暘州通信

日本の山車

20033 親魏倭王と大宰府

2008年09月13日 | 日本の山車
20033 親魏倭王と大宰府
「親魏倭王」の金印を魏王から受けたとされる邪馬台国の卑弥呼が使いを送ったのは
朝鮮半島に魏が設置した「楽浪」だったという。当時朝鮮半島は中国の魏の支配下にあった。魏志倭人伝(魏書・東夷伝)に記述のある邪馬台国へいたる旅程に記述がある帯方郡もおなじである。
では、魏からの使節を迎えた倭国の施設はどこにあったか。
それはおそらく大宰の府である「大宰府」だっただろう。
では古代の「大宰府」が、いまある「大宰府」だったかといえば疑問が生じる。
太宰府は菅原道真の左遷でよく知られ、有名な太宰府天満宮がある、西には戒壇のある古刹観音寺があり、さらにその東に都府楼址(とふろうし)がある。だが、都府楼址の礎石は意外に質素である。
これまで太宰府の発掘調査で明らかになっているのは、遺物が九世紀以後のものとみられていることで、時間の推移におおきな時差がある。
私見だが、現在の太宰府はいずこから移ったのではないだろうか。「大宰府」はもっと海よりであったと想定すると、香椎宮、筥崎八幡宮の旧地などが浮かび上がってくる。もっとも何の根拠もないのだが。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 21148 古代の大和 | トップ | 28874 天皇の先祖 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL