悪しき天才“池田大作”巨大な俗物

そこまで“あさましくて”いいんかい!!

創価を斬る・41年目の検証-74

2017-03-20 09:07:07 | Weblog

藤原弘達・創価学会を斬る 41年目の検証 言論出版の自由を守る会編
                 (日新報道 2012/2)
    ------(357)---(以下本文)-------

② 口汚いジャーナリスト攻撃をやめない創価学会の「正義」
◆ 機関紙誌で誹謗中傷
「なんでこんな口汚い表現をする連中が、宗教団体を名乗れるのだろうか」
 聖教新聞や創価学会関連メディアを読むと、この団体が他者への思いやりや人権の尊重とは無縁な存在であることが一目でわかるだろう。
 口を開けば、創価学会が気に入らない入間を徹底して罵倒し、尊厳をもって迎えるべき人間の生や死さえ嘲笑うその姿勢は、宗教が本来もたらす心の安らぎや、あるいは宗教が目指すべき人間愛が、この団体とは全く無開係なものであることを示している。
 言論出版妨害事件の折、『創価学会を斬る』の著者・藤原弘達を徹底的に罵り、貶め、そして脅迫や嫌がらせを続けたこの団体の性質は、その後、45年を経ても、なんら変わっていないことがわかる。
 例えば、『第三文明」の平成16年7月号を見てみよう。
 ここには、グラビアぺージに、
〈パーティーで同席したガセネタ屋2人組・乙骨正生と山田直樹〉
 という写真つきの2ぺージの記事がある。
 ガセネタ屋という下品でお粗末な蔑称が日本最大の宗教団体の関連公刊物に堂々と掲載されていることに驚く向きは少なくあるまい。
 しかし、その創価学会と言えば、気に入らない記事を片っ端から名誉毀損で訴え、マスコミに常軌を逸した訴訟攻撃を展開することで広く知られている。
 自らは、些細な記事にも名誉毀損を乱発し、しかし、他者に対しては、「ガセネタ屋」などという、まともな感覚の人間なら眉を顰める表現や蔑称を用いることは、この団体の特異な性格を余すところなく表していると言える。
 創価学会に批判的なジャーナリストとして知られ、「フォーラム21」の発行人である乙骨正生と、同誌の常連執筆者の山田直樹の二人が、創価学会のターゲットであることは当然である。
 記事自体は、創価学会のマスコミ支配の実態や、その異常な訴訟攻擎の有り様、そして池田大作名誉会長の知られざる経歴等を全8回にわたって週刊新潮に「新創価学会を斬る」として連載した山田直樹が、平成15年度の雑誌ジャーナリズム賞を受賞し、その受賞パーティの席上での山田と乙骨のツーショットを隠し取りして、〈ガセネタ屋2人組〉として報じたものである。
  かって創価中学、創価大学に在学し、自らも創価学会員であったことから,その論評が常に創価学会の急所を突く乙骨と、週刊新潮での連載を単行本にまとめた『創価学会とは何か』が今やベストセラーとなっている山田直樹が、彼らの盗撮の対象になるのは不思議でも何でもない。

◆ 週刊新潮デスクへの個人攻撃
 しかし、この記事が面白いのは、その矛先が、新潮社の週刊新潮編集部副部長・門脇護への口汚い罵倒へと続いている点だ。
 門脇副部長に対しては、創価学会がこの10年近く、憎悪の対象として、関連メディアを駆使してあらゆる攻撃を仕掛けてきたので、学会をウォッチしている人間には、いまさら珍しくもあるまい。
 学会が憎悪剥き出しで、門脇を攻撃するのは、彼が、かの「池田レイプ事件」をスクーブしたことによる。
 96年度の雑誌ジャーナリズム賞を受賞したこの記事は、池田の異常な人間性が余すところなく描かれた画期的なものだった。
 そして、週刊新潮は、その後、池田レイプ事件に対して、実に25本もの関連記事を掲載し、両者の闘いは熾烈さを増していく。
  しかし、あらゆるマスコミに名誉毀損訴訟を起こし、法廷での決着をはかる創価学会が、この30本近く続いた週刊新潮の池田レイプ記事に対して、ついに一本の訴訟を提起することなく、引き下がるのである。
  池田レイプ事件は、被害者の信平信子さんと夫の信平醇浩さんが、池田を相手どって損害賠償訴訟を提起している。
 五年近くも続いたその損害賠償訴訟は、創価学会が大弁護団を結成するなど、総力を挙げた攻勢によって裁判所が迷走に次ぐ迷走を余儀なくされる。最初の裁判官は信平側によって忌避され、次に現われた裁判官は、いつも創価学会の大弁護団の方に顔を向け、その主張に従い、ついに信子さんを法廷で一度も証言台に立たせないまま「時効」を宣言するという世にも奇妙な訴訟指揮の末、決着を図るのである(夫・淳浩さんの訴えもその後、退けられている)。実質的な事実審理を回避したその裁判は、裁判所の役割を放棄し見事な事例として、今後も語り続けられるに違いない。
 しかし、それでも創価学会は、週刊新潮の一連の当該記事を訴えることもしなかった。
 代わっておこなったのが、この門脇デスクへの憎悪に満ちた攻撃だったのだ。
 新潮社の編集者がいう。
「門脇デスクは、その後も神戸の酒鬼薔薇事件の被害者手記を発掘してベストセラー『淳』(新潮文車)を生み出し、社内表彰を受けている。また、司法のタブーに挑戦した裁判官がおかしい!シリーズを企面・執筆して平成14年度の雑誌ジャーナリズム賞にも輝いている。文字通り、週刊新潮のエースです」
 しかし、興味深いのは、門脇が、乙骨と違い、創価学会の専門記者でも何でもない点だ。
 ライパル出版社の編集者によれば、
「彼は30歳になるかならないかの年齢で週刊新潮のデスクに抜擢され、以後、多くのスクープを手掛けてきた業界でも有名なデスクです。今でも現場に出張ってくるし、特に、手記を獲得する時の強さは有名。信平さんに限らず、自ら乗り込んで当事者を説得するなど、とにかくタフな記者と聞いています。社内では、事件モノに特に強いデスクと認識されているようです」
       ---------(361P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-73

