年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

おくりびと

2009-05-31 21:28:14 | Weblog
 映画おくりびとが話題なったのがつい先日。その原作?のような納棺夫日記の文庫本を寝転がって読む。何しろ今朝から急に声が出なくなっている。声がヒューヒューとかすれるような声になっておる。たぶん先日来の風邪引きで痰が喉に詰まって取れないためであろうと思う。で、家庭医学書を本棚から引っ張り出して、痰に関するページをめくると痰の出し方が図解解説入りで載っておった、読んでみると頭を下にして身体を逆さまに近い状態で10分間やること・・・などと書いておった。私もそれに習ってベッドから頭を落とすような体勢にしてやってみた。これでは手持ち無沙汰だと思い、逆さま状態で納棺夫の文庫本を読んだ。なかなかおもしろく1時間近く体逆さま体勢で読みふけった。しかし、痰は出なかった。文庫本を読み、久し振りにケガレとハレのことのついて考えた、穢れを塩で洗い流す行為について、葬式での塩、相撲の土俵での塩の意味について考えた。なるほど穢れを塩で清める意味は、一説には古事記まで遡ってイザナギノミコトまで行くのか・・・
 で、夜家族4人が集まッた折り、声が出ないことについて、癌ではないかなどと脅される。
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今日のスケジュール

2009-05-30 00:00:00 | Weblog
 まだまだ喉が痛いし肩や腰も痛い。3度目の鍼を打ちにH君宅へ。閑静な団地に開業しているこの瀟洒な鍼灸院は、彼が紆余曲折しながら、がんばったことの証である。清潔な鍼灸院でのベッドに横たわりながら痛くも痒くもない治療を1時間で終えると次は雇用能力開発機構でキャリアコンサルタントのフォローアップ研修を1時間の遅刻で出席する。研修内容は中高年者用ジョブカードの作成について。昼に終わると皆さんといっしょにご飯食べて、私が次に向かったところは、こころ塾。カウンセリングルームからは、N女史の大きな笑い声が聞こえてきた。きっとクライアントもそれに引きつられて笑っているのだろうと容易に想像できる。私は塾長とYさん交えてスケジュールの打合せやら意見交換。ここにはいつも食べ物がある。今日は霧の森の大福と抹茶カステラを置いての話。私の頭の中は、昼飯食った後のデザートがあるので、糖類を摂取することの良し悪しを計算しつつ、食べるべきか食べざるべきかを考えるも、やっぱり美味しそうなものが目の前にあると誘惑に負けてついつい手が出てしまった。5時過ぎに温泉に連れて行く約束をしている母親のところへ行くも、母親からは、そんな身体で風呂に連れてってもらうより、あんたの身体を休めなさい、の命令があり、そそくさと自宅に帰ることにした。
 28日に現地より送って貰ったミショウカンが、岡山、大阪、奈良、東京、札幌、釧路より、届いたよ・ありがとうの電話あり。
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風邪を引いたまま

2009-05-29 00:00:00 | Weblog
 どうも風邪が抜けきらないでいる。今週の火曜日から喉が痛い。通常私は喉が痛いときは、うがいをして直すことにしている。しかも鼻から塩水入れて口から出す方法。どの子供だったか忘れたけれど、何番目かの子供が鼻が悪くて、その時に買った鼻を洗浄する機器がうがいするのにちょうど都合よく、痛いときには利用している。鏡に映るのどの奥は真っ赤ッカ。1日3~4回うがいをしても、今回は抜けきらない。しかし、熱がなさそうなので普段通りに仕事をやっているものの、やっぱり今日の午後はフ~ラフラ状態。でも幾分か求職者の数も落ち着いてきたので助かっている。
 高3の子供の母親の誕生日プレゼントは、小学校の時以来続いているものである。昨夜遅く帰ったので渡すことが出来なかったようで、今朝、冷蔵庫をあけて母親に、お誕生日おめでとう、といいながら手渡しておった。毎年恒例の100円アイスである。母親は年に1回しか食べないアイスクリームをありがとうとニコニコしながら朝から食べておった。妻の誕生日にいつも咲いてくれるビヨウヤナギの木は、植えて以来30年経った。
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何メートル先なのか

