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一日一書 1044 雨の日・八木重吉

2016-12-06 17:01:30 | 一日一書

 

八木重吉

 

雨の日(初稿)

 

 

町田市民文学館で開催中の「八木重吉展」に行ってきました。

自筆原稿もたくさん展示されていました。

写真ではよく見てきた字ですが

実物はまた感慨深いものがありました。

 

カタログの写真をみながら「臨書」してみました。

 

まねても、結局、自分の字になってしまいます。

 

これが、実物の写真です。

 

 

 

 


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木洩れ日抄 10 「モノドラマ」の魅力──文学と演劇の間に

2016-12-05 17:09:30 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 10 「モノドラマ」の魅力──文学と演劇の間に

2016.12.5


 

 劇団キンダースペースのモノドラマを最初に見たのはいつだったのだろう。キンダースペースの公演記録によれば、最初に「モノドラマ」が出てくるのが2004年のことだから、最初から見たとして(見ていない可能性も高いが)10年以上も前のことになる。キンダーは、12年の長きにわたって、このキンダーだけのオリジナルな演劇の形式「モノドラマ」を上演し続けてきたことになる。なぜ、それほどまでにキンダーは「モノドラマ」にこだわり続けてきたのか、主宰の原田さんに直接に質問したことはないが、今回の「モノドラマ」を見ながら、自分なりに何となく分かったような気がしている。

 原田一樹は、今回の公演チラシに、「戯曲が『戯(たわむ)れ曲(くせ)を尽くすこと』だとすれば、モノドラマとは言うまでもなく、戯曲に頼ること無しに文学と戯れる演劇である。」と記している。今回の「モノドラマ」のテーマが「BURAIHA(無頼派)という生き方」だったので、「戯曲に頼ること無しに」としたのだろうが、ぼくは、初めて「モノドラマ」の定義を原田さんから聞いた気がした。そうか、そういうことか、とぼくなりに納得するところがあった。以下は、ぼくなりの勝手な解釈である。

 「戯曲に頼る演劇」とは、それではなにか。言うまでもなく、普通の演劇はみな「戯曲」があって、それを演ずる。つまり戯曲に「頼っている」わけである。戯曲には、すべての語られるべき「セリフ」が書かれており、演じられるべき行為までもが書かれていることもある。演出家は、それらのセリフとト書きに対して、もちろん「頼り切る」のではなく、自らの解釈を投入してひとつの芝居を作り上げていく。演者は、自分に与えられたセリフを、演出家の要求や自らの工夫の中で咀嚼し、舞台にのせていく。演者は、自らの役になりきればよい。もちろんそれは容易なことではないが、役を演じるだけでいいというのは、「モノドラマ」に比べれば「楽」である。

 「モノドラマ」は、見たことのない人にはイメージしにくいだろうが、ある小説を、一人で演じる。「戯曲化した小説」ではなくて、小説をじかに演じるのだ。当然複数の登場人物が出てくることが多いわけだから、それを演じ分けなければならない。しかも、「地の文」も語るのだ。いわゆる「一人芝居」というものとはその辺が違うのではなかろうか。ぼくは、「一人芝居」をあまり多く見たことがないので、はっきりしたことは言えないが、「一人芝居」は、多くの場合、一人称の、一人語りではなかろうか。

 「モノドラマ」は、「一人芝居」より、むしろ落語に近いと言えばいいだろうか。ただし、落語は、原則座布団の上に座ったまま演じるものだから、そこが違う。(もっとも、古くは落語にも簡単な舞台装置で芝居の一部を語り演ずる形式があったわけだが、今はほとんど演じられない。)

 形式の面からいえば、「一人芝居」でもなく「落語」でもなく「朗読」でもない。やはり独自な形式を持つのが「モノドラマ」なのだ。

 それは、最初に見たときから分かっていたことだ。問題は、なぜ「モノドラマ」か、ということだ。落語や、朗読ではなく、なぜ「モノドラマ」でなければならないのかということだ。それはいつも頭の片隅に、何か解決のつかない疑問としてわだかまってきたように思うのだ。その疑問が、今回、氷解した、とまでは言わないが、原田さんの言葉で、何となく分かったということなのだ。

 「一人芝居」の場合は、きちんとした戯曲を持つだろう。「一人芝居」としての「戯曲」を劇作家は書く。それに従って演者は演じる。必ずしも一人称の一人語りでなくてもよい。