2017-03-19 09:45:53 | Weblog

藤原弘達・創価学会を斬る 41年目の検証 言論出版の自由を守る会編
                 (日新報道 2012/2)
    ------(352)---(以下本文)-------

公明党が言いだして推進
 これは永田町の常識であるが、創価学会はもとより、公明党の人事、さらには最高戦略意思決定権を握っているのは、池田大作である。とりわけ、衆議院の解散や重要法案の審議といったことは,池田の決裁、承認を必ず受けなければならない。
 今回、個人情報保護法制定への動きが、突如として浮上してきたのは、公明党、すなわち池田大作の寝返りによって成立した、99年の自・自・公以降のことである。
 そして、この法律の制定を言いだし、終始、主導権を握つてきたのが、公明党だった。それゆえ、そもそもこの個人情報保護法案とは、公明党というより、「池田大作マター」の話だったのである。
 そこで、この個人情報保護法案が出てくるまでの動きを説明すると、99年4月の統一地方選が終わるまで、公明党・創価学会は外部のフレンド票獲得のため「反戦平和」のポーズを見せなければならなかったことで、野党に軸足を置くフリをしていた。が、選挙が終わり、地方議会での組織固めが終わると、一転して与党に擦り寄り、一連の重要法案の賛成に回ることになる。
 その手始めとして、99年5月24日に新ガイドライン関連法が参院本会議で、自・自・公の圧倒的多数によって成立。で、法案審議は残る盗聴・電子メール覗き見法(=通信傍受法)、官僚によるオンライン個人情報使い回し法(=改正住民基本台帳法)に入っていくわけだが、このとき公明党は、改正住基法の成立条件として、「3年以内に、官民を含めた包括的な個人情報保護法を作れ」と強硬に求めたのである。
 こうした公明党の要求を丸飲みさせる形で、当時の小渕首相からは、99年6月10日の衆院地方行政委で、「住民基本台帳ネットワークシステムの実施にあたっては、民間部門を対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムを整えることが前提である」との答弁まで引き出させた。ここから、住基ネットの稼働条件である「個人情報保護法」の制定への動きは一挙に加速していくのである。

言論出版妨害法にねじ曲げられた
  じつは、改正住基法の賛成条件として、「民間部門をも対象にした個人情報保護法を作れ」という主張を、突然、公明党政審会長(当時)だった坂口力が初めて会見で明らかにするのは、99年5月25日のことである。
 ところが、なかなか興味深いことに、そのわずか3日前の5月22日付け京都新聞朝刊の記事によって、京都府宇治市のほぼ全人口分に匹敵する約21万人分の同市の住民基本台帳(住民票)が外部に流出し、民間のインターネットで販売されていた事実が発覚している。
「住民票流出」という深刻なプライバシー侵害に、世論も非常に敏感になっており、全国紙もただちに後追いした。5月24日の自治省事務次官の定例会見の場でも取り上げられ、自治省サイドは「(住基ネットの)システムは完全に元の台帳データから切り離し、ネットワークの中から情報は漏れない」と述べるなど、何としてでも改正住基法案を成立させたい政府・与党としては、弁明におおわらわだった。
 こうした動きに公明党はすかさず乗っかる形で、「プライバシー保護の観点から、個人情報保護法を作らなければ、われわれは住基法の改正には反対する」と切り込んでいったのである。
 そして、何とも狡猾であるが、公明党が規制の対象にせよと主張していた「民間部門」に新聞社、放送局、出版社」を入れ.さらに保護すべき「個人」の中に、統治権力の座にいる「公人」も含めることで、「マスコミ報道によるプライバシー侵害から、池田大作に象徴される権力者を守れ」という、言論出版妨害法にねじ曲げられていくのである。
 事実、99年6月10日の小渕の国会答弁を受け、さっそく、同月23日に自自公3党によるプロジェクトチームの初会合が、マスコミを完全にシャットアウトした非公開の形で開かれているが、その場で公明党の議員からは池田の名前こそ出してはいないものの、はっきりと「報道被害によるプライバシー侵害を何とかしろ」と主張している。つまり、当初からこの法案は「言論出版妨害」を強く志向していたのである。
 当時の事情をよく知る大手紙のベテラン記者は次のように内情を明かす。
「公明党の議員は、旧新進党時代の池田大作証人喚問に、国会内でピケを張って、絶対反対を訴えたように、池田を守ることを常に義務づけられているわけでしょ。とはいえ、明治時代の讒謗律や新聞紙条例のように、ストレートに言論を取り締まる法律はなかなかできない(笑)。だから、こうやつて住基ネットの成立にかこつけ、何とか搦手から週刊誌を縛ろうとしたんだよね」
 また、現役の自民党国会議員は、今度の法案が「公明党主導」であるとしたうえで、こう指摘している。
「自民党の中で、人権尊重だ、個人情報保護法制定だなんて声高に言ってる連中を見てみなさい。
 みんな、創価学会から票をもらっとる連中じやないですか。彼ら(=公明党・創価学会)の言う『人権尊重』や『個人情報保護」とは、要するに『池田大作の人権、そして個人情報を守る』ということでしょ」

