年金受給者の日々へ 悪戦苦闘の記録から

自分のXデーに向かってまっすぐに走る日々
   年金受給前の悪戦苦闘の日々より

雨包山

2007-05-04 00:00:00 | Weblog
2007/5/4 (Fri) 雨包山

 4月末~5月5日までのこの1週間は1年の内で最もこころおどる日かもしれない。かつて私が30台ではじめて新人教育を受け持ち、M君の担当になった時に彼を猛烈にしごいて夜遅くまで打ち合わせをやっていたことがあった。なんでわからないのやと毎日怒鳴っていた。結果M君は退社した。私の方が教え方をわからなかっただけであることを知ったのは数年後であった。M君に対してすまない気持ちが今も持っている。そのM君ちの山にウドを採りに行くのがここ30数年の年中行事である。彼の家でかれの話を聞くのも楽しみの一つ。今何やってるの、と聞くと南予の大きな農協で総務部長をしている、と答えが返ってきた。私の前職においての仕事ではM君は成就できなかったけれど辞めて転職した先では成就できたことは私も嬉しく思っている。現在私は年下のかつての後輩であったM君からいろいろなことを学んでいる。ウドの生えている雨包山の中にいてどのようなウドが来年大きく育つか、とか崩れた傾斜のところは2~3年後に採り頃になるとか話してくれた。中でも最も興味を引いたのは、ウドの見つけ方。私など素人は葉っぱを見つけてウドを採るのに対して山育ちのM君の見つけ方は、葉っぱは一切見ないで山の斜面に流れる去年の黒ずんだ古株を見つけるのだという。ウドの大木となって年が変わり枯れ果てて新しい年になり、また去年の親株にくっついて大きく芽が出る。前の年のウドの大木の残骸を見つけて新しい芽を探すこと、しかも中途半端な大木になりきらないものは次の年には芽が出ないらしい。充分に大きく育った前年のものが枯れてそして新しく芽が出る、さらに言えば前の代の親が役立たずの大木であっても次の代になると一回り大きな株ができるのだと言う。前の代が途中で切られていれば次の代では芽が出ないらしい。そこで私は考えた。親の代がボンクラでも、とにかく伸びきってさえいれば子の代では前より大きく芽が出るだろう…と。
 午後は天気予報通り雨。濡れながら二袋の収穫あり。夕方帰宅しご近所さんへ配る。ヌタ、酢の物、テンプラ、キンピラにして山の精を頂く。