年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

暑さはもう少しの辛抱

2011-08-31 00:00:00 | Weblog
 8月も今日で終わり明日から9月になる。サテ何をしようかと考えた。何か良いことをしよう・・などと考えることはなかった。仕事が終わったであろう3男に6時過ぎに電話をすると、迷惑そうに、まだ仕事中などと言っている。そこで、W杯予選、サッカー日本代表の試合が、いつどこであるか調べてよ、一緒に応援に行こうか・・と誘うと、3男は、そりゃいいね、などと言っている。仕事中断して、PCで調べた3男からすぐさま連絡が入り、北朝鮮戦はチケット完売でダメ、10月7日に神戸でベトナムとの練習試合があり、11日にタジキスタン戦が長居であるよ、チケットの発売は明日の12時からだから、取ろうか・・となった。10月中旬に終わる京都市美術館の「フェルメール展」は必須だからそれに合わしてついでに祖母・祖父のお墓参りに長岡京市に立ち寄って、と考えた。でもチケットが取れるかどうか・・・
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虫の音

2011-08-30 22:14:04 | Weblog
 
 一昨日までの夕方に必ずあった夕立も今日はなく、又蒸し暑さが戻ってきた。朝の出勤時も、夕方の帰宅時にも歩くと汗が滲み出る。気持ちが悪く、玄関のカギを開けると、シャツを脱ぎ捨て風呂場に直行することとなる。汗を流すとさっぱりして、取あえずのコーヒータイムの時間を取る。短い休憩時間の後は、面倒臭くもこれから水をやり、熱帯魚に餌を与え、最後に我々のご飯作りに取り掛かることになる。
 職場では毎日のように終業後、事務所を出るご婦人方々は、今晩はなにしようかなぁ・・などと誰に話し掛けるでもなく独り言のように、又、誰にも聞こえるように、晩ご飯のメニューを考えながら、家に帰っておる光景が日常的にある。私も人ごとではなく、何しようかなぁ・・の部類である。ところが今日は、既に決まっておるのだ。昼間弁当を食べながら、Mさんや他の人に昨日の晩は奥さんがなにを作ってくれたか・・などと訊ねると、一人の人は、スパゲティと返事が返ったので、即座に、今晩は家もスパゲティ、しかもミートスパと決めていたのである。
 3男が用事で帰ってきた。私のスパゲティを見た吾が息子は、途端に食欲が失せたようだ。茹でたスパの上に乗っけるミートは面倒臭いのでパス。私のスパは作家椎名誠の推奨するやつ・・茹でたスパにかつお節を乗せマヨネーズをかけるだけの超簡単スパ。コレは美味いのだ、にもかかわらず3男は食べる気がしない・・・とのこと。ありゃりゃせっかく作ったの食えよ・・と押し付けた。
 夜1軒となりのHさんがやって来た。夕涼みをしようか、と誘ってきた。立脇バレエスタジオの駐車場に椅子を持ち込んでゆるやかな気持ちのよい夜風にあたる。気持ち良いそよ風に吹かれながら、耳に入るコオロギのコロコロと鳴く声が大きかった。もう秋の虫が一斉に鳴き始めている。
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9月になれば

2011-08-29 00:00:00 | Weblog
 朝の5時に起床、外はうす暗い。月初めや先月までは、もっと明るかったのに段々と昼の時間が短くなっている。夕方なども7時ころ家にたどり着き、畑のベリーの水遣りをしようにも足元が暗くなっているので厄介である。その中でも、明るければ自分の足など、蚊がとまると痒くなる前にパチンとやっつけることができるけれど、手足にとまった蚊のうす暗くて見えない分、血を吸われっぱなしの場合が多く、適当にパチンと叩いた手を明るいところで見れば、手のひらに赤く血が付いておる。今時の蚊は、血をたくさん吸って生きているのだろうか、結構やっつけた蚊から血が吹き出てくる。
 夕方T君に会って打合せ。今度、若い人たち、30才前後の人たち10人足らず集まって、ワイワイとお喋りをする機会をもつことにしている。労働局の若い人、パンを焼いている人、キャリア教育をしている人、医者の卵、造園をやっている人、認知行動療法の先生など20歳台から30歳台の人とご飯を食べて何かしらの話を聞く機会をもつことにしている。みなさんそれぞれ職場が違うので、たまにはまったく違う人と会って話をお互いにするのもコミュニケーション力アップになるかなぁ・・・
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AMは教会へ

