暘州通信

日本の山車

◆益田繩手 二

2018年01月14日 | 日本山車論
◆益田繩手 二

 これは仮説である。

 いまは高山市になったが、旧高根村の、【阿多野郷・あだのごう】は、鹿児島県にもある、【他田・あだ】とおなじで、【ハタ、ワダ、パダ】であり、「秦、羽田、畑、和田、海(ぱだ)」はみな同義だろうと推察する。
 阿多野郷には、日和田村、小日和田村また、猪之鼻村は委奴からの転訛が推察される。
 この地域を流れる川が【益田川】だったが、小坂町、萩原町、下呂町、を経由して、金山町で、馬瀬川と合流して【飛騨川】となりさらに下流で木曽川と合流している。小坂町、萩原町、下呂町、金山町は、今はすべて下呂市となり、益田川も飛騨川と改称された。
 しかし、旧河川名は、いまも健在で、益田川漁業協同組合などのように使われている。
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