 朗読は、作品を読むわけだから、やはり「戯曲」がある芝居と基本的には同じだ。朗読者は、「与えられた言葉」を、いかにして舞台のうえに表現するかを考えればいいのだ。

 「モノドラマ」の本質は、一人で何役も演じるとか、地の文も語るとかいうところには実はない。そうではなくて、演者が、「文学」の本質と直接に向き合い、文学の中から演劇的なものを引きずり出し、自分の力で、文学を演劇化する行為であるということだ。そこでは、演者は、「戯曲」に頼れない。演出家にも頼れない。もちろん演出家はいろいろと口を出すだろう。しかし、それがすべてではない。演者は、自分で文学の中に飛び込んで、何かをつかんでこなければならない。そしてそれを自分で舞台の上に表現し尽くさなければならない。考えてみれば途方もないことだ。

 「文学の中から演劇的なものを引きずり出す」と書いたが、それなら「演劇的なもの」とは何か。それを考えていったらきりがないが、それは必ずしも対立や葛藤が生み出す派手な「ドラマ」を意味しないだろう。さしあたり、舞台と観客の間に、緊張や共感を呼ぶもの、とでもいうしかない。

 ぼくらは、太宰治や、織田作之助や、坂口安吾やの小説を一人で読んで、十分に感動し、笑うことができる。けれども、小説を読むことと、芝居を見ることとの決定的な違いは、「共感の場」があるかどうかということだ。小説を読むという行為は、原則的には限りなく孤独な行為であって、同時に同じ小説を読むという「場」はない。「モノドラマ」は、観客を前に演じられる芝居である以上、そこにはかならず「共感の場」がある。

 その観客を前に、一人の演者が文学を芝居にしてみせる。しかも、朗読とは違って、演者には「自由」がある。動いてもいい。衣装を変えてもいい。二人のセリフを同じ方向を向いてあまり違わない声で言ってもいい。「おまえさん!」と役になりきって言った直後に、そのままの姿勢で、「と彼女は声を殺して言った。」と説明してもいい。この自由さは、演者を苦しめることだろう。だが同時に、演者を、文学と一体化した陶酔に誘い、その陶酔は観客にも伝わるだろう。

 「モノドラマ」が、「文学との戯れ」だとしたら、どのように戯れたっていいのだ。その戯れ方が、おもしろいのだから。演者は、自信をもって、戯れ尽くせばいいのだ。その「戯れ」の真剣さが、観客の共感を呼ぶだろう。

 常に舞台に生成され続けていくスリリングな演劇。「文学」と「演劇」の間に、奇跡のように生まれる「文学空間」。それが「モノドラマ」なのだ。

 完成された「モノドラマ」というものは、ほんとうはない。「モノドラマ」は「完成」など目指さない。文学の本質を、求めつづけ、戯れつづける。そんなものに「完成」などあっていいわけはないのだ。

 そうはいっても、今回の公演では、「完成度が高い」と表現するしかない芝居もあった。森下高志の演じた「トカトントン」(太宰治)、瀬田ひろ美の演じた「雪の夜」(織田作之助)の2作だ。

 『トカトントン』は、森下の自信あふれる演技によって、これ以上ないと思われる「モノドラマ」の「完成形」を予感させた。音楽も秀逸で、「トカトントン」のメロディーは、これ以外にもう頭に浮かばないだろう。

 『雪の夜』は、瀬田ひろ美の圧倒的な表現力によって、「モノドラマ」のもう一つの「完成形」を垣間見せた。まるで映画を見るかのように鮮やかに舞台に浮かび上がる街の情景と人間の心の風景は、いつまでも見ていたいと切実に思わせる魅力で観客の胸にせまった。こんごなんどでも、キンダーのレパートリーとして演じ続けてほしいと願う。

 榊原奈緒子の『道なき道』(織田作之助)は、天才と呼ばれるものがいかに背後に血の滲むような努力によって支えられているかを訴える父親の姿がこころにしみた。榊原の澄んだ声は、いつ聞いても耳に快い。

 小林もと果の『紫大納言』(坂口安吾)は、最近とみに深みを増してきた小林の声と演技が、あっという間に観客を王朝の世界へと連れ去っていく。小林のつくる舞台の空気は実に独特なものがあり、いつも心ひかれて見入ってしまう。

 『女賊』(太宰治)は、入団1年目の淡路絵美が、お姫様から女賊へと変身していく人間のおもしろさを、あっけらかんとした明るさで描いてみせた。深みには欠けるが、なんともいえないポップでユーモラスな感覚が魅力だった。

