新甲州人が探訪する山梨の魅力再発見!

東京から移住して”新甲州人”になった元観光のプロが探訪する”山梨の魅力再発見!”
旅人目線の特選記事を抜粋して発信!

甲斐国最古の甲府御岳「金桜神社」に金の成る木「鬱金の桜」が咲く!17-05

2017-05-03 | 山梨、往古の歴史と伝説!

金峰山々頂の本宮「蔵王権現」は古代甲斐国最古の神社と伝わる!

甲府御嶽の里宮「御嶽山・金桜神社」に、御神木「鬱金の桜」が咲いた!

金桜神社の大輪の鬱金の桜は「金の成る木の金桜」として崇められる


金桜神社に咲く満開の御神木「鬱金の桜」 ※2017年5月5日YS撮影


今号は「金の成る木の金桜」として崇められる満開の「鬱金の桜」、

古代甲斐国の歴史を辿る御嶽山金桜神社と新緑の美しい昇仙峡を訪ねる!


金桜神社の境内に咲く「鬱金の桜」と「八重桜」。見頃はゴールデンウイーク頃!


 「金桜神社」の由緒・・・

社伝によると創祠2000年と云う古い歴史をもつ当社が約1500年前、

雄略天皇10年(466年)、神勅により金峰山本宮よりこの御嶽の里に

遷祠されてより、神仏習合時代に入り役行者小角が「金を以て神と為し、

桜を以て霊と為す」と唱え「金桜神社」社名の起源となったと伝わる。 

金桜神社の御神木「鬱金の桜」は「金の成る木の金桜」として崇めれている。

詳しくは、御嶽山金桜神社HPで・・・http://kanazakura-shrin.webnode.jp/


荘厳な金桜神社の赤い大鳥居!        参道は266段の石段を登る!

拝殿 ※拝殿の奥に本殿(神殿)       拝殿奥の本殿(神殿)


甲斐国社記・寺記によると・・・、注)以下は筆者のつたない読み下し文

「金桜神社」は御嶽山「甲斐国総社金桜神社蔵王大権現」は式内社にて、

「国鎮社」とも称し、国の北境金峰山(往古は金丸山と云う、甲州中に金丸氏在は

この山を採り三石の紋を用い、下の御像石を取る)の山頂に高さ25間橫18間

(約32×45m)の巨石あり像形は亀の如く奇石にして、神代の往古少彦名命が

鎮座され御像石(現在は五丈石(岩)と云う)と唱えられる。


この金峰山頂上の御像石(五丈岩)のところに本宮(奥宮)が祀られている。


五丈岩を仰ぐ金峰山頂上(標高2595m)五丈岩に祀られる奥宮・本宮 

右写真に写る筆者の頭後に赤い鳥居、五丈岩の右側岩中部に石祠が祀られる。

注)この写真は本宮(奥宮)の調査写真ではなく、筆者が便利な大弛峠から登頂した時の記念写真を応用。


第12代景行天皇10年(西暦110年)日本武尊東征の帰路、相模国より信濃国

へ辿る道にこの金峰山へ登攀され・・・、御像石の下に社殿を建立され・・・、

時の国造塩海宿弥へ素鳴尊大巳貴命を合わせ祀るように命じられ・・・、

之が当社本宮の草創となると伝わる。

第21代の雄略天皇10年(西暦466年)、神勅により御岳山(現甲府御嶽=

=往古は神岳)へ社殿が建立され、本宮三注神を遷座して祀り「里宮」と号した。

之が今の御岳山本社である。

中宮は、日本武尊・・・(中略)・・・を奉斎祀「御嶽山地主神」と称する。

・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第29代の欽明天皇元年(540年)再建、・・・現在まで永々と営まれている!

社記・寺記本文はさらに深く濃く・・・続くが、本ブログでは以下省略します。


まさにゴールデンウイークに相応しい「鬱金の桜」は拝殿の左奥に咲いている!

金桜神社の由緒ある御神木「鬱金の桜」は拝殿に向かって左側へ回ったところ!


