年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

雨が降る

2010-10-31 20:25:54 | Weblog
 雨が降ると一安心である。畑を始めるとどうしても水遣りを欠かすことができない。雨が降ると水遣りをしなくとも良い、という理由でほっとする。先日撒いた種は芽が出て順調に育っている。問題はブルーベリーの方である。畑まで、大きな鉢のまま運んでもらったMさんから、朝に晩に水をやって欲しいと教えられている。しかも毎日、これがなかなか大変な作業となる。自宅庭で育てれば簡単でも、一応畑に置いているために、いちいち川から水を汲んでやる作業につき時間にして10分少々でも、生憎の面倒くさがり屋、雨が降ってくれれば大助かりである。冬になれば、この植物も冬眠するだろうから水を要求しないだろうけれど、春から夏にかけては、きっと毎日の回数とやる水の量が重労働になるに違いない。でも、実がなり収穫を迎えるときは、その重労働も忘れることになるほどワクワクするんだろうと思っている。
 曇りや雨の日はジット考えることが多い。気持ちがどうしても内に向いてくる。例えば今までこの年になるまで一体自分はなにをしてきたのだろうか、とか、このような日常生活に重要な意味があるんだろうか、とか。禅問答を繰り返している。
 もうすぐ、この地区では、“亥の子”がある。子供会の世話係をしているハラちゃんが、弟を朝1に透析病院へ送ったあと帰宅するやいなや、いのこ作りを手伝って欲しいとやってきた。ワラを束ねて紐できつく縛って、あとはその端っこを縄状に編んでゆく作業。幼稚園の子供から小学生にいたる子供達と親御さんが稲を刈ったあとの田んぼで作っていた。私も早速いのこ作りを手伝うことにした。農村地帯の子供の行事は、来月亥の日の一番亥の子と二番亥の子がある。各家庭を廻り、♪いのこいのこ、亥の子もちついて歌ワンモンは鬼うめ田うめ・・・♪と歌いながらお小遣いを貰うことの楽しみが待っている。
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血圧

2010-10-30 00:00:00 | Weblog
 先日母親が真っ青な顔になり、調子が悪いから来て欲しい・・・居合わせたヘルパーさんから連絡があった。慌てて妹が駆けつけ、夜には妻が駆けつけた。救急病院へ連れて行き原因を探ったところ、温泉から帰って気分が悪くなり血圧を測ったところ190もあり、それで体の調子が悪かったのだろう、となった。90才になるから口先は元気でも身体は自分の思うようには動けず、イライラしている状態。そして弟も歩行困難になり歩くのも介助が必要になってきた。私と妻と妹がサポートをする体勢になっているけれど、段々と年を取ることは厄介な用事が増えてくる。
 「こころ塾」へ。塾長のツネさんから、収支報告を受ける。今の調子で行くと単年度黒字になる可能性が見えた。これは、全員で営業に力を入れていて、各企業訪問において実績が表れている証拠でもある。できるだけ行政に頼らず、寄りかからず自立する方向に歩んでいることがうれしいと塾長や事務局長共々思っている。
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希望寮にて

2010-10-29 21:17:30 | Weblog
 「ここ出て何の仕事をしたいんや、○○さんは収監される前はサラ金屋さんにおったんやな、ほんなら金の回収は上手いんやろな・・・私が言ってるんは、つまりあんたは、お客さんとの交渉はできるっちゅうことやろ、行き過ぎてやり過ぎて、まぁ法に触れることがあったら、ここにまた入らんなあかんのやけど・・・ええか、ほんまに今後何の仕事をして生活の糧を得るつもりなんか、まぁそれを聞きたい・・・」「あんたは中学高校とスポーツをやってたみたいやけど、何しとったん、エッ、サッカー選手やったんか、ポジションは・・・フォワードか、点取り屋やったんか」・・・そのようなやり取りを数人としながら就職の話をしている。私のところには前もって希望する仕事や保有する免許資格、就職希望地などを書いた書類がある。それにそって準備をし面接をしている。「就職するには、ハローワークを利用する方法や、縁故で就職する方法、また雑誌を見て応募する方法などがある、それぞれ良い点と悪い点がありますが、その中で今日は、ハローワークを利用して就職する方法の話をします・・・まずは求人票の見方から・・・」このような調子で数人相手に仮釈放前の人たちと就職の話をしている。
 「あんたは幼稚園に行ったんか、それから小学校へ上がり中学校へ、そして高校へ行ったんやな、そのようにしてあんたは確実に今まで肉体的に精神的に成長してきた・・・しかし、36歳のあんたが、これから死ぬまでどんなに成長して行くつもりや・・・もう学校はないよ、叱ってくれる先生やコーチはおらへんで・・・、私は、だからこれからあんたが成長していくとすれば、仕事を通してしか成長を自分で確認できへんやろ、と考えております。辛いことや辞めたい時やいじめられたり泣きたい時がたくさんあるやろと思うよ…そこで、どれだけ我慢して仕事をやり通せるか・・自分が自分に叱りつけて、自分が自分を誉めてやって・・・自分が成長できるかどうかの別れ際やろね、もう二度と会うことはないやろけど、まぁ健康に注意をして頑張ってください。」
                