 『行雲流水』(坂口安吾)は、これも入団1年目の林修司が、坂口安吾の戯作魂を軽快に演じてみせた。荒削りだが、落語のような楽しさがまた魅力だった。演技なのか「地」なのか分からない「微笑」に妙に惹きつけられた。

 「モノドラマ」を見るたびに、演劇とともに文学のはかりしれない面白さに気づかされる。今では、あまり読まれることもない近代文学に、こうして光を当て続けてくれる劇団は、他にはない。若手の劇団員も次々と入り、ますます充実していくキンダースペースからは今後も目が離せない。










 

 

 

 

 


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木洩れ日抄 9 「右手」はどこに?──絵を描くこと、あるいは『この世界の片隅に』をめぐって

2016-12-03 11:10:22 | 木洩れ日抄

木洩れ日抄 9 「右手」はどこに?──絵を描くこと、あるいは『この世界の片隅に』をめぐって

2016.12.3


 

 写真と絵はどこが違うのだろうと、ずっと考えてきたように思う。それというのも、高校時代から断続的に絵を描いてきて、今に至るのだが、特に水彩画で風景を描くようになってから、現場でスケッチすることと、撮ってきた写真を見て絵にすることとの間で悩んできたからである。

 ぼくは本格的に絵を習ったことはなかったから、水彩画に関しては、ずいぶん技法書を買い込み、そこから学んできた。そのほとんどの本で、現場で描くことの大切さが説かれていたが、実践はなかなか難しかった。教師という仕事は昔はけっこう暇で、夏休みなどもほとんど一ヶ月はあったのだから、スケッチ旅行なんてその気になればいくらでも行けたはずなのに、とうとう一度も行かなかった。金がなかったせいもあって、自主的な旅行ということをあまりせず、旅行といえば、修学旅行の引率か、学校の先生たちとの研修旅行のようなものばかりだった。そういう旅行では、のんきに一カ所にとどまってスケッチしていることなどもちろんできないから、写真を撮っては、家に帰ってそこから絵を描いてきたわけである。

 それでも、修学旅行の引率やら合宿の引率では、案外自由な時間があったりしたので、そういうときは、小さなスケッチブックで描いたこともある。それはすごく楽しい時間だった。

 中高年になって水彩画なり油絵を習うようになると、すぐに外国へスケッチ旅行なんかに出かけて、帰ってきてグループ展を開くなどということがよくあるが、ぼくには、無縁の世界だったわけだ。

 現場で描くということの大切さ、楽しさを知ってはいたが、そんなわけで、「写真をみて描いて何が悪い」とばかり居直ったあげく、ほとんど現場でスケッチすらしなくなって久しい。けれども、近ごろ、昔自分が描いた絵を整理しながらつらつら見ると、やっぱりちょっとしたスケッチでも、現場で描いたものは生き生きとした息づかいが感じられて、いいなあと思うようになった。

 写真というのは、現場を、瞬間的に切り取る。「あ、いい!」と思ったシーンを撮る。しかし撮るときには、細部まで見えていない。できあがった写真を見て、そこに何が写っているかを(あるいは何を写そうとしたかを)発見する。細部が見えてくる。そういうものだ。もちろん熟達してくれば、発見したものだけを写すこともできるだろうが、旅行中の風景スナップなどではそういうことはなかなか難しい。

 現場で絵を描くとき、細部を見て描く。細部を発見して描く。見えているものを描く。たいてい時間切れになるから(セザンヌみたいに同じところに通いつづければ別だが)、残りは省略してしまう。

 写真を見て描くということは、写っているものを、発見しながら描く。けれども、時間がたっぷりあるから、隅々まで描いてしまう。どこかを省略するかについては、かなり「意図的」になる。

 なにもここで写真と絵の比較論をするつもりはない。「絵を描く」ということは、どういう行為なのかについて考えているのだ。それというのも、昨日、映画『この世界の片隅に』を見たからだ。その映画に対する柴那典君の批評を読んだからだ。

 映画の主人公「すず」は、絵を描くことが好きなのだが、空襲でその絵を描く右手を失ってしまう。映画はその右手を失った後の「すず」のことを描くのではなく、失う「前」を中心に描く。

 映画のすべてのシーンは、もちろん「すず」の描いた絵ではないが、アニメーション映画なので、すべては「絵」である。その絵のうえに、「すず」の絵が重なっていく。柴君もいうとおり、「すず」が描くことで、「風景に命が吹き込まれる」。さらに柴君はいう。


