年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

二つのイベントのこと

2017-06-28 20:21:29 | Weblog
 「こころ塾」ができてこの6月で10年目を迎える。それで10周年記念行事をしようと、先日市内のホテルに予約を入れた。100人程度入ることができる部屋を取ってもらった。

 その実行員会を立ち上げた。そのための準備段階として理事のNさんに出席していただき事務局長と3人で大雑把な記念行事のつかみを共有することに。つまり大々的に外向けにするのか、あるいは内向けにスタッフと利用者を中心としてやるのか・・などの方向性の確認をする。あとは次月実行委員さんが10人ほど集まって打ち合わせをすることに。
 関係する機関や団体、病院関係、事業所、医師など外向けにやるのか、あるいは内向けに利用者さんや卒業され復職された方々、スタッフや少しの外側の人を招き入れてやるのか・・のことがある。そのようなことを3人で話していると理事のNさんが過去・現在を振り返り現状を分析し、その歩みを俯瞰した上で将来の希望を語り合えるような10周年にしたい・・と骨太の意見があったり・・。次月に実行委員を集めて数回打ち合わせをし決めようと。
 目的は何か?と考えたい。

 
 近頃思うこと。どうも、自分たちの感覚がおかしいのではないか、何かしら私たちの中に先祖から引き受けているDNAが何かしらの原因で、あるいはそれらからの誘因で書き換えられている、遺伝子が上書きされているのではないか、と思うことが増えた。我々日本人として生まれ日本人が伝来もつわびさびは云うに及ばず、勝ち負けや優位性や顔かたちのきれいさだけなどの形として現れるものしか知覚判断ができなくなっているのではないか、言葉遣いや、その人のたたずまい、美意識など、戦後バタバタした荒野のなかから脱出しえたところは砂上の楼閣に立ったうわべだけの目に見えるものにしか興味がなくなり、自分たちが代々受け継いできた“構え”の上に遺伝子操作されたのか、あるいは豊かさを物質に求めるあまりにスピードとか効率とかの評価を求めるのにすべて分母を時間として計算するような公式に当てはめているだけではないかと・・・じゃ何なんだ。
 こころ塾に行く途中のロープウェイ街を歩いていると欧米人らしき老夫婦がゆっくり静かに笑みを含んで、あたりを睥睨するでもなく歩く姿に気品を感じる反面、明るさだけが取り柄のような若い学生が横一列に歩道をふさぎぺちゃくちゃ喋り歩く姿をみて見知らぬ人への気遣いを忘れる所作に、この子らが社会人となる大人になれば、日本が終わったなぁ・・ほどの感じもする。


 例えば、今自分たちが計画していることに「塀の中の就職活動・合同就職面接会」がある。エライさんと(何がエライのかといえば、どのような役職名がついているか、だけであるが)打合せをして思うことに、彼がメディアに取り上げてもらうこと・・テレビや新聞に出ることが目的です・・と真面目な顔して私に相談を持ちかけてくるに至っては、間違ってるよ・・おかしいなぁと思うが・・。次のことに就職内定者の数字をあげてくれ・・などと云われると・・日本人終わったよ。


 目標は何かと?尋ねる。すると目立てばいいんです。が返ってきた。我々はやってます・・等、上部機関に知ってもらえばいいんです。かわれわれが大事にしたいと考える人としての品位が喪失してる。日本人終わったなぁ。
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