池田大作保護法化させないために
 創価学会・公明党は、69年から70年にかけて藤原弘達、内藤国夫の著作に対して「言論出版妨害事件」を引き起こし、さらに76年に池田の女性問題を書いた『月刊ペン』の隈部大蔵編集長を、警視庁に根回しして逮捕に持っていかせているなど、もともと批判意見を封じ込め、抹殺しょうとするフアッシヨな体質を持っていた。
 しかし、それは、池田大作自身が「今、世の中は個人主義、自由主義になっているが、本当は全体主義が一番理想の形態だ」(72年7月15日の社長会)とはっきりと言い切っているように、そもそも彼自身のキャラクターに由来するものだ。
  そして、野党・新進党時代の96年、「週刊新潮」の2月22日号で、元創価学会婦人部幹部・信平信子の「私は池田大作にレイプされた」との告発手記が掲載されたことにより、例の聖教新聞の中傷座談会を見てもわかるように、自らを批判し続ける雑誌媒体、とりわけ「週刊新潮」に対する池田の憎悪は、決定的に高まっていくことになる。
 つまり、こうしたメディア規制を狙った個人情報保護法案とは、「公明党・創価学会=池田大作」という、全体主義的な政治勢力が、「99年体制」で政権中枢に入ったがゆえに、出るべくして出てきた法案なのだ。
 ただ、この法案も修正案では、メデイア規制の根幹になると厳しい批判を受けた「基本原則」を全面削除するなど,だいぶ当初案よりはマイルドになってはいる。
 それゆえ、今後、運用の面で、この法律を池田大作保護法化させないためには、厳しく公明党・創価学会(=池田大作)の動きを監視し、批判を続けることにより、政権中枢への影響力を削ぎ落としていかなければならないだろう。その中で、法律の抜本的な改正を行い、池田大作に象徴される「権力者」ではなく、「民」のプライバシーを守る本来の個人情報保護法に変えていくことが必要である。(文中・敬称略)
       ---------(357P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-72

2017-03-18 09:30:06 | Weblog

藤原弘達・創価学会を斬る 41年目の検証 言論出版の自由を守る会編
                 (日新報道 2012/2)
    ------(347)---(以下本文)-------

①「公明党・創価学会=池田大作」の思惑に沿った文春出版差し止めの司法判断/古川利明
◆ 言論機関に対する田中真紀子の自爆テ口
 前外相である衆院議員・田中真紀子の長女・真奈子の離婚について報じた『週刊文春」(平成16年3月25日号)の記事で、東京地裁が3月17日、発行元の文藝春秋に出版差し止めなどを命じる仮処分決定を下したことが、大きな波紋を呼んでいる。
 既にこの問題は、新聞やテレビ、さらには他の雑誌などでも大々的に取り上げられ、こうした司法による「言論封殺」が、「物言えば唇寒し」という戦前の暗黒状況を彷彿とさせ、このままでは、権力批判を行うジャーナリズムは存立しえなくなるとの危惧は、概ねこれまで識者からも繰り返し指摘されている。私もまったく同感である。
 それを踏まえたうえで、なぜ、いまの司法(=裁判所)が、こうしたトンデモないことを、こともなげに行ってしまうのか、その背景について、ここでは考えてみたい。
 本題に入る前に、今度の田中真紀子の対応(いちおう、この問題に対して表向きには長女が対応していることになっているが、田中真杞子の意思なしに今度の出版差し止め請求はありえない)について、私の見解を述べておくと、これは彼女の言論機関に対する“自爆テロ”以外の何物でもない。
 何十年も前ならいざ知らず、現代において若いカッブルが程なく離婚に至るケースなどゴマンとある。まず、離婚をしたこと自体にそもそも高度な秘匿性を要するプライバシーがあるとは、到底、思えない。
 確かに長女が「公人か私人か」という議論はあるが、政治家の娘が「純粋な私人」ということはありえない。そこで、長女の離婚をめぐる親子の軋櫟などが出てくれば、「母親」である田中真紀子の「人となり」や「思想」にも関わってくるから、当然、ジャーナリズムにおける報道の対象となる。それはまさに「公人・田中真紀子」に対する、「国民の知る権利に応えるための、公共の利害に関わる事実」に他ならない。