 こちらの刑務所の中では、服役者が仮釈放される前の10日間くらい、畳のある集会所のような別棟の寮に移される。そこで彼らは、少し自由な時間を与えられている。明日からの一般社会生活に向けてのアップ時間である。その寮で月2回ほど受刑者が適当な人数になると、私はそこに行って就労のための話を1時間ほどしている。彼らはあと数日もすれば保護観察を受けながら満期日を外の社会で待つことになる。そのためには生活基盤となりえる仕事に就かねばならない。今日お会いした人の帰住先は全国に散らばっている。そのうちの一人が、玄関先まで見送りに来て、靴を履いている私の背中に、希望が湧きました・・・と言葉を投げかけてくれた。
 今、南の海上から台風が北上している。長波の風が吹いている。
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仕分け

2010-10-28 00:00:00 | Weblog
            
 どうやらジョブカード制度が仕分けられたようだ。ジョブカードは一昨年から本格的に稼動して、私の仲間の何人かはその仕事に就いている。私も数人の求職者のジョブカードに立ちあったことがある。ようは、今までの自分の振り返りから自分自身の職業能力を再発見し、訓練等でレベルアップを図り、目指す仕事人になる流れを作り事業所と共有して職業教育やら採用定着などの方向に持っていきたい、その基礎資料みたいなものである。私にとってのジョブカードは、それ自身の精神は理解しているつもりであるけれど、ジョブカードを作る側の求職者にとってみれば、なんでこんなモン書かにゃならんのんか、という疑問が残る。指導するキャリアコンサルタントなども求職者との信頼関係を築いた上での話し合いではなく、短い時間の中で一方的に書かせてしまう現実がある。こうなれば求職者の利益より、カウンセラーの利益に分があるように思う。何のためのジョブカードなのか考えると、求職者に向くよりその仕事に携わる人のための仕事を作る制度のように思えてならないと思う。所詮アイデンティティが形成されていないところにジョブカード導入することがおかしいと思っている。取ってつけたようなジョブカードを利用して就職をするなど、むしろそれを利用して助成金を考える企業のためのもののように写る。だから低迷する県内の利用企業が全国の中でも抜きん出ていることからもわかる。ただ、ジョブカードを利用する企業が全国第2位だと単純に喜んでいる人たちも居るけれど・・・英国から取り寄せたたジョブカード制度を作る前の段、例えば学校教育などからジョブカードの精神を教えることの方が重要であると思っていたところ、このたびの蓮舫さんの切り捨てであった。
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もッく

2010-10-27 21:30:48 | Weblog
            
 学生時代に少しお小遣いがあると、よく行っていた場所にジャズ喫茶・モックがあった。40年以上も前になるのですっかり忘れておった。ところが今夕会ったT君に、昨日ジャックルーシェのプレイバッハを聞きたくなった話をしていると、昔二人でモックに行ってジャックルーシェのレコードをよく聞いたよなぁ、と懐かしく話し始めた。そういえば店のマスターにコーヒー一杯しか頼んでいないのに、何度も同じレコードをかけてもらったことを思い出した・・・そしてプレイバッハのCDを注文する予定だと話すと、彼は、今車の中においてあるから、あげるよ・・・と言ってくれた。優しい奴よTは
 ネパール帰りのT君もすでにネパールの想い出も薄れている頃だろうと、6時過ぎにいつものミスドで落ち合う。二人とも奥様は、ケアマネの仕事をしていて奥様の帰りが、いつも10時過ぎになるのは同じである。だから私もT君も家に帰っても話し相手がおらず、一人で本を読むかPCを相手にしているか、のどちらかである。また、T君は工作研究に余念がなく、晩ご飯はいつも一人で弁当だといっている。60も過ぎれば一人での行動が多くなり、孤独感が増してゆく。
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今欲しいもの