絵を描くこと、鉛筆や絵筆で目の前の光景を書き留めること、幻想に思いを馳せること、想像力を働かせること、物語を紡ぐこと――。それらの行為が持つ魔法のような力、その渇望、そしてそれが持つ“業”のようなものにまで踏み込んでいく。


 音楽批評を専門とする柴君(君づけでなれなれしく呼んでるのは、彼が、栄光学園時代の教え子で、しかも演劇部員だったからだ。許されよ。)の感性は映画に対してもするどくて、ことの本質を見事にとらえている。

 絵を描くことは、単に現実を「写す」のではない。現実を「変える」ことでもあるのだ。現場でスケッチするとき、目の前の風景の中に何かを発見して、描くと先に述べたが、それは、とりもなおさず現実を自分の目によって、あるいは手によって「変える」ことなのだ。

 そうした絵を描くという行為の意味を考えつつ、もう一つの絵、つまり、「この映画全体の絵」について考える。「すず」が目にする呉や広島の街並みは、「やがて失われることが分かっている」風景である。それをぼくらは、痛いほど分かっていて、その「描かれた風景」を見つめることになる。

 これが大がかりなセットを使った実写映画だったら、同じように「やがて失われる風景」として見るだろうが、そのセットを作っている「作者」への思いはおそらく頭に浮かばないだろう。しかし、絵は、それを「描いている」作者を思い浮かばせる。

 このアニメーション映画を作った人たち、画家たちが、何を思いこの「絵」を描いたのかが、痛切にしのばれる。それは、かけがえのない風景をもう一度蘇らせたいという意志だろう。その「絵」の中で、「すず」が更に絵を描く。その辺の事情は、柴君が的確にこんなふうに言っている。(是非全文を読んでください。)


『この世界の片隅に』がとても丁寧に当時の人々の暮らしや日常を「描いて」いるのも、すずさんがスイカや干物や街の風景を作中で「描いて」いるのも、一つのメタ的な相似形なのだと思う。描くことで、手の届かないもの、失われてしまったものを近くに引き寄せることができる。それは「物語」の持つ、とても大きな力だ。


 この映画を見る直前に、通っている水墨画教室で、先生がこう言った。「画家は観察しなくちゃ。風景は、いつみても同じじゃないよ。写真は、その一瞬だけを切り取ったものでしょ。それを描いてもダメ。変わっていく風景を、見て、それを描いていくんだ。」

 呉の街も、広島の街も、激しく「変わっていった」。そのことに気づかずに、「すず」は「原爆ドーム」を無心に描く。そして、「変わり果てた原爆ドーム」を「すず」は描かない。いや描けない。右手を失ってしまったからだ。

 それなら「右手」はどこにあるのだろう。柴君のいうように、それは「彼岸」にあるのかもしれない。あるいはまた、映画そのものが「右手」なのかもしれない。繰り返し描かれる呉や広島の「失われる前」の懐かしい風景。その「絵」を描いた「右手」がある。

 ぼくはときどき思うのだ。東京の風景を見ながら、横浜の風景を見ながら。この風景はいつかきっと「失われる」と。さまざまな災害現場の映像をいやというほど見てきた。そこから生まれる想像力がどうしても、東京の、横浜の、いや、日本の風景の「永続性」を感じさせないように働いてしまう。その度にもの悲しい気分に落ち込みそうになるのだが、しかしまた、この映画を見たことでこうも思うようになった。この風景を「描く」ことで、いや、むしろ「描く」ことなど必要ない、これが変わりゆく風景なのだと意識することで、そしてその細部をよく見ることで、風景を心の中に「永遠なるもの」として取り込んでいくことができるのではなかろうかと。




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一日一書 1043 凍えたる魚・室生犀星

2016-12-01 16:23:37 | 一日一書

 

室生犀星

 

「凍えたる魚」全文

 

半紙

 

 

詩集「青き魚を釣る人」所収の詩。

全文は以下の通り。

 

 

   凍(こご)えたる魚(うお)

 

魚はたえなく水の深きにあり。

その青き泳ぎもみじめに

落葉のかげにひそみつつ

凍(こほ)れるごとく魚はうごかず。

水は硝子(がらす)のごとく澄みてはながれ

冬の日のかげさし入れど

わがこころ、むなしくたたずみ

かすかなる魚をうかがふ。

 

 

 

詩の意味するところは曖昧ですが

イメージは、冷たく、透明です。

北陸の冬が、肌に感じられます。

 

 


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一日一書 1042 竹・萩原朔太郎

2016-11-30 17:19:00 | 一日一書

 

萩原朔太郎

 

竹(全文)

 

半紙

 

 

 

 

 

 


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