年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

ラジオを聞く

2004-05-31 00:00:00 | Weblog
2004/5/31 (Mon) ラジオを聞く

 梅雨に入っている、今日の雨も強く降っている。車の中、ラジオを聞いていると運動選手のスランプについての話があり興味をもって聞いた。
①過去と指紋は変えられない、変えることができるのは今と未来である。
②よく勝っている運動選手は悲観的に練習をし楽観的に試合をする。
 よく負けている運動選手は楽観的に練習をし悲観的に試合をする。
…のだそうだ。さらに
③「スランプになる選手は一流選手のみです。普通の選手がスランプに陥ることはありません、ただ未熟なだけです。」
そこまで言われると未熟ゆえの低空飛行であるわが身がますます落ち込むではないか?

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清掃

2004-05-30 00:00:00 | Weblog
2004/5/30 (Sun) 清掃

 朝7時公園に集まり地域清掃をする。毎年恒例のこの行事は梅雨入りの前後にかけて行われる公民館分館としての公式行事でもある。200人を越す地域の人達がめいめいクワとかスコップとか草削りクワを手に持ち首にはタオルを巻きつけ帽子をかぶり手袋をしてのスタート。おもな目的は田植えの時期になり水を円滑に流すための水路のゴミを掃除することである。随分昔からこの行事が継続して行われていることはこの地域がほとんど田んぼであったことがわかる。水は稲作にとっては不可欠であり農家の人は田植えの時期の水の管理はとても神経を使う。このような話を古老から聞いた。1時間の予定が10分早く終わった。この新年度から分館長が41歳の若い人がなって万事ダラダラしないのがモットーである。早く終わってラッキー。
 午後弟の入院先へ行く、弟は腕から伸びている管が外されていた。良い方向に向っているらしい。「アニキ、死の淵から生還したよ。」と美味そうに三分がゆを食いながら言ってくれた。川には闇夜の中の蛍が数え切れないほどに増えている。

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我は中高年登山隊・向井山岳会

2004-05-29 00:00:00 | Weblog
2004/5/29 (Sat) 我は中高年登山隊・向井山岳会

 近所の山好きの人達で作っているグループの山行会があり,雨の確率50%ではあったが朝6時に出発した。メンバーはI銀行60定年前にて明日にも辞めたい気分派Sさん、福祉の専門家30数年経験これもまた一刻も早く60定年を迎えすっぱりと山に篭りたい気分派Hさんと久し振りに合流した定年死の前日までよ説派の私の3人。行き先は大・ 藥貫590m。ここ最近我が山岳会は単に山に上がるというよりいかに味のある山行をするかに焦点を絞っておる。何味かは分らないけれどとにもかくにも日頃のストレスを山中で発散したいだけのことである。しかし、高速道路を降り5430mのトンネルを抜け隣の県に入った途端に雨模様。しかも山は雲がかかり全く見えない。どうしようかと迷ったが、さすが皆さん雨対策の合羽と傘は各ミレーのザックに入っているようで心強い。雨の中2時間の距離を歩こうということになった。登山口へ空木(ウツギ)の白い花や青い紫陽花がたくさん咲く新緑の中を走らせるとやがて西日本で最も大きいダム湖が見えてくる。ついでに堰堤を見に行こうと話がまとまり途中下車。ダム湖サイドのホテルに入り客のいない暇そうな従業員を見つけておしゃべり。話がはずみ近くのフリークライミング場の情報を聞く。3m以上上がる人は申請書が必要らしく即撤退する。次に近くにある大原富枝文学館に入る。話題になった「婉(エン)という女」の作家。この町出身である女流作家は自宅のすぐそばを流れる吉野川の自然が大原文学の土台になったと書いてある。川端康成、三島由紀夫、北杜夫、瀬戸内寂聴をはじめ幅広い交流のあった作家の展示室を我々3人だけでじっくりと見る。「私が『生く』」というより私を『置く』といういき方」の話に興味を持つ。これでは3人とも登山どころではない様子となる。外は小雨が降り止まず山も全く見えずして山は今回諦めようということになった。計画を素早く楽チン方向に転換決断するのはうまいもんだ。それでもじゃあ一応地図に行ったことの赤印をつけるだけでもいいからと誰か自然崇拝者が言ったので近くの山を探し車で上がることの出来る山を見つける。梶ヶ森1399.6m、頂上に立てば腰辺りで1400mを越す山頂にケルンの石1個を乗せた後,日本百名選にも入っている滝を見た。今回は身体を自然にゆだねることよりむしろ文学の世界に浸りきって日頃のウサを晴らす非情にも頭がフラフラする山行会になった。我ら中高年登山隊はこれでは頭と心を使うチテキ集団,ハイソサイティ山岳会になるのではないか,困ったもんだ。男どうしのHな話もできないではないかと帰りの車中皆が心配していた。