守りたいのは「公人のプライバシー」
 さて、ここから本題に入っていくが、問題の本質は、なぜ、裁判所が長女側の請求を却下することなく、そのままやすやすと認めてしまったかである。
 じつはそこに、「公明党・創価学会=池田大作」が99年体制で政権与党入りしたことで実現させてきた、「言論出版妨害策」(=個人情報保護法の制定と、それとリンクした報道被害の名誉毀損訴訟の賠償金高額化要求)が巧妙に動きはじめ、いよいよ裁判所という司法権の一角をも浸食してきているとみていいだろう。
 つまり、裁判所は「公明党・創価学会=池田大作」に配慮する(というより、「ご機嫌を取る」といった方が正鵠を射ているかもしれないが)形で、こうした出版差し止めの仮処分決定を行っているといってよい。
 本来、個人のプライバシーを侵害している本家本元が、「公権力」であることは、論をまたない。
 ところが、本来、規制すべき公権力のプライバシー侵害は、なぜかほったらかしにしておいて、弱い立場に晒されている「『私人』のプライバシーを守る」という大義名分のもと、池田大作に象徴される「公人」をそこにすっぽりとうまくはめこみ、「公人のプライバシーを保護しろ」というふうに、何とも狡猾に搦手から縛ろうとしたのが、池田大作主導によるこれら一連の言論出版妨害策なのである。
「公人のプライバシーを守れ」とは、要するに「権力者のスキャンダル記事を掲載するのは、まかりならん」ということである。
 個人情報保護法といわば“合わせ一本”の形で、報道機関に強い萎縮効果をもたらす名誉毀損訴訟の賠償金高額化要求は、与党3党の中でも、じつは公明党が最も突出した形で、再三、国会で取り上げてきた(例えば、01年2月27日の衆院法務委での漆原良夫、01年3月14日、同月21日の参院予算委での沢たまき、01年5月16日、02年7月22日の衆院法務委での冬柴鉄三など)。
 とりわけ、漆原が質問に立った前日の01年2月26日の東京地裁判決(出版関係者の間ではこれを「平成の2・26事件」と呼んでいる)から、何とも奇妙なことにそれまで数10万円から100万円だった賠償額が、突如、公明党の要求を受け入れる形で、一律500万円前後に高騰しているのだ。
 こうした経緯は拙著「デジタル・ヘル--サイバー化監視社会の闇」(第三書館)の「第4章「個人情報保護法」はいかにして歪められていったか」でも詳しく触れているが、創価学会のある内部関係者によれば、学会が報道被害の問題に力を入れるきっかけになったのは、『週刊新潮』の94年9月29日号で、北海道の学会員が脱会者をトレーラーで衝突死させたと報じた記事だった。
  それに追い打ちをかけるように、96年に入り、同じ『週刊新潮』の2月22日号が「私は池田大作にレイプされた」との、信平手記を掲載したことが決定打となったという。
「それで、池田先生としてもこれは放置しておけないと判断され、松本サリン事件の被害者である河野義行さんと、メディアによる人権侵害の問題に熱心に取り組んでいた元共同通信記者で、同志社大教授の浅野健一さんの2人を全力で取り込んでいったのです。彼らを学会系の団体のシンポに招いたり、第三文明社から本を出すなどして私たちの味方にしたうえで、週刊新潮をはじめとする悪質なデマやウソに満ちた報道から池田先生をお守りするため、『そういったブライバシーを守る法律や、報道被害者の名誉毀損訴訟の賠償金高額化が必要だ」との声を、こうやって内部から盛り上げていったのです」(前出の学会内部関係者)