2011-08-28 21:48:40 | Weblog
 子供4人からの父親へのプレゼントについて思い出してみた。先日大阪の従妹のH子から送られたTシャツのことで、3男にモラッタゼ~と喜び勇んで話した翌日、3男が東京での古着屋さんで買ってきたというTシャツを、このシャツは高かったんやで~、5000円以上したんやで~、と金額を中心にしたもったいぶった言葉を添えて父親に差し出した。北海道の次男からは、数年前に私が大阪・天神橋商店街のコンビニ?で落としたコーチの皮財布小銭入れ(弟からの譲りもの)の代わりに、嘆く父親を慮ってか、道特産小銭入れ皮財布をプレゼントしてくれたことを覚えておる。4男からは、何もまだ記憶にないが、毎年母の日に、私からくすねた100円を持ちアイスを妻にプレゼントする光景はあるが、父親にはいっさいない。そして、10年も前になるだろうが長男が私にくれたものは、聖書であった。長い間枕元にいつも置いてあった、手の届くところに。しかし先日詠みたいところがあり、探したけれど見つからないのだ。どっかにあるはずではあるが、なにぶん自分は、整理整頓片付け関係を日常生活の外に置いているので、誰かが一旦何でもそこから誰かが動かすとわからないのだ。1階も2階も探したけれどぶあつい聖書が見つからなかった。
   
 それで今朝は、午前の用事をすっ飛ばして教会へ行くことにした。元教会事務員のDさんが、アララ久し振りお元気・・・などと声をかけてくれる、ニコニコしながらTさんがいらっしゃい・・などと声をかけてくれる、と思うと、今度は同じ職場のTさんがニコニコ笑って、アレレ、こんにちわ・・などと挨拶。上林牧師とおしゃべりしたかったけれど今日は不在であった。
 調べたかったのは旧約聖書である。讃美歌も欲しいなどと思うことが長く続いておる。
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凛として咲く

2011-08-27 00:00:00 | Weblog
 ナスの薄紫、朝顔の白、デイゴの赤、ゴーヤの黄、エビソウの紅白、カトリソウの薄桃、ムクゲの白髭、向日葵の黄、露草の青、百日紅の白とピンク、ノウゼンカズラの橙、ニラの白、ケイトウの紅、芙蓉の白が今真っ盛り。その花の前に立ち、いつも花に寄せて誰かを想像している。このデイゴは○○さん、このムクゲは誰それさんの頭の色合いに相応しく、そして大きくて白く脆そうでキリッと咲く芙蓉の大きい花は○○さん、千日紅の群生は○○さん一家、ノウセンカズラの色合いは、私より年上で頑張っていられる○○さんのよう、青空に向かって1本すくっと立っている向日葵は結婚前の誰かさんのイメージあり、などなど。もうすぐ萩の小さな花も見える、リンドウの花も山道に見つけることができる一方、夏から初秋にかけて咲く花のラストランナーに吾亦紅がある。くすんだ紅色が土手の上で風に吹かれるでもなくポツリポツリと立っている。その色合いからしてわれも紅であると主張しているが、到底紅色だとは思えない。その姿を見つけると、コレは自分に似ているようだ。もうすぐ金木犀が黄色い花をつけると同時に香りを風に乗せるだろう。ポプラが濃い緑から黄色に変身し、紅葉が赤く染まり、楓が色づき銀杏も色づき葉を落とす。山茶花も色をつけ、アケビが垂れ下がり、山葡萄の小さな実を見つけるようになり、そのように私の周りの自然が動いてゆく。この暑さもあと少しの辛抱。私の好きな芙蓉の大きく青い空に向かって凛として咲いている花を愛でながら・・・ガマンガマン
 血糖値を調べに病院へ行く。前回検診時より治療薬を代えた。ファスティックからジャヌピアとアマリールに代えた効果が出た。なんとヘモグロビンエーワンシーの値が5.5となっておる。この20年間で最高新記録ではないか!!                   
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夜郎自大の傲慢さ