2009-05-28 21:50:21 | Weblog
 けいらく堂という鍼灸院に通っている。首肩腰足、身体全体が麻痺しているかのようでどうも調子が芳しくない。痛いのを通り越している感じがしており、後輩でもあるH君が営んでいる鍼灸院に行っている。そのH君が私の背中を見ながら、随分と猫背になってますね、などと言ってくれた。猫のように背中を丸めて歩く姿なぞ、この年齢にして少しおかしくはないのだろうかと思った。それで道路を歩く時に胸を張り前方を見つめてまっしぐらに歩く癖をモノにしようと思ったワケ。お笑いのオードリー春日のように胸を張ると自然と前を見るようになる。10メートルほど歩くと腰がちと疲れてきた。今度は、腰が曲がらないように注意をしながら10メートルほど歩いてみた。すれ違う人の胸の張り方にも注意をして観察した。、フト考えた。目先を何メートル先を見て歩くことが1番イイのだろうかと考えた。将来のある若人は100mでも200mでも先を見て歩く姿は、なかなかサマになっている反面50歳60歳以上の中高年が、遠方を見ながら歩く姿は傍から拝見して、な~んも考えずにただ歩いているだけのように映る。かえって、目線を5mほど先に落として歩いている人を観察すると、色んな事を考えながら歩いている哲学者のようにも見えるのを発見した。とすると私のようにせいぜい足元から1m以内に目線を落として歩行している人はよからぬことを考えて歩いているように見えるに違いない・・・などと思ったりする。人は悩みがあったり、考え事をしながら歩くと自然に目線は落ちてゆくものだろうが、果たして自分は何を考えながら毎日歩いているのだろうか・・・
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妻の誕生日二日前

2009-05-26 10:19:00 | Weblog
 子供たちの小さい時は、私は単身赴任やら出張が多くて家にいることがほとんどなかった、だから日常の子育てに関しては、妻が一人っきりで奮闘努力をしていた。自分の母親は奈良にいるので助けを呼ぶことも出来ず独りで頑張った。私が家に帰ったときに1~2週間の事後報告を受けたり、また困っていることの相談を受けていた。当然クリエイティブな教養を高めるような知的会話など二人であまりすることがなかった。子供たちの生まれる前は、布団を並べて(今は1階と2階で別々に就寝)夜が明ける前まで色んな本の話をしたり映画の話を聞いたりして、生きることとはなんぞや、幸福ってなんなのか・・・とかくだらない会話をよくしていた。それが子供を育てる中で、時間的な余裕より精神的な余裕がなくなってしまったかのような理由であまりそのような話をすることが少なくなった。
 今やっと私も自宅にいて妻とも色んな話が出来る環境にありながら、今度は妻の仕事がめちゃくちゃ忙しいようで、妻が帰宅する時間帯には、私寝る前であるから、オヤスミの挨拶くらい。1週間に1度の休みも掃除をしたりしていてゆっくり会話時間なぞ持てないし、私も用事で休みは休みの仕事が待っている。当然顔を合わす寸時の時間に必要な話を選び抜いての意見交換とならざるを得ない。そのような近頃の毎日。感謝の記念として、スミレの銅版をつくる。スミレの花言葉を含めて。
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四葉のクローバー

2009-05-24 00:00:00 | Weblog
 3月から急激に増えている求職者の相談を休む時間なしに連続で、これでもかこれでもかといった按配で相談業務に励んでおる。ところがこのところ体の調子がおかしくなった。自分の身体ではないような感覚の状態が続いている。で、頭・首・肩・腰・脹脛・足に久し振りに鍼をブスブスプスプスと刺してもらうと、今の痛みも緩和されるに違いないであろう、などとやむにやまれず以前よく行っていた経絡堂のH君を訪ねた。瀟洒な建物を居宅兼用で新築していたのでびっくり。先客がいたけれど私は遠慮せずに真っ裸になり先客の隣りの診療ベッドに横たわった。やがて私の番になりH君がやってきて、私の身体を触診しながら、あっさりと、これは1回の診療では無理です、と言ってくれた。そうかそうなのか、それほど私の身体は、老いてなお衰えているのか・・・フムフム。いつものように彼と馬鹿話をしながら治療を終える。いくつ鍼を刺そうとも痛くも痒くもない感じ。早く肩や腰の痛みを取りたいと思うけれど、その前に何とか手の指だけは曲がるようにしておきたい。
 午後は母親と一緒にお墓の掃除に行く。今月が父親の命日になる。亡くなって15年が経つ。雑草が生えていたのでそれを抜くのに小1時間かかった。花を換えて水を替えて父親の好物であったお菓子を添え線香に火をつけた。そして、もし今生きていれば、なにを真っ先に話したいかと母親に聞くと、間髪いれずに孫たちの話をしたいといった。
 先日次男が母の日にプレゼントしてきたクローバーの種を植え丁寧に育てていた妻が、芽が出て四つ葉が出たとニコニコ顔で報告してくれた。
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T君も

2009-05-23 00:00:00 | Weblog
 近頃私の周りのごくごく親しい人が新聞や、テレビやラジオに出ることが多くなった。Tから昨日連絡があり、今日の地方紙に自分のセカンドライフに関する記事が大きく出るから見ていて欲しい、という。早速今朝の地方紙を広げてみると、大きく扱われていた。ウン、なるほど記者も彼のことを誇張せずに書いておった。
 午後はNPO法人こころ塾の1周年記念行事がある。Dr.K先生も出席されていて楽しく歓談、私の横にはNPO法人EYESのY嬢も座り久し振りの挨拶あり、3時間ばかりの楽しい時間を持つ。
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手紙