公明党の要求を丸飲み
 では、なぜ、最高裁はこうした池田大作の“圧力”に屈する形で、「報道被害の名誉毀損訴訟の賠償金高額化」をやすやすと受け入れてしまったのだろうか。
 じつは、自・自・公路線の成立とほほパラレルの形で、99年に「司法制度改革審議会」が設置されている。その目玉とされた「裁判員制度の導入」を、“既得権”が侵害されるとして、最高裁側としては何としても潰したいとの思いがあった。そして、同時にこの司法制度改革の中で「法曹三者の採用枠の拡大」を、法務省とともに最高裁が政府与党の側に要求していたという経緯がある。
 そのバー夕ーとして、繰り返し国会で公明党議員の執拗な追及を受けていたこともあり、最高裁側は公明党(=創価学会・池田大作)の要求を丸飲みしたのではないか、との見方が有力なのである。
 そこで公明党議員が国会で集中砲火的な質問を行う直前の01年2月中旬、最高裁の民事局から資料を作成するよう依頼を受けた元東京高裁判事の塩崎勤・桐蔭横浜大学教授(弁護士)は同年9月17日、マスコミ関係者を対象とした研究会で、概要として次のように発言している。
「慰謝科の問題が国会でも議論された。しかし、裁判の中身だから、最高裁が、ああせよ、こうせよとは言えない。しかし、このままの状態でいいわけにもいかない。そこで、下級審の裁判官に啓発させるための資料を私に作らせた」
  そうした結果をまとめたのが、法律雑誌『判例タイムズ』01年11月15日号に掲載されたお特集「名誉毀損の損害額の算定」という論文なのだが、そこでは名誉毀損をされる人の職業によって賠償金額が差別化され、驚くべきことに、「公人」が「私人」より高く算定するマニュアルが出ているのである。
 そして、聖教新聞の例の中傷座談会では、例えば、平成15年6月16日付けの紙面などで、こうした裁判所の動きを「いいぞ、もっとやれやれ」というトーンで、大歓迎しているのである。
 このような流れを踏まえれば、今度の文春問題で、裁判所が「販売差し止め決定」という暴挙に及んだ理由もよく見えてくる。
  確かに、司法が時の政権与党におもねるのは、何も今に始まったことではないが、問題の本質にあるものとは、「本当は全体主義が理想の形態だ」とうそぶいている人間(=池田大作)が、現在、「ウラの総理大臣」として君臨していることなのだ。
 言い方を変えれば、こうした言論出版妨害を強く志向するファッショ的な政治勢力が与党に入っているがゆえに、司法もそれに追随した判断を下しているともいえる。99年体制以降、さまざまな有事体制が一挙に構築され、戦後、細々と積み上げてきたデモクラシーの命脈が断ち切られようとしているのを見るとき、「公明党・創価学会=池田大作」が政権中枢に入り込んでしまった危険性を、改めて痛感するのだ。(文中・敬称略)
       ---------(352P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-71

2017-03-17 08:54:22 | Weblog

藤原弘達・創価学会を斬る 41年目の検証 言論出版の自由を守る会編
                 (日新報道 2012/2)
    ------(343)---(以下本文)-------

厚顔な名誉毀損批判キャンペーン
 こうした言論の自由の侵害を続ける一方で創価学会は、平成11年に公明党が自・公連立政権に参画すると、機関紙誌で「言論による暴力を許すな」「言論による人権侵害を許すな」とのキャンぺーンを開始し、創価学会に批判的な記事を掲載する週刊誌などの雑誌媒体を槍玉に挙げ、世論に名誉毀損の損害賠償の高額化を是認する気運を醸成することに腐心。同時に法曹資格を持つ創価学会員を動員して、法曹界でも名誉毀損に対する厳しいコンセンサスの醸成を画策した。
 その上で創価学会を母体とする公明党に、国会で名誉毀損の損害賠償額の高額化や名誉毀損罪の速やかな適用を求める質問を行わせ、法務大臣等から公明党の主張に賛成する答弁を引き出すなどするとともに、個人情報保護法や人権擁護法案の制定を企図。個人情報やプライバシー保護の名目で、報道の自由に一部制約を課すことを企てるなど、法的・制度的に言論の自由や報道の自由を制約することで、創価学会や池田に対する批判的言論の封じ込めを目論んだ。
 その対象とされたのが、創価学会に批判的な報道や言論活動を行っている週刊誌や月刊誌などの雑誌媒体、そしてジャーナリストなどであった。具体的には、先の矢野への創価学会の攻撃の過程に見られるように、「週刊新潮」や「週刊現代」が、創価学会・公明党による激しい誹謗中傷の対象とされるとともに、創価学会から名誉毀損に基づく各種の訴訟を提起されている。訴訟にまではいたらないものの、「週刊文春」や「週刊ポスト」「週刊実話」も創価学会による激しい抗議に晒されている。同様に「文藝春秋」や「諸君!」「現代」などの月刊誌も、創価学会や公明党による抗議を受けている他、「諸君!」は公明党から名誉毀損罪で刑事告訴されている(不起訴)。
  こうした雑誌媒体などへの攻撃に加えて創価学会・公明党は、自らに批判的な言論活動を行っているジャーナリストなどに執拗な攻撃を加えている。例えば雑誌メディアで創価学会・公明党に関する記事やコメントを発表しているジャーナリストの乙骨正生に対して創価学会は、機関紙誌や系列雑誌などで、「ガセネタ屋」「売文詐欺師」「日本一のデマ男」「チンビラ売文屋」などの誹謗中傷を浴びせ、乙骨単独もしくは矢野に対する提訴同様、「週刊新潮」や「諸君!」などの雑誌媒体との共同被告として、名誉毀損に基づく損害賠償や謝罪広告を請求する訴訟を提起している。
 創価学会がジャーナリストである乙骨個人を提訴する狙いは、訴訟によって乙骨に応訴の負担を強い、経済的・時間的に追い込むことで、乙骨の言論活動を締め上げることにある。また、出版社に執拗な抗議を行うと共に、乙骨と共同被告として出版社を提訴するのは、出版社自体に創価学会問題を忌避する意識を醸成させるとともに、乙骨を著者ないしはコメント者として使うことを敬遠する環境を作り出すことを企図している。
 その上で、訴訟によって創価学会が勝訴した場合は、「東京地裁、ガセネタ屋・乙骨と新潮を断罪」などの見出しで大々的なキャンべーン記事を掲載し、司法判断という錦の御旗によって乙骨や「週刊新潮」の言論や記事の信用性貶めることに腐心する。
 平成20年12月1日付「聖教新聞」掲載の「座談会新時代を勝ち開け!」と題する創価学会最高幹部らの座談会記事には、そうした創価学会の意図が投影されているので紹介しよう。