2010-10-26 00:00:00 | Weblog
 急に冷え込んできた。寒い寒いと感じる夜である。まだ暖房の用意はしていない。そろそろコタツや電気カーペットを押入れから出しておかねば・・・
 こんな寒い一人の夜は、ジャックルーシェのプレイバッハを聞きたい、ジョンコルトレーンの曲を聞きたいと思いPCで探してみると、あったあった。早速買って聞かねばならぬ。あっついコーヒーを飲みながら電気もつけない部屋でそのCDを聞くのも悪くはないだろう・・
 昼間、職場の同僚に一人の夜は何をするか、と聞いたところPCで将棋をすると時間が経つ、と話してくれた。そういえば昔広島時代にいっしょに仕事をしていた岡山商業野球部キャッチャー出身の人から時々電話がかかり、彼も退職後時間を持て余し、一日中PCで囲碁をやり、また碁会所に行っては来ている人と碁石を打ち、日がな一日を過しているんだと話してくれたことがあった。今は70近くなっている彼は、どうしてるんだろうか。
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良い子の行く末

2010-10-25 00:00:00 | Weblog
 何年前だろうか、現職時代の出版社で「よい子は人生の悲劇の始まり」(だったと思う)というタイトルの本が出た。販売部数はそれほどなく、ベストセラーにはほど遠く、かといってロングセラーでもなくお蔵入りしたハードカバー本であった。なぜか今日は、急にその本の題名を懐かしく思い出した。というのも、良い子になるための演技を社会に向けたり、友人に向けたり、また家族、特に親に向けるようなことが続くと、やっぱり疲れてしまって、悲劇に終わるんだろう・・・そのような話を聞く機会があった。反面、悪い子は喜劇の始まりとでも言えばいいんだろうか・・・
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愁愁秋雨

2010-10-24 22:06:20 | Weblog
 午前中は、畑の水遣りと畑の縁にある梅ノ木を切る作業を近所のHさんと共同作業。近頃急に畑関係の時間が増えたようだ。これもブルーベリーのもたらす影響か、と思う。薄い日が射す空模様も、午後になると雨が降り始めた。しかも強く降ってくる。
 昨夜の同級会、数年に一度の同級会は、全国からの参加を呼びかける会である。各地から帰郷する旧知の同級生に会うと、いつも考え込んでしまうクセがある。皆さんそれぞれその道で頑張っているのに自分は今まで一体何をしてきたんだろうか、という気持ちの落ち込みのクセである。今回も、同じように気分の落ち込む一日となる。この地でせせこましく生活をしている自分が、なぜか小さく小さく見える。どうしてだろうか?今夜は考えることも面倒くさくなり、さっさと布団に入る。
              
 4男は模擬テストが夜の8時半まである、と連絡があった。
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同級会あり