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ケーキを買う

2004-05-28 00:00:00 | Weblog
2004/5/28 (Fri) ケーキを買う

 夕方帰宅してからふと思い出して誕生日のためのケーキを買いに走る。戦後生まれとはいえ仕事帰りの電車の中でのいかにもこの箱はケーキが入ってます、今から帰って家族全員で頂きます,の図は団塊世代としては恥ずかしいのだ。仕事を終えたお父さんが帰宅電車内でミスドの箱などを持ちかえっているのを見るにつけ、「ワーお父さんドーナツありがとう」などと言って4~5才の子供が帰宅したお父さんに飛び込んでくる姿が目に浮かぶけれどニッポンの益荒男としてはそれではあまりにも軟弱化しているのではないかと常々考えているからである。このようなものはいかにもさりげなくニコリともせず「ハイヨッ」と渡し,受け取る方も「そこに置いておいて」、などと面倒くさそうに言うのが正しい受け渡しだろうと思っておる。ところが…、今日も男子バレーを見ながらの夕食時に「お誕生ケーキがあるよ」と言ったところ子供と妻から「すご~い、お父さん,やるネ~」と最上級のほめ言葉をもらった。今日が妻の○じゅう○才の誕生日なのである。「結婚して初めてやね~、ケーキ買ってきたのは」などと皮肉なども言ってくれて下の子供が電気を消しローソクを立て型どうりの歌を歌い、平等に切れとか大きいとか少ないとかワイワイ言いながら食べた。時間にして数分のセレモニー。それでまたしても再度テレビをつけてみるとカナダにストレート負け。今日の誕生日はケーキよりも五輪に出場できなくなった男子バレーのほうがインパクトがあったようである。ちなみに「お母さんのお誕生日は今日」だと教えてくれたのは下の子供からであった。

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帰宅する

2004-05-27 00:00:00 | Weblog
2004/5/27 (Thu) 帰宅する

 交通機関をどのようにして帰ろうかと迷ったが丁度上手い具合に知人の車に便乗させてもらうことになった。出発はぐずぐずしていても帰りの早さが早いのを身上としている私は常に脱兎の如く帰路につく。かつての名馬ハイセイコーはなぜか最終レースを敏感に感じていて次のレースが終わればふるさとに帰る事ができると思えば無茶苦茶強かったとの話を競馬好きの人から聞いたことがある。明日帰ることができると思えば名馬でない自分でもなぜかわくわくし、そわそわしてしまう。それでしまったと思った。駅の売店で柿の葉寿司を買い新幹線の車内かあるいは航空機内で一人静かに食べようと計画していたのに残念である。
 帰宅して夕食を食べながら新聞のラテ面を見ている妻が今日はサッカーもない、バレーボールもないよとこれもまた残念がっている。

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えっ?

2004-05-26 00:00:00 | Weblog
2004/5/26 (Wed) えっ?

 家に電話を入れる。声が枯れているようで聞いてみると「くやしい」と受話器から聞こえる。男子バレーが負けたらしい。いつも同じパターンで5セット目に今夜も負けたと妻ががっかりした声でしゃべっている。これでアテネ五輪は難しいそうだ。勝てそうで勝てない男子バレーの話しを聞いていると昨年追っかけていた子供のチーム小野FCを思い出す。あと1歩が出ないのは運かそれとも実力か、しかし結局モチベーションかなぁ