「佐藤(青年部長)…この裁判で断罪されたのは、デマ記事を載せた週刊誌だけじやない。もう一人いる。あの『ガセネタ屋」の乙骨だ(大笑い)。
谷川(副会長)…また、あいつか(笑い)。
棚野(男子部長)…この男は、今回のデマ記事にも例によって例のごとく、ウソ八百のコメントを吐いていた。それで雑誌社と一緒に断罪されたんだ(大笑い)。(中略)
佐藤…これでガセネタ屋の敗訴、断罪が裁判で確定したのは、なんと『6件目』だ(大笑い)。
谷川…それも全部、学会中傷を狙った愚劣千万なデマばかりだ(笑い)。
棚野…僕の友人の新聞記者に話したら、ビックリ仰天していたよ。『個人で6回も、名誉毀損のデマで断罪された男がいるのか! そんな話、聞いたことがない。間違いなくギネスブックものじやないのか』と呆れ返つていた(大笑い)。
三井(婦人部長)…おどろくのも、無理ないわね(大笑い)。(中略)
正木(理事長・宗教法人代表役員)…ともかく『勝ってこそ正義』だ。大聖人は“公の場で正邪を明らかにしなければ、闍夜に錦を飾るように、正義も人々には見えない”と厳然と仰せであられる。
原田(会長)…その通りだ。だからこそ学会は、卑劣、愚劣なデマは断じて許さない。見逃さない。徹底して戦う。いよいよ正々堂々と戦い、邪悪を打ち破り、創価の正義を満天下に示そうではないか!」

 要するに創価学会は、訴訟を自らにとって不都合な言論を抑圧するための手段・武器として悪用しているのである。というのも創価学会は、乙骨や新潮社などが敗訴した場合は、機関紙誌で大々的にキャンペーンを張り、乙骨や新潮社を激しく非難する。しかし乙骨が創価学会を名誉毀損で提訴した事件で、裁判所が創価学会や創価学会の幹部による名誉毀損を認定し、乙骨勝訴の判決を言い渡しても、創価学会は乙骨勝訴・創価学会敗訴の事実を機関紙誌でただの一行も報道しないからである。
 先に紹介したように、創価学会は「言論の暴力を許すな」とのキャンべーンを張り、名誉毀損の損害賠償額の高額化や名誉毀損罪の適用を強く主張してきた経緯がある。そうであるならば、創価学会そのものや、会長や理事長という最高幹部らの名誉毀損が裁判所によって認定された場合は、すみやかに謝罪し責任をとるべきは当然のこと。ところが創価学会は謝罪するどころか、創価学会が敗訴した事実を全く報道しないのである。
 自らに都合の良い事実のみ報道し、都合の悪い事実は隠蔽する。こうした訴訟・判決についての不誠実な創価学会の姿勢は、創価学会が訴訟を権利侵害を回復するための手段として適正に利用しているのではなく、訴訟を自らに不都合な言論を抑圧するための手段としていることの証左に他ならない。
 周知のように創価学会は、公益法人たる宗教法人として税制上の優遇措置を受けている。公益法人である日本相撲協会が、暴力問題や八百長問題などの不祥事により、公益法人としての適格性を問われているが、宗教法人という最高の公益性を発揮しなければならない立場であるにもかかわらず、名誉毀損という不法行為によって他者の人権を浸害したり、「脅迫」を伴う言論弾圧をくり返す創価学会が、公益法人・宗教法人としての適格性を欠くことは明らかたろう。
 以下、創価学会が言論出版妨害事件の反省を活かすことなく、今日なお言論出版妨害を恒常的にくり返していることを指摘する複数の論考を紹介しょう。
       ---------(347P)-------つづく--

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創価を斬る・41年目の検証-70

2017-03-16 08:30:09 | Weblog

藤原弘達・創価学会を斬る 41年目の検証 言論出版の自由を守る会編
                 (日新報道 2012/2)
    ------(335)---(以下本文)-------