2010-10-23 00:00:00 | Weblog
 従弟のケンちゃんが、隣県から引っ越してきた。ケンちゃんはもともと神戸・青木に家があったけれど神戸震災により家を失った経験を持っている。で、以前からの、将来は義母と一緒に暮らすという計画通りに、高齢になった奥さんの母親と一緒に住むために、うちの近所に、「マスオさん」として越してきた。久し振りの再会である。早速荷物の紐が解かれていない整理されていないところにお土産持参でお邪魔した。ケンちゃんは無職につき、奥様は正看護師につき求職中である。早速求人票をお土産にして会った。求人票をめくりながら、こちらの賃金はめちゃくちゃ安いなぁ・・・の感想あり。日がな一日中3人が顔をくっつけて暮らすことは、ストレスの源になるであろうという私の思い?があり仕事方面に時間を費やして欲しい・・などの私の思惑もある。
 畑の雑草を刈ってブルーベリーの大きな鉢を三つ置いた。畑関係次の作業工程は、クワを打ち、畝を作り野菜の種をまくことである。7列の畝を作る計画にしているけれど、全てやるには腰痛との戦いになることは必死。それでとりあえず、手始めとして今週は妻にも手伝ってもらって、2列だけ作ることにした、種は大根と中国野菜のタアサイの2種。私は、簡単作業の種を植える係、オトーサンはクワを打ち振るっての力仕事となる、耕して畝を作る係、と妻からの提案をしぶしぶ受け入れての作業。とにかく腰が痛くなる前に止めることを考えているので、アッという間に種を植え水を撒いて作業終了する。3年振りの畑作業につき、育ってくれるであろうか・・・楽しみである。
 6時から高校の同級会が道後のホテルで開かれた。同級生604人中参加者は104名。皆一線を退いて次の仕事に精を出している人が多かった。私の隣の席は、伊予市で食品会社の社長をやっているN君。早速、先日は大変だったなぁ、とTV出演で謝罪をしているニュースを覚えていたので、話しかけると、いろいろ問題がありすぎて大変・・・と愚痴っていたし、目の前の席には、大きなメタボ身体を揺すりながら、60を過ぎての医療仕事はしんどいよ・・・などと笑顔で喋るJR駅前で開業しているH病院長がいたり、またまた左隣の席には、昨年喉頭癌手術を受けたD君が辛そうな顔しながらも、何とか生きていきたい・・と話してくれたりもした。また大手ゼネコンに居たI君がやってきて、今日東京から帰ってきたよ、とニコニコ顔の昔からのスタイルで私の前に来て、差し出された名刺を見ると、天下りした先の中小企業を任されている印刷がしてあった。また、沖縄から帰ってきた人なつっこい顔したHちゃんにも44年振りに会う。Hちゃんは沖縄・玉泉洞を初めて見つけた人である。彼の父上は、昔日本ケービング協会を率いて、洞窟探検に著名な先生であった。その長男であるHちゃんは上浮穴にある400年も続いた実家を守るための苦労話をしてくれた。何しろ山内一豊の縁戚にあたる家系とのことで昔の家を維持するのに経費がかかってしょうがない・・などと愚痴ることが多かったけれど、沖縄でのいろんな役、民生委員や国体におけるボーリング代表監督を努めるなどして楽しく多忙さを極めている様子。一方、ご婦人方はまったく覚えがないけれど名前を見ると思い出す人もいたりして、一瞬にして18歳当時に舞い戻る時間があった。確かに、皆さんの話を聞いていると、18才で別れて44年後再会しての話の中は、人それぞれに山あり谷ありの人生を送ったこと、そして今の話の中心は、自分の健康問題が中心になっていることであった。
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祭りも過ぎて

2010-10-22 00:00:00 | Weblog

 秋の行事の順番として、たわわに実った稲が頭を垂れ、稲刈りとなり、田んぼには刈り取られたあとの藁くずが散らばる。と同時に、秋祭りが始まる。各地の秋祭りの様子が次々とニュースになり、お神輿の鉢合わせや勇壮さを競う太鼓台、雅やかなダンジリや八鹿おどりに五鹿おどりなどが次々とテレビに登場し尽くし終えると、そのお祭りのあとの静寂に包まれる。その頃になると朝晩めっきり気温も下がって、夜など窓を締め切っていないと寒いくらいになってくる。今がその時期である。
 今夕はポン友Hが、ハローワークでの大卒ジョブサポーターに採用されたのを祝おうと、5人が集まった。参加者はHと野球部の先輩になるNさん、愛ワークからKさん、そしてジョブカード担当のMさんと私。60も過ぎて孫相手にのんびり余生を過すことなど毛頭考えていないような人たちである。高校では全国大会で何度も優勝している古豪高校のエースであったNさんの野球に関する愉快な話、Kさんに至っては、65も過ぎてコーラスサークルに入って合唱することの楽しさを伝えてくれたり、またまたMさんは若者の仕事観に対する薀蓄を面白おかしく話してくれたり、6時集合の終われば9時を廻っていた。何が楽しいことかと問えば、やっぱり責任のないところですき放題ワイワイと喋ることが日頃のストレス解消になるってことかと思うけれど、それよりも人と確かに繋がっているという感覚があるところが楽しいのではないか、と思う。Kさんに今度は高島屋グループ(県就職支援センターのブースがあった)の忘年会をやりましょうと提案した。今年はなんだかみんなでワイワイと騒ぐ機会が多いみたい。
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