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サイクリング

2004-05-25 00:00:00 | Weblog
2004/5/25 (Tue) サイクリング

 大和の国の市内をいつもの好奇心から自転車で回ってみる。いたる所にお地蔵さんが赤い前掛けをして道路脇に鎮座しておる。枕詞の意味は知らないが奈良ときたら「あをによし」、「しきしまの」は大和にかかる、「しらたまの」は吾が子にかかる枕詞だったか?などと昨日のことは忘れても高校生時に覚えていたことを思い出す。そこで考えました。自慢じゃないが万葉集の歌をじっくり味わうよりも枕詞を正確に覚えるための学習にどれほどの意味があったのだろうかとハンセイする。味わったり人の気持ちをくみこんで考えるなどの大切な作業よりも活字を当てはめるだけの労力には大した意味がないのではないだろうかと。いにしえの人々が歌ったその歌の意味をあわてて考えてみる。同じような思考回路がサンポや登山中にもあらわれる。最近は公園や登山路の傍らの樹木にも名札がついており条件反射的に名前を覚えようとするが、すぐに忘れる。大事なことは名前を覚えることよりも緑の樹木の中での気持ち良ささをどのように感じるかではないかと思うのだが…。西にある生駒山に落ちる夕陽が赤く一面を染めていた。

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久し振り

2004-05-24 00:00:00 | Weblog
2004/5/24 (Mon) 久し振り

 今日から4日間家を留守にする。所用で関西方面に出かけなければならない。今まで数十年毎年200日以上も家に帰らなかった実績を持つわが身としては、再び数日でも家を離れるのが億劫だ,でも、出る準備は早いものだ。10分もかからない。
 街は夏の装いになっている。まもなくギラギラと太陽が陽射しを強める本格的な季節がくる。

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スマイルボーリング

2004-05-23 00:00:00 | Weblog
2004/5/23 (Sun) スマイルボーリング

 激しい声がしておる。日本対中国のバレーボールを見ながら妻が応援しているのだ。私が女子バレーを応援するのに対して男子バレーの好きな妻が「イケイケ~」「そこ打て~」「なにしてるの~」「いかんなぁ」「やった~」などと近所に聞こえるほどの大きい声を出してテレビを見ている。
 今日はよい天気、まったりした一日。午前中は小学生の子供達の球技大会あり。15人を率いて3チームを作り体育館でスマイルボーリングをする。予選リーグを戦い決勝トーナメントに進むけれど我がチームは準々決勝で敗退した。ピンを倒す度に子供達の声が拍手とともに最高に達するのを見てるとこちらもいっしょに嬉しくなる。でも、そばで審判をしながら思うことは、この9歳から12歳までの子供達があと20年、30年もすればこの社会の担い手に必ずなってくれる…ということだ。その為に大切な何かを伝えておかねばと思う。――下の部屋ではだんだんと妻の声が悲鳴になっておる、そのそばで13歳の子供がギャーギャー笑っておるようだ。夕方ICUの病室にいる弟が黒い便から普通の便の色になったと看護師から聞く。

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説教を受ける

2004-05-22 00:00:00 | Weblog
2004/5/22 (Sat) 説教を受ける

 拉致家族の帰国について一日中テレビをチェックしていた。ご両親のお気持ちを思うといかばかりのものかと想像を絶する。かつて私がソウルの成均館大学の山岳部の人達とDMZ(デスミリタリーゾーン)である北と南の境界線近くの山に行った時、その山岳部員の一人がボーゼンと北に向いテントの前で歯を磨き終え「あの山の向こう側に兄がいる」とつぶやいていたことを今もって忘れられない。
 「父さんよく聞いて、いい, 父さんはいつも一言多いからつつしむようにしないといけない、いい, わかった?」「そしてあまり威張らないようにしないといけないよ,いい,わかった?」そして最後に「パソコンに『一言多い、要注意!』と書いておいてよ!」と13歳の子供から厳重な注意をされる。PCにはスクリーンセーバーに伝言として(意思あるところに道あり)と流しているのを書き換えろと要求された。恐るべく13歳は最後っ屁に,「50歳台で年寄じみたことを言うでない、まだまだやれるよ。○○さん見てみい(70歳過ぎてもいろんなボランティアの役やってる近所の人)がんばれるよ。」……う~む、何が気に障ったんだろうか。
そうか、これが一言多いということなのか。

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