【第4章】創価学会--脈々と続く言論妨害の軌跡と実態
  昭和45年5月3日、東京・両国の日大講堂で開かれた創価学会の第33回本部総会において、池田大作会長(当時)は、昭和44年末に発覚し、一大社会問題・政治問題と化した言論出版妨害事件について、謝罪・猛省の意思を表明するとともに、フランスの哲学者・ボルテールの、「私は、お前のいうことに反対だ。だが、お前がそれをいう権利を、私は命にかけて守る」(昭和45年5月4日付「聖教新聞」)を引用し、今後、創価学会の「総意」として言論の自由を守ることを、次のように公約した。
「言論の自由が、幾多、先人の流血の戦いによって勝ち取られたものであり、これを侵すことは民衆の権利への侵害であることを明確に再認識し、言論の自由を守り抜くことを私ども(注=創価学会)の総意として確認したい」(同)
 だが、第三章(2)「言論出版妨害事件の歴史的事実の改竄図る池田大作・創価学会」で詳述したように、今日、池田ならびに創価学会は、卑劣な人権侵害事件である言論出版妨害事件を引き起こした加害者であるにもかかわらず、歴史の改竄を図り、あたかも池田や創価学会は、卑劣な言論の被害者であったかのように主張している。
 それだけに「言論の自由を守り抜く」との公約も履行しないばかりか、むしろ歴史的事実を改竄・隠蔽することに象徴される欺瞞的体質・反社会的体質を指摘・批判されることを恐れてか、批判的言論を封殺するために熾烈な言論弾圧・言論抑圧を操り広げているのが偽らざる創価学会の現実である。
 その手法は、巨大な組織力が生み出す金と票に基づく資金力や政治力にものを言わせての圧力に加え、名誉毀損訴訟の濫発という法的手段の悪用、さらには脅迫や威迫、嫌がらせなどの違法行為、不法行為まで行うなど、かっての言論出版妨害事件を上回る狡猾かつ悪質なものとなっている。

◆矢野元公明党委員長の言論を封殺
 その代表的事例のひとつが、矢野絢也元公明党委員長に対する言論抑圧の実態である。周知のように矢野は、平成5年に国会議員を引退した後は政治評論家としてテレビやラジオ、新聞や雑誌などのメディア媒体で言論活動を行っていた。本来であれば創価学会を母体とする公明党の委員長経験者が、マス・メディアに登場して政治評論を行うことは、創価学会・公明党の立場や主張を広く社会にPRできるという意味で、創価学会・公明党にとつては好都合であるはず。
 ところが創価学会・公明党は、矢野がマス・メディアで評論家活動を行うことを快しとはしなかった。特に矢野が、国会議員引退後の平成5年9月に月刊誌「文藝春秋」に連載した「政界仕掛人メモ」と題する手記において、創価学会と公明党の関係を「政教一致といわれても仕方がない部分があった」と書いたことに猛反発した。
 というのも平成5年8月に公明党が、細川護熙を首班とする非自民連立政権に参画。組閣前日の8月7日開催の創価学会本部幹部会で、池田が「デェジン、デェジン」と喜色を満面にして公明党議員が就任する大臣ポストなどを発表したことから、野党に転落した自民党が激しく創価学会を批判。国会で創価学会問題を厳しく追及した。その際に自民党は、矢野が「文藝春秋」に書いた前記部分を、公明党の委員長経験者が創価学会・公明党の政教一致を認めたものと主張し、池田の国会証人喚問を求めるなどしたことから、創価学会は矢野の言論活動に強い危機感と警戒感を抱いた。
  創価学会と公明党の関係は、第2章の1・2・3で指摘したように、政教一致あるいは政教一体そのものであることは火を見るよりも明らかだが、創価学会はそうした実態を広く社会に知られることを極度に恐れている。その結果、創価学会と公明党の関係を社会一般が政教一致と言っていることを、「仕方がない部分があった」とする程度の矢野の記述さえも、許されない利敵行為だとして創価学会は問題にしたのである。
 創価学会から抗議を受けた矢野は、表現が不適切だったとして謝罪するとともに、「文藝春秋」の手記を単行本化するに際して、問題となった一文を削除した。しかし創価学会は、矢野手記発表から12年も経った平成17年になって突然、矢野に対する激しい攻撃を再開。具体的には--
①政治評論家としての言論活動の中止の強要、
②機関紙誌や諸会合における激しい誹謗中傷、
③矢野が国会議員在職中から使用していた創価学会・公明党に関する諸問題や政治活動の軌跡を記録していた衆議院手帳をはじめとする諸資料の提出の強要、
④威迫を伴う高額の寄付の強要、
⑤恒常的な監視・尾行、などなどである。

 平成20年5月に矢野は、創価学会を退会するとともに、創価学会や創価学会幹部らから熾烈な人権侵害を受けたとして、同月12日、矢野に威迫や脅迫・強要などを加えた創価学会と長谷川重夫(副会長・池田の意志を伝達する第一庶務室長=平成17年当時、以下同)、西口良三(副会長・総関西長)、藤原武(副会長・関西長)、谷川佳樹(副会長・総東京長)、杉山保(青年部長)、弓谷照彦(男子部長)、森井昌義(関西青年部長)ら創価学会の最高幹部七名を被告に、5500万円の損害賠償償を支払うよう求める訴訟を東京地裁に提訴した(現在、東京地裁審理中)。

