年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

どうしようか・・と

2018-01-13 00:00:00 | Weblog
 センター試験が始まったニュースが流れる。我が家の子供たちも20年ほど前から5年ほど前まで受験しておりそれぞれ苦労していたことを思い出す。長男は推薦入学で東京に行ったので経験はないが下3人はそれぞれ複数回のセンター試験の経験を持つ。親のさほど優秀ではないDNAを受け継いでいたので可哀そうにも苦労していた。

 センター試験の前の世代に共通一次試験なるものがあった。今の年齢で言えば53~4才から60才過ぎたくらいの年齢の人が受験していると思う。でも私立大学でも利用しているオールマイティのセンター試験ではなく当時は国公立大受験生に課せられていた試験であったように思う。

 で・・この共通一次試験の世代が自分にとっては難敵である。現職時代にも今の世にもこれらの世代が自分には難しいと思ったことがしばしばあった。この世代の彼ら彼女たちは頭脳明晰しかも行動力、決断力を身に付けている人たちが多く、自分たちの団塊の世代とは異なる体験を通しての価値観を身に付けているだけに、なぁなぁ・まぁまぁ・よきにはからえ・・などのエエ加減なことを許してもらえなかった。それに比べてセンター試験の世代ともなれば、成績の優劣が、例えばスーパーに陳列される同じ群の商品の中で値段の高い低いだけで品物の良し悪しを判断できるようなデジタル化されているような錯覚を受ける。さらに50を境にして40台より若い世代ともなると、その商品が、単に高いだけ、人手がかかっているだけ、流通コストが高いだけ・・のそれだけのような感覚がする。無機質的に機能性だけを磨いて勉強し生きてきたようで、こちらとしてはアナログ的に「読む」ことなく「見る」だけの世代のように映ってしまうのは自分だけだろうか。でも優秀だと感じさせる世代でもあるが、臭さ、苦み、うま味を包み込んでいるようなことはない。自分の偏見だろうか・・。今私の周りの50才台の人たちは団塊の世代が持っていない屹立さを感じる人たちが多い。

 わが子らのセンター試験では思うようにうまく行かなかった年は早く帰ってきた。うまく行ったときは午前様のように帰っていたと思う。まぁ親が先に寝ていたから翌朝の報告で分かるくらいか。

 大雪の中、みんな受験生が存分力を発揮できればいいなぁと・・・。でも失敗してもそれが後の大きな財産となっている人も知っているだけに。。まぁボチボチやりゃええが・・と無責任に思ったりする。

  それより・・どうする月曜日の90分のお喋り会のこと。70才や80才を過ぎた受刑者に若輩者の私が何をしゃべって何を教えようというのか・・。
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