらうことにした。重点的に支援している対象者の青年である。Kという名である。Kは規則違反なしの最優秀受刑者である。娑婆でもあらゆる場所で優劣の順位を付けるのが世の常、むろんここの塀の中でもいい悪いの順位がついている。すべてのものに順位をつけるあさましさになんだかおかしい気もするが・・・Kは窃盗罪により服役している若い囚人である。Kに私が係ること1年になるだろうか・・出るときには就職がほぼ決まっている状態で出してやりたいと考えている。で、Kのヘルプする人を増やそうと・・
 就職困難者として指定されているいくつかの種類(生活保護、被差別、障害者、拉致被害者など)のなかの刑余者に対する就労支援に携わる方を一人でも増やしたいと思っている。

 受刑中の今の状況を見てもらって、釈放後にハローワークにてスムースに対応してもらうためでもある。でも、腹が据わってないような担当者、いつでも逃げ口上が先行するような担当者の感じが見え隠れすることに、自分が少しいらだつ。厚労省と法務省側とが手を組んで支援しようとするのに担当者のやる気が今一つ感じられないのである。まぁいいか・・・
 午後の仕事は、「こころ塾」でのうつ病として休職を余儀なくされている人と一緒に過ごすことに。でも本日は重たい相談はなし。
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今日はドッキンドッキン

2014-07-22 20:09:15 | Weblog
  お隣のK子さんが白山に登って来たそうだ。ニコニコしながら、これでストレスが発散できたよ~・・などと報告してくれた。よほど気持ちが良かったのだろう。考えてみれば、K子さんも医療の現場に携わること40年を超すに違いない。医療の現場はストレッサ―の上位に入る。定年を終えて、もしかして青春を奪還しているのかもしれない。
 昨日は弟の付き添いに忙殺された。今日はどうだろう・・何事なきように・・
 と思っていた矢先、透析に行った南松山病院から至急の電話が入る。看護師さんが、意識が低下しております、呼び掛けても反応が少ない、いつ急変するかもしれないので、家族さんに来てください・・と云った。
 アリャリャ、と私の胸も締め付けられる。どうしようか・・・とりあえず妻に報告、次に妹に報告。私一人で駆けつけることにする。病院では主治医のS先生が待っていてくれた。そして説明を受ける。血圧が上がらないんです・・などと。そして心臓や肺の写真を見せてもらい、データが基準値をはるかに超えている現状の説明を受けることに。昨日からの弟の状況を話すと、大便が軟便や下痢便など昨日の朝から5回あったことを説明すると、説明に加わった看護師さんが、ア~それで今朝は700グラムも体重減だったんですね、と納得顔。私の方からもS先生に入院をお願いし、透析中の弟にも、5月からは監獄のような病院に入院するのは絶対嫌だと言い張っていたが、今度はこちらの言うことを聞けよ・・と強制入院をしてもらうことにした。昨日は県中病院、今日は南松山病院と行ったり来たりの時間が多い日である。

 今日は、確かYさんの誕生日である。お誕生日おめでとうございます。ますます素敵な○○になってください。祈っております。
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