年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

一瞬の強い風

2016-10-17 00:00:00 | Weblog
 23年ほど前の我が家の子供たち、高3の長男が中距離走800mの選手として県大会に出場した時、次男は高校でバドミントン部にいて毎日夜遅くまでラケットを振っていた。3男は小学生時代のソフトボール部から中学入学同時にサッカー部に転じ、身長があった分なのかどうか、1年で即レギュラ-になり試合に出ていた。ソフトボールでは結構活躍をし、強肩を活かしてショートを守り、また後に松山商高で4番を打っていたK君の控えピッチャーとしてもすごい早い球を投げていたこと、打っても1番でチームで公式戦最も高い打率があったことがスコアブックに残されている。しかし、野球部を選択することなく、小さなボールから大きいボールに、手から足へのスポーツに変わった。

 上の兄3人がそれぞれの部活をやっていた当時4男は3歳児であった。そして3人のそれぞれの大会に小さな4男を連れて応援のために会場によく出かけていた。
 長男が県高校総体で走ったニンジアスタジアムのトラックのこと、レース前選手の名前がアナウンスされそして選手が手を上げる。スターラインについて号砲を待つ数秒、緊張し静まり返るグランドと観客席の1秒か2秒かのあいだのこと、弟の3歳の幼児が、観客席から紅いアンツーカーに引かれた白いスタートラインに構える兄に放った「ニィチャ~ン・・・」の大きな応援の声があった。応援する観客席の人たちが振り返った。

 先日読んだ三浦しをんさんの「風が強く吹いている」の他にこの本もあるよと長男が教えてくれた。今読んでおる。読みながら末弟が長男を応援した23年前の情景が急に浮かんだ。
 4男はその後サッカー漬けの日々、今も勉強の合間にサッカーだろうと思いキヤ、電話から聞こえてきたのは、ベンキョウにバイトに飲み会に部活の毎日・・だと云ってる。

 23年前に幼子が応援した兄は、800mの予選で300mまではトップで走っておったが、ゴールするまで順位を維持することなく徐々に下がって行ったような記憶がある。
 この「一瞬の風になれ」の表題のごとく、それでも瞬時の風は吹いていたのではないかと・・・想像をする。
 「いちについて」・・・「ようい」・・「ドン」
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