くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(27)

2016-04-04 23:48:32 | 「夢の彼方に」
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 管制塔ならぬ風博士の誘導で、サトルは飛行船の操縦桿を慎重に操作した。
 日差しが痛いほど眩しい青い空から、徐々に高度を下げ、厚く立ちこめた雲の海に入った。ゴンドラが雲に触れると、白いしぶきが煙のように跳ねあがった。トッピーの飛行船が雲の中に姿を消すと、重い水蒸気の塊が、長い髪の毛のようになって翼にまとわりついた。グニャリグニャリとムチのようにしなる翼は、あとほんのわずかでも力を加えるならば、すぐにでもへし折れてしまいそうだった。
 目の前が白一色の闇に覆われている中、サトルは風博士に励まされながら、しがみつくように操縦桿を握っていた。体格に合わない大きな椅子から、いまにもずり落ちそうな姿勢だった。飛行船の降下に伴い、下から突き上げるような重い雲の動きが、ぐんと早さを増した。厚い雲を上下に断ち切りながら進んでいく翼が、大きくしなるように震えるたび、飛行船の舵が勝手な方向に動こうとした。手首をひねられ、そのまま床に投げ出されそうなほど、強い力が伝わってきた。サトルは、操縦桿に体重をすべてあずけるようにしながら、正しい舵をなんとか維持しようとこらえ続けた。両手でしっかりと操縦桿をつかんだまま、どんなに痛くても、けっして手を離さなかった。
 やっとの思いで厚い雲を抜けると、実際にはまだほんの少ししかたっていない時間が、永遠に思えるほど長く感じられた。舵が嘘のように軽くなり、飛行船もグングン速度を増していくようだった。四方を覆っていた厚い雲にかわり、眼下には、濃い緑に溢れた山々が連なっていた。前方には、周りの山々に比べ、ひときわ大きな奇岩の山脈が聳え立っていた。うっすらと、かすむような雲を山頂にまとわりつかせていた。まるで、大地を二つに分断する壁のようだった。
 切り立った山脈を越えると、そこには色鮮やかな緑の草原が広がっていた。丈の短い草の上を、風が波紋を描くように繰り返し薙いでいった。さわさわと、手を振るように揺れる草を残し、風は次々と、どこへともなく吹き過ぎて行った。
 草原の上を低く飛んでいると、上空の冷たい空気とは違い、暖かな風が、飛行船をふんわりと、柔らかく包みこむように吹いているのがわかった。甘く薫る草のにおいが、風に乗って、ゴンドラの中にもほのかに漂ってきた。
『――もう少しだ。まだ小さいが、君達の乗った飛行船を確認した。ご馳走をたんと作って待っているから、操縦桿をしっかりとつかんで、そのまま正しい舵をとり続けなさい』
 サトルは小さくうなずくと、飛行船の左右に目をやりながら、見えない風を捉えるように舵をとった。
「見つけた! サトル、あの家じゃないか」と、トッピーがうれしそうに言った。
「えっ、どこ……」と、サトルは首を伸ばして、窓の外にキョロキョロと目を走らせた。
 ゆったりと弧を描く緑の地平線を背にして、三角形の屋根をした一軒の家が、小高い丘の上にぽつりと建っているのが見えた。
「見ろ、誰かこっちに手を振ってるぞ――」トッピーが言うと、サトルも家の二階から、こちらに手を振っている人がいるのを見つけた。サトルは飛行船の舵を切ると、丘の上に建つ家に向かって、草原の上を低く、滑るように飛んで行った。

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