「鬱金(うこん)の桜」は・・・ ※境内鬱金の桜の解説版による

「御神木鬱金の桜・・・創祀二千年と云う古い歴史をもつ当神社が里宮として、

約千五百年前に此の御岳の里に祀られてより神仏習合時代に入り役行者小角の

「以金為神、以桜為霊」と云う託宣より「金の成る木の金桜」として崇められた

と云う。景行天皇の御代、日本武尊が植えられた桜をも謂(云)う。

注)景行天皇は第12代、景行天皇40年は西暦110年、日本武尊伝説はこの頃だが後世に創作された伝説と云う。

YS記「雄略天皇の命で甲斐国覇権・統治に派遣された物部氏と日下部氏一族の研究」では雄略天皇の御代を論議中。

「うこん」とは、上古の昔より皇(みかど)のお召しものの色とされ、この染料

となる植物よりこの名がつけられたものと考えられる。・・・中略・・・境内の

この神木は6~7代目とも云われ、4月下旬~5月上旬にかけて、淡い黄金味を

びた大輪の花をつける。

この季節、この桜を拝み水晶の守りをうけると一生涯金運に恵まれ厄難解除の

ご神徳をもうけられるものと全国各地からの参拝者で賑わっております。

※金桜神社 宮司窪坂豊臣氏記


今号では、「鬱金の桜」を観るためゴールデンウイークに参拝したことも重なるが、

金桜神社には大勢の参拝者と観光客が訪れていた。注)人を避けて写真を撮るのに少々の苦労・・・。

特に昇仙峡、荒川ダムが近いので、美しい新緑の渓谷歩きなどの観光目的が多いが・・・、

近年、家族連ればかりではなく若いカップルの参詣者が増えているのにはビックリ!

かつて、秋の紅葉の昇仙峡へ行った時も、正月の初詣でも大勢の参拝者が訪れていたことを思い出すが。YS記 


御神木「鬱金の桜」を仰ぎ見ると天高く伸びているが、添え木も痛々しい。

写真右:境内のヤマ桜もひっそりと美しい!

筆者は、八重桜や鬱金の桜は東京時代にも高尾の多摩森林科学園や神代植物園で

観たことはあるが、この金桜神社の鬱金の桜ほど”貫録”の桜樹を観たことはない。

御利益がありそうだ!久し振りにある感動を覚えた!流石、由緒あるご神木だ!


 境内の富士山遥拝所から望む富士山は、往時の山岳信仰を想像させる!


金桜神社境内の富士山遥拝所から望む富士山はこのように美しく気高い!


「夫婦木神社」は夫婦和合の神様!※金桜神社の直ぐ前に参詣客が賑あう!

 金桜神社前に「夫婦木神社」赤い鳥居が参道  夫婦木神社石段


 夫婦木神社:御祭神はイザナギ、イザナミ大神。 

夫婦木の由来:樹種栃(とち)は樹齢1000年以上、古来和合繁栄、特に縁結び、

子授けに霊験あらたかな神として信仰され、多くの伝説をもつ。

世界の奇木、霊木と云われる夫婦木は、甲府市北山の下黒平(しもくろべら)に

あり、周囲10m余、外形の入口は女性の象徴を示し、内部は空洞にて上部から

長さ5m、周囲2mに近い男性の象徴が目を見張るばかりに垂れ下がっている。

男女が参詣して祈れば必ず結ばれ、子宝の欲しい夫婦が揃って祈願すれば必ず授かる。

霊験あらたかな結びの御霊木です。注)写真省略 参道の写真も人を避けている。

武田信玄公以来、今日まで、和合、生産、繁栄、結びの神として崇められている。

なるほど、こんな山奥の神社に、子宝に恵まれた若夫婦がお礼詣でをしたり、若い

カップルが多かったのは頷ける。※神社夫婦木の由来に筆者記加筆 


山梨の観光は、富士五湖、清里もイイが新緑・紅葉は「昇仙峡」が人気!

久し振りに「昇仙峡」を歩いて観た・・・!

 昇仙峡仙娥滝は人気パワースポット    昇仙峡のシンボル「覚円峰」 

写真左:「仙娥滝」は、富士川水系の荒川上流にあり、地元では御岳川とも云う。

この滝は、地殻変動による断層によって出来た滝で落差は約30mある。

写真右:「覚円峰」は日本一の渓谷美・・・!

昇仙峡の主峰「覚円峰」は、その昔、沢庵禅師の弟子僧侶覚円が、畳が数畳敷ける

広さの頂上で修行したことが、その名の由来です。

「覚円峰」は花崗岩が風化水食をうけてできたもので、急峻で直立約180m。

国の特別名勝にも指定されている御岳昇仙峡は、紅葉の名所として有名だが、春の

新緑も気候的にベター、奥へ足を伸ばして金桜神社の鬱金の桜を愛でるのも良い!


