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History, Strategy, Ideology, and Nations

朝鮮戦争と情報活動

2010年06月26日 | INTELLIGENCE
 すでにいくつかの記事でも紹介してきたように、
 米国では、朝鮮戦争60周年を記念して、様々なイベントが開かれているようである。
 米国人の間では、ベトナム戦争の記憶があまりにも強烈に残ってしまったため、
 「忘れられた戦争」と呼ばれることもあるが、
 第二次大戦後に起きた国家間の戦争で最大の死傷者数を出したという点において、
 忘れてはならない戦争であることは間違いない。

 先日、韓国から来ている留学生と話す機会があって、
 朝鮮戦争の話題は韓国でも持ちあがっているのかと聞いてみたら、
 案外、そうでもないと言っていた。
 それよりも、ワールド・カップの決勝トーナメント進出に沸いているとのことで、
 これは別にお国柄というよりも、大衆的な関心というのは、その程度のものといったところであろう。
 同じ理由で、日本もまた朝鮮戦争を特別に取り上げて話題にするようなこともない。
 今年は記念の年であるにもかかわらず、
 ワールド・カップのおかげで、どうやら「忘れられた戦争」のまま、通り過ぎてしまいそうな気がする。
 平和が何よりありがたいとはいえ、人の記憶とは何とも残酷なものである。
 
 朝鮮戦争の研究としては、近年、情報関係の文書が新しく公開されるようになったことで、
 従来、印象論で捉えられがちだった二つの予測失敗(北朝鮮の南進、中国介入)に関して、
 かなり掘り下げた検討が可能となってきた。
 興味深いのは、情報基地としての日本の存在である。
 公開された文書には、通信情報活動に関するものも比較的多く含まれているのだが、
 傍受された通信情報は、兵站基地であった日本で解読業務が進められていた。
 だが、朝鮮語の語学スタッフを決定的に欠いており、解読作業は難航を極めたのである。
 米軍は急遽、朝鮮語の分かる日本人スタッフや在日朝鮮人などを雇い入れたが、
 元来、ネイティブではなかったこともあり、事態の抜本的な改善には至らなかったらしい。
 しかも当時、北朝鮮はソ連式の暗号方式を採用していたため、その強度は非常に高かったのである。 

 もちろん、語学力の不足だけでなく、
 根本的な要因として、米国の情報対象として北朝鮮が低く見られていたことや、
 可能性を示唆する分析が東京から送付されたとしても、
 その内容は必ずしも警告を発するものではなく、一つの可能性として示したにすぎなかったことなど、
 詰めの甘さがあったことは否めない。

 だが、情報失敗は、ともすれば最初に結論ありきとなってしまい、
 何でも失敗の要因として解釈されることも少なくない。
 すべての情報対象を平等に同じ関心で注意を傾けることは現実的ではないし、
 極東アジアで最大の脅威だったのはソ連であることを考えた時、
 米国の情報活動が非合理かつデタラメなものであったと言い切ることは難しいだろう。
 
 ただし、朝鮮戦争での予測失敗によって、再び真珠湾の悪夢が蘇ったことにより、
 米国の情報活動全体を見直す動きが出てきたことは必然であった。
 特に情報評価と通信情報は、その槍玉に挙げられ、
 政府全体の情報評価を担当していたCIAは、発足してわずか三年足らずで、
 抜本的な組織改編が断行されることになったし、
 軍の通信情報活動も、情報調整や役割分担が不十分との理由で、
 1952年に国家安全保障局(NSA)として再編されることになった。
 その点で、朝鮮戦争が米国の情報活動に与えた影響は大変、大きかったのである。

 しかしながら、朝鮮戦争時の米国の工作活動については、よく分かっていない部分が多い。
 文書もほとんど公開されていないため、
 研究者は作戦に従事した軍人の回顧録などを読みながら、実態を押さえていくしか方法がない。
 その中で、北朝鮮軍の後背地に工作員を送り込んで、
 共産陣営に関する情報収集を行なった軍人の回顧録が出ているため、参考になるだろう。

 Arthur L. Boyd
 Operation Broken Reed: Truman's Secret North Korean Spy Mission That Averted World War III
 Philadelphia: Carroll & Graf, 2007
  
 書名にもあるように、その作戦のコードネームは「壊れた笛」と呼ばれるものである。
 著者自身も、自分が関与した作戦を客観的に研究したいと考えて、
 公文書館や大統領図書館をはじめとして、色々と問い合わせを行なったそうだが、
 文書が公開されていないという事実に直面して、回顧録を残すという選択を採用したらしい。
 重要な点は、こうした作戦を当時、大統領だったトルーマンが全面的に支持していたということである。
 俗に、工作活動は情報機関の独自判断で進められるといった印象を持たれがちだが、
 実際には、政策決定者の判断に基づいたものであることが、こうしたことからも分かるのである。
 
 いずれにしても、朝鮮戦争の最新研究は、今後も情報分野からアプローチされることになるだろう。
 その動向については注視しておかなければならない。