2011-08-26 21:42:13 | Weblog
 青年期には青年期個有の悩みがあったり苦しみがあり、中高年には中高年特有の悩みがあったり苦労がある。さらに両者ともに共通することの一つに不安がある。でも中高年の不安において、生活の方面から考えると、さしあったっての今日と明日の食べるお米はある。しかし米びつを食べ切ったその後の明後日からの不安は拭い去ることが出来ない、漆黒の不安が広がる。けだし、青年期であればまだまだ何とか、将来への時間が残されている分一類の望みが隠されているであろう。自らを振り返れば、私が55歳のときに、どうしようもなく明日からの展望を覗くことが出来ない日々を送っていたことがある。(今もそれほど好転していないと想像するが、)今日と明日の米びつは確保されていたが、その先が皆目検討がつかないでいた。まだまだ子供達も下二人は到底自立できることもなく、親としてやらねばならないことに刃を背中から突きつけられるように感じてあくせくして歩いていた。
 そのように悶々と過ごしているころである。秋雨前線が活発になる頃、暑さも峠を越して過ごしやすくなったと思いきや、台風がやって来た。雨と風がきつい。ローソンで買った500円ビニール傘を持って歩いていると、風にあおられ骨が折れてしまった。仕方なく濡れながら職場に向かった。その夜、雨と風に強い傘を購入しようと考えて、ネットで調べると骨が16本もある丈夫な傘があることがわかり、さっそく注文をした。だから、私にとって16本の骨の傘は、明後日以降の展望を見るが為の少し強い風が吹いても折れないような傘であり、愛着のある傘であった。その傘が無くなったことを先日報告した。職員の出入り口の傘立てだから職員の誰かが持ち去ったのであろう。それを読んだ札幌の次男も、笑いながら、トーチャンの傘、なくなったんやね~、と電話口でしゃべっていた。

 それで昨日から、私の周りの人に止まらず、2階の人や3階の人にも、恥ずかし気もなく、なくなったよ~と大きく伝えていた、ところかまわず。それじゃ庶務課から、傘が紛失したことについて、誰か間違えて持ち帰っていないかどうか、回覧文を回しましょう・・・などと言ってくれた。つまり100人足らずの職員全員に回覧版を回して探すことを提案してくれたのだ。しかし、たかが傘のこと、そこまでは、するに及ばず、と遠慮した。 
 だから、努力の結果であろうか、今朝9時前に職場につき、フト傘立てを見ると、私の傘がおかれてあった。しかも丁寧に英国紳士が持つような丁寧な巻き方までした16本骨の傘があった。ふふふふっ。でも傲慢に犯人探しをしたわけではない。
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理系と文系

2011-08-25 00:00:00 | Weblog
 1日の内で朝食時の10分位しか毎日対話することのない4男との話。昨日の「風の又三郎」の中の「どつどど どうどど どどうど どどう ・・・」を知っているか、どうか聞いた。むろん宮沢賢治の本の題名は言っていない。私が、どつどど どどうど・・・と話し掛けると、先日妻が作ったブルーベリージャムを分厚くパンに塗りながら、なによそれ、と聞いて来た。小学2年生からサッカーボールばかり蹴っていて読書をあまりしてこなかった4男は、皆目見当がつかないようである。あまり興味がなさそうで理系に関しては強い興味を抱くが、文系のことについてはどうでも良いと思っているらしく、現代文や漢文、古文など気合を入れる様子が見られない。本人も、せめて8割取れば他が9割以上ある分、楽勝だ・・などとほざいておる始末。それで、今朝塾に行った際、まっさきに「どつどど どどうど どどうど どどう・・・」と朝の挨拶の代わりに、みなに言ってみてよ、と注文をした。理系の人はいいから、文系の人に言ってみたらいい、そして向こうから、例えば、なにしてケンじゃ、とてちてケンじゃ・・・などと返礼があれば、その女性とお付き合いをしろ・・と、父親の威厳いっぱいにして4男に話した。皆目なにを言っているのかわからないような顔つきになっている4男は、それでも父親にいわれた「どつどど どどうど どどうど どどう・・・と繰り返して覚えている、パンをパクつきながら。             
 宮沢賢治は、世界の平和がない限り、自分の幸福がない・・と考えた人である。きっと自分の幸福に先行して、周りの人の方の幸福について考える人であれば、4男もそのような彼女ができればきっと幸福になるに違いないと、あほなことを父親は考えておる。
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すべてのわざには時がある

