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100のエッセイ・第9期・26 ワレナベにトジブタ

2013-05-13 16:29:30 | 100のエッセイ・第9期

26 ワレナベにトジブタ

2013.5.13

 



 我が家は、百人一首などというものとは縁がなかったが、「いろはかるた」はよくやった。「犬も歩けば棒にあたる」とか「論より証拠」とか、分かったような分からないような文句を幼い頃から聞いて育ったわけだが、このごろよく口をついて出るのが「ワレナベにトジブタ」というヤツである。


 これは、取り札にどんな絵が描いてあったのか覚えていないが、とにかく何のことかよく分からなかった。ナベにはフタがある、というぐらいの意味しか分からなかった。ナベにフタがあるからって、それが何なんだなんて、子ども心におもったかどうか知らないが、それがだんだん大人になってくると、男女のことらしいぐらいの線まではきた。それで、折りに触れて、さまざまなカップルを見て、これでよく結婚できたなあなんて思うヒトが、まことに失礼ながらいて、ふと相手の方を見ると、あ、なるほどね、なんてこれもまことに失礼ながら納得するということが多々あって、そういう時に「ワレナベにトジブタかあ。よく言ったもんだ。」なんて変に感心したりしてきたわけである。
 

 先日も、家内と港の方へ気晴らしに行ったおりに、いかにもそういう感慨をもよおされる若いのだか、若くないのだかよく分からないカップルがいて、家内と思わず顔を見合わせた瞬間、まるで呪文のようにぼくの口から「ワレナベニトジブタ」という音が発せられた。僕ら夫婦だって十分に「ワレナベニトジブタ」なのに、まったく失礼な話である。
 

 しかし、失礼なのは、そのことわざの方である。しかも「いろはかるた」にまでして、全国民に浸透させてきた「かるた会社」もまったく失礼千万である。しかしまた考えようによっては、こうした失礼なことをことわざにまでしてしまうというのも、江戸時代の庶民のリアルでかつユーモラスな人間認識の表れとも思えるわけで、こういうところから落語の世界が無限に広がっていったとも言えるのかもしれない。落語の世界は、辛辣で、差別感に満ちていて、それでいて、みんなが結構しあわせに生きているといった世界でもある。現代のように、あるいはひょっとしたら江戸時代の武家のように、うわべだけ装って中身はぐちゃぐちゃという世界ではない。
 

 我が子を見て、こんなブスで嫁のもらい手があるかしらん、と嘆いていたら、なんと物好きなヤツがいて、娘さんをくださいなんていいやがる、なんていって、鼻の先を腕でこすりあげる職人なんかの姿が目に浮かぶ。その陰で、意地悪なオバサン連が、「まあ、タデ食う虫も好き好きってことさねえ。」「ワレナベニトジブタさあ。」なんて悪態ついていたのかもしれない。
 

 それはそうと、このことわざを辞書ではどう説明しているのだろうと思っていろいろ当たってみたが、みんな「どんな人にもそれに相応した配偶者があるということ。」としか書いていない。この「どんな人」のところが「逃げてる」ところだ。何しろ「割れ鍋(破れ鍋)」なんだから、決してセレブじゃない。でも、「どんなにブスでも」とか「どんなにバカでも」なんてとても書けないから逃げてるわけである。逃げても真実を表現するのが比喩というものだ。詳しい辞書、たとえば広辞苑には「破鍋にもそれに相当した綴蓋があるように、どんな人にもそれ相応の配偶者がある。また、配偶者は自分相応のものがよいというたとえ。」とある。
 

 ところで、今回辞書を調べていて、初めて知ったことがある。それは広辞苑にも書いてある「綴蓋(とじぶた)」という言葉だ。これは「閉じ蓋」ではないのだ。「綴蓋」というのは、壊れているのを補修した蓋のことで、決して「閉じるための蓋」ではない。昔から、分かったようで何となくよく分からなかったのは、ぼくはずっと「閉じ蓋」だと思っていたからだったのだ。「破れ鍋」はすぐに分かる。それなのに、「閉じる」ために決まっている「蓋」では何か意味がしっくりこない。「破れ鍋に蓋」ではゴロが悪いから、当たり前だけど「閉じ蓋」と言っているんだろうぐらいにしか思っていなかった。これでようやく納得である。
 

 しかしまあ、使わないほうがいいことわざではあろう。使うなら、我々はみんな「破れ鍋」であり、「綴じ蓋」である、という人間認識をまずしっかりもってからにすべきであろう。

 




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