2009-05-22 00:00:00 | Weblog
 NさんとNさんの奥方が感動したので早速購入したCD、その歌詞をあんたに是非とも読んでいただきたい、と言ってそのコピーを私に渡してくれた、昨年話題になった、千の風になって、のようなものだから読んで欲しいと言う。
 手紙ー親愛なる子供達へ
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらないでうなずいていて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着をぬらしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込む事さえもできなくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい 
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ
愛するこどもたちへ

親愛なる子供たちへ             樋口了一
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このような歌詞である。(写真)階段を上がるのがきつい59歳の弟を88歳の母親がお尻に頭をくっつけて押し上げる日々。
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大きな約束

2009-05-21 00:00:00 | Weblog
 最終の1本前になる夜遅い電車に乗る。ガラスに映る自分の顔は赤くなっておる。今日は飲まないでいようと固く決心していたにもかかわらず、ついつい話が弾みコップに手を出すと隣りの人が間髪おかずにビールを注いでくれた。アッしまった、お薬を飲んでからコップに触ればよかった・・・などと思ったが、しようがない。喉が渇いていたので、やっぱりうまいわ、この季節のビールは特に。話が弾むに連れ店を出る前には。梅酒を飲んだ。ちょっと甘い。そのような状態で電車に乗ると、久し振りにフラフラ感あり。酔ったのかなぁ、などと斜め後ろの空いた席に座ろうとすると、横にも赤ら顔の叔父さんがいた。なにやらキョロキョロした目つきであたりを睥睨している感じ。私が座るなり赤ら顔同士で顔を見詰め合うと、アレ~Kせんせい、じゃないですか、今日は何事ですか、などと同じような文句でお互いが話し始める。県内でも重鎮の精神科医のKDrはちょっと風変わりな医者である・・・(と私は思っている)。そして、先生の土俵内でのおはなし、つまり鬱に関しての最新情報をお聞きする時間が降車するまで続いた。今私は椎名誠の新版大きな約束っていう漫画のような本は、電車内の座席で読んでいることが多い。赤ら顔で読もうとしたけれど今夜は精神科医の先生との話で時間がつぶれた。大きな約束、は椎名誠がじいじいになりサンフランシスコに住む息子や孫のお話などがおもしろく書かれておる。じいじい、やくそくってなんだ・・・というのもおもしろい。さて、わたしもいつの日かジイジイと呼ばれる日が来るのだろう、などと思うと四国のいなかジイジイと呼ばれるひが待ちドウしくもあり、恐ろしくもある。(写)アルストロメリア2年ぶりに咲く
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マスク族

2009-05-20 21:27:17 | Weblog
 この前の日曜日に高校生の息子が大阪までサッカーの試合に行った。翌月曜日は腹痛と微熱が出て病院へ寄ってから学校に行く手はずになっていた。私が夕方7時過ぎに帰宅すると子供はいなかったので今ごろ学校→塾だろうと思っていた。ところが、8時頃子供のクラス担任のY先生から電話があり、子供の体の様子はどのような調子か、と緊迫した声で言ってきた。今いませんが、どうかしましたか、と聞き返すと、今日K高で同じ大阪帰りの生徒が発熱して休んでいるのでインフルエンザ感染の疑いがあり、プレス発表の瀬戸際であったこと、おまけに同じ大阪から帰った息子にもインフルエンザの疑いがかかっておる・・・などと説明をしてくれた。私も慌てて子供の携帯に連絡するも連絡とれず。それで塾に電話すると、アッ今R君は、食べ物を買いにスーパーに行きましたけど・・・などとのんびりした声で塾の先生が云った。担任のY先生に大至急電話をするように塾の先生にお願いをした。11時前に家に帰った子供に話を聞くと、自分は熱も下がり普通だけど、学校職員室では少し大騒ぎになっていたらしい、と反省する素振りも見せず、淡々としゃべっていた。
 近頃この地方でも薬局はマスクが売り切れて在庫がないらしい。大阪神戸方面に住んでいる家族のものや近親者に送っているらしい。職場もマスク姿が目につく。で、人の列が切れかかる3時過ぎに、今日の私の20番目近くになる40歳前半のご婦人が前に座った。マスクを大きくしていた。要件を済ませたあと。退職理由をお聞きすると解雇だと言った。そしてマスクの上にわずかに見える目から堰を切ったように涙が溢れ出した。傾聴をしながらの相槌は、つらかったですね、の言葉だけ。いわれようもない従業員からの中傷により、居たたまれなくなったけれど定年まではそこで頑張ると決意していたものの、とうとう社長から解雇を言い渡されたと話してくれた。涙が溢れてマスクが濡れ真中の鼻の下からは鼻水が出てマスクを濡らしていたのが見て取れた。私は最後にエリザベス・キュープラーロスの悲しみの仕事の話を少ししてご婦人の涙が乾くのを待った。今日はDVの話あり、解雇の話あり、出所者の支援の話あり。
 妻と隣町の公園へ散歩の写真。私は400m外周を2回ゆっくり歩き、妻は私を追い抜きながら30分もジョギング。
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