2011-08-24 00:00:00 | Weblog
 突然にKさんから電話があった。いろんなことを考えると不安でいっぱいになり、今度受ける職業訓練の選考試験も何も考えることが出来ないんです・・・頭が真っ白けになってます・・・と暗く沈んだ声が聞こえる。今まで相談していた時に比べると、気持ちが下がっているようである。クリニックからもらっている薬はきちんと飲んでいるかと聞くと、ハイと答えた。詰まっているのだ。どうしようか、私の目の前には、満期釈放されての求職相談中の青年がおり、2分だけ席をはずさせてもらって、初めてであるが、私の携帯番号を教えた。夜詰まったら電話してきてもよい、というと少し落ち着いたような気がした。昼間なら職場に電話すると、誰かがいて繋がることができるけれど、夜は自分の不安な気持ちを伝える誰かがいないのだ。自殺を言葉の端々に伝えてくるので、取あえずいつでもOKよ、と言っておいたが・・・Kさん39歳、正看護師、幼少時、母親からの精神的DV経験あり。
       
 「風の又三郎」が山の小学校に転校してきたのは、ちょうど今ごろ。2学期が始まる前である。いっときの山の学校にいた。川や野原で遊び、川魚や栗、山葡萄を友達と取りに行き、楽しく遊んだ。日常の背景は、風がゆるやかに吹いている。しかし又三郎が動いていくと、「どつどど どどうど どどうど どどう どつどど どどうど どううど どどう」と風が吹く。いつのまにかそこに居なくなる・・・50年ぶりに宮沢賢治の「風の又三郎」を読んだ。確かに自分も同じ場所で遊んだ記憶があるような気持ちになった。
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歌人 河野裕子

2011-08-23 21:44:21 | Weblog
  あくせくと阿呆な仕事を引き受けぬもう死ぬ母を放つたらかしにして  

  この髪も脱けてしまふか一櫛ひと櫛わたくしの髪

  大泣きをしてゐるところへ帰りきてあなたは黙つて背を撫でくるる

  かうなれば体力温存猫二匹身体に添はせ昼より眠る 

  わたしより不安な不安な君なれど苦しむ体はわたしの体

  俺よりも先に死ぬなと言ひながら疲れて眠れり靴下はいたまま

  わたししかあなたを包めぬかなしさがわたしを守りてくれぬ四十年かけて

  紅(こう)にだけは隠しておきたかりし再発のことこの子は充分に悩んで生きて来た

  慰めも励ましも要らぬもう少し生きて一寸(ちよつと)はましな歌人になるか

  三時間かけて受けゐる点滴と六十兆の細胞、白兵戦を戦ふ  

 河野裕子さんの歌を知らなかった、今まで。全開示し、自分をさらけ出して歌った人だとしるし書きにあった。昨年乳がんで亡くなったとも書かれていた。
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最近は雨が降ったり曇ったり

2011-08-22 00:00:00 | Weblog
 日中の強い陽射しが今もあるのだろうか、あの、人の身体を射るような熱を帯びた光線が。昼間は部屋の中に閉篭っているのでわからないでいる。夕方外に出てみると小雨がパラパラと降っている。あわてて傘立てに戻り自分の傘を捜すと、アレレないよ、どこにいったんだろうか、私の愛用の16本骨の傘がなくなっていた。仕方なく濡れながら歩くことになった。トホホ
         
 元銀行マンのNさんから連絡あり、現在やっているビル管理の仕事がおもしろくなさそうである。なにしろビル管理の仕事は、建物の清掃から住居者の苦情処理など肉体的かつ精神的にきついらしく、もとやっていたような事務関係の仕事をしたいから、協力してくれという。それで求人情報だけを知らせることになった。で、今の仕事は辞めることを責任者に言ってるか、と訊ねたところ、まだ言ってないという。じゃハローワークは紹介状を出すことが難しいよ、と話したところ、Nさんは、でも辞めて後に次のところが不採用になれば、自分は行くところがなくなってしまう・・・などとふざけたことを言ってきた。この人は保険をかけながら生きてきた人なんだろう。確かに保険は、いざという時に金銭的には助かる、でも、自分の生き方にまで保険をかけるような生きざまは、醜い。そのことを自分は、Nさんに話したけれどわかってくれてないだろうと思う。いつも天秤に乗せ計りながら判断することが当たり前になっているのかもしれない。Nさん65才、70才まで働きたいという。そのようにして。
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