 新緑の美しい昇仙峡「御岳川散策路」  人気ハイクコース「五百羅漢」へ


「昇仙峡」・・・

江戸後期、天明2年(1782年)荒川上流の猪狩村(甲府市猪狩町)の名主

長田森右衛門が下帯那村へ新道開発を立案したが実現しないまま終わった。

その後、天保4年(1833年)同じ猪狩村の百姓代である長田園右衛門と

甥勇右衛門が再び御岳新道の開発を立案、甲府勤番士や甲府城下の商人から

寄付金を募り、工費は園右衛門が立替え、無尽で賄われたと云う。※ウイキペディア

その甲斐あってこの昇仙峡は開かれたが、長田園右衛門自信は私財を投げ打って

完成したと云われるが御岳新道は天保14年(1843年)に完成したと云われ

約10年の歳月を要したことになる。

その御岳新道が後に昇仙峡の散策遊歩道になっているので、長田園右衛門の往時

の労苦を偲びながら渓谷歩きをするとより感慨深いものがある。

筆者も何回か訪れているが、昇仙峡散策路は観光用に開かれたものだと思っていた。

何故なら、嘗て、勝沼ぶどうの起源と発展の歴史をブログ取材した時、東京の問屋

を招待してぶどう園を観てもらった後、昇仙峡へ接待案内することが定番コースで

あったこともあり、その時代に手前の甲府湯村温泉で宿泊でもてなした話もあった。

明治末期、東京・新宿から甲府まで中央線が開通した時代より多いに繁栄したらしい。

しかし、今回具に学んで見ると、昇仙峡も御岳の奥地に住む人達の生活交通路として

開かれたものだと知ると、昇仙峡の石門などもただ驚いてばかりではおられない。

以前、大分の「青の洞門」で聞いた地元の人々の願いと労苦を思い出すばかりである。


昇仙峡散策は・・・、慣れてくると、散策は朝早く渓谷を歩くのが良い!

甲府駅前より山梨交通バス便がお薦めです!

そして昇仙峡滝上下車(900円)、渓谷を歩いて下ると約1時間10分、

天神森のバス停がある長瀞橋へ下れます。軽いウオーキングに適した距離。 


 その場合、昼のグルメは・・・、

天神森の老舗御岳そばの本格派「菅原屋」がお勧めです!

「菅原屋」は、施設・料理(手打ちそば)・サービスも一番安心です。

そば打ち道場もやっています。詳しくは、HPで事前確認して下さい。

注)現在、恐らく旧店舗地は建て替え中か!?

  そば打ち道場の建物で営業中のようです。

筆者は、久し振りに菅原屋のご主人と奥さまにお目にかかって、そばを馳走になってから

バスで甲府駅へ帰ろうと思いましたが、5月5日は午後2時半頃には終了していたので遠慮。

声をかけずに帰りましたが、また近いうちに、美味しいそばを食べに伺えると良いが・・・。

 筆者お薦めの手打ちそば処「菅原屋」     「旧菅原屋」は工事中!? 

 詳しくは昇仙峡菅原屋HP        http://www.terra.dti.ne.jp/~sugahara/

昇仙峡菅原屋-you Tube   https://youtube.com/watch?v=ttsHDE_uv8s


 流石、ゴールデンウイークはバス便も往復超満員、往路約50分復路約40分。

でも前述の通り、昇仙峡はバス便がベターです。何故なら、せっかく昇仙峡を訪ねる

なら、昇仙峡滝上から渓谷を約1時間10分歩いて下る散策路が5月は新緑が美しい!

昇仙峡滝上には、昇仙峡ロープウエイがあり、弥三郎岳に登って大展望をしたり、

影絵の森美術館を楽しんだり、売店やカフェー、そば・ほうとう等の食堂などが並び、

流石に観光客で賑わっている。しかし、滝上辺りだけで帰るのは・・・もったいない!

現代はどこでもマイカーの観光客が多いので、昇仙峡滝上で駐車した後、昇仙峡ロープ

ウエイで往復、売店やせいぜい仙娥滝を観て折り返す人が多く・・・仕方ないのか!?

昇仙峡散策路(約4.2km歩行時間標準1時間5分)を歩く人が少ないのは何故!?

但し、筆者のように欲張って昇仙峡滝上から金桜神社を参拝し、その後昇仙峡を散策

しようなどグルメ計画も含めて散策するには、結構歩くことを覚悟して計画を立てる

必要がある。そのためには、日頃より運動して身体を鍛えておくことも大事だと思える。

注)今回の散策は、いつも登る弥三郎岳の大展望堪能とロープウエイ往復時間は足りなかったので、次回の楽しみに!

また、山梨に移住して以来、散策する時は何時・何処でも昼食できるように「おにぎり」持参が便利だと思っている。

滝上~金桜神社間は2.5km徒歩では約35分かかるが、マイカーでは5分で行ける。

最近は昇仙峡渓谷オムニバスも運行されているので、時間を合わせれば円滑に歩ける。

注)復路はオムニバスで金桜神社前~滝上まで@300円、僅か3分だった。

今度、昇仙峡散策へ行くときは、散策を楽々にするために計画の作り方を工夫したい。

いずれにしても、筆者は、せっかく昇仙峡へ行かれるなら、やはり渓谷沿いの散策路

を歩くことをお薦めしたい。そして五百羅漢コース等大自然の奥深さを体験すると良い。

どうやら、筆者はアウトドア派なので、楽しみ方が、手前勝手になってきたようです。

しかし、今回もし歩かなかったら、江戸時代後期に長田園右衛門たちの苦労によって

開かれた御岳新道が現在楽しませてもらっている昇仙峡の散策路になっているとは・・・

数回昇仙峡へ行ったことがあっても、知らないままであったかも知れない・・・と。


平日は長瀞橋馬車発着点を起点にグリーンライン昇仙峡バス停下まで、

上り一方通行、土日祭日は車両通行止めになるので、マイカーの他・JR甲府駅より

バス・歩行行程を組み合わせて金桜神社と昇仙峡散策の悠々プランを立てるのもお薦め!