創価学会首脳の「脅迫」を東京地裁が認定
 矢野の「訴状」ならびに矢野が創価学会退会後に明らかにした発言や著書によれば、平成17年5月14日、ヨーロッパ出張から帰国した矢野は、自宅に帰ることも許されずに成田空港から東京都新宿区内の創価学会施設、戸田記念国際会館に呼び出され、谷川や杉山ら青年部最高幹部らとの面談に臨んだ。創価学会側は面談と称するが、実態は矢野に対する吊るし上げに他ならず、谷川らは矢野に対して「文藝春秋」手記執筆の責任を執拗に追及し、謝罪文の提出や政治評論家としての言論活動の中止を強要した。
「訴状」によれば吊るし上げの席上、「被告森井は、二回にわたり原告に対して『土下座しろ』と迫り、被告谷川は『人命に関わるかもしれない』『息子さんは外国で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもいいのか」という趣旨のことを言って原告を脅迫したという。
「週刊新潮」平成20年5月22日号は、「『矢野絢也』を窮鼠にした『創価学会』の脅迫と誹謗中傷」と題する記事で、矢野が創価学会や創価学会の最高幹部7名を被告として提訴した事実を報じた。これに対して谷川は、「週刊新潮」記事によって名誉を毀損されたとして「週刊新潮」を発行する新潮社と「週刊新潮」編集長、矢野を被告として、名誉毀損に基づく1100万円の損害賠償と全国紙に謝罪広告の掲載を求める訴訟を東京地裁に提訴した。

  同事件の判決は平成23年1月20日に言い渡され、東京地裁民事35部(浜秀樹裁判長)は、谷川が提出した吊るし上げの模様を隠し録りしていた音声デー夕に、谷川の「人命に関わるかもしれない」との発言が無かったことを根拠に、名誉毀損の成立を1部認め、新潮社と矢野側に33万円の損害賠僂を支払うよう命じた。
  しかし事実認定において判決は、谷川が「『息子がどうなつてもいいのか』といった趣旨のことを言って、被告矢野絢也を脅迫したとの事実については真実であると認められる」、「被告矢野は、家族に何らかの危害が及ぶ恐怖を感じて、評論活動をやめると最終的に確約することを余儀なくされたと評価することができる」と判示。矢野が「文藝春秋」手記についての謝罪文の提出と政治評論家としての言論活動の中止を余儀なくされたのは、谷川ら創価学会青年部最高幹部らの脅迫によるものと認定した。

  谷川らの「脅迫」によって、矢野が言論活動の中止を無理矢理約束させられた平成17年5月14日から一夜明けた15日、公明党国会議員OBの黒柳明、伏木和雄、大川清幸が、突然、矢野の自宅を訪問。政治評論家としての言論活動を止めるのであれば、矢野が国会議員在職中に使用していた衆議院手帳(通称.黒い手帖)をはじめとする各種の資料を提出するよう強要した。
 これ以後、公明党国会議員OBは、15日夜・17日・30日の都合4回にわたって矢野宅を訪問。嫌がる矢野に脅迫的・威迫的態度で手帳を提出するよう強要し、矢野の意志に反して無理矢理手帳を持ち去った。
  この事実を「週刊現代」平成17年8月6日号が、「『矢野純也元公明党委員長 極秘メモ』100冊が持ち去られた!!」というタイトルで記事化したところ、黒柳・伏木・大川の公明党国会議員OBは、「週刊現代」記事によって名誉を毀損されたとして、講談社と矢野に対して1000万円の損害賠償の支払いと謝罪広告の掲載を求めて東京地裁に提訴(第1事件)。さらに「週刊現代」8月13日号が、8月6日号記事の正当性を主張する矢野のコメント記事を掲載したところ、黒柳・伏木・大川は第1事件同様、1000万円の損害賠償の支払いと謝罪広告の掲載を求める訴訟を追加した(第2事件)。
 これに対して矢野は、自分の意志に反して手帳を強奪したことと、家捜しまで行ったことはプライバシーの侵害に当たるとして、手帳の返還と損害賠償1000万円の支払いを求めて提訴した(第3事件)。
 
 平成19年12月21日、1審の東京地裁は、原告の国会議員OBらが証拠として提出した、矢野と国会議員OBの面談の模様を隠し録りしていた音声データに基づき、提出は任意であり強要ではないとする原告らの主張を認めて、被告の講談社・矢野側に660万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡すとともに、手帳の返還を求める矢野の請求を棄却した。
 しかし控訴審の東京高裁は、職権で矢野宅の現場検証をするなどした上で平成21年3月27日、1審の東京地裁とは逆に、手帳の持ち去りは矢野の意志に反した威迫・強要に基づくと認定。
 公明党国会議員OBらに対し300万円の損害賠償の支払いと手帳の返還を命じる矢野・講談社逆転勝訴の判決を言い渡し、同判決は最高裁で確定した。
 平成21年3月27日の判決で東京高裁は、平成17年5月14日に行われた矢野と創価学会青年部最高幹部との面談と称する事実上のつるし上げ、そしてこれに続く公明党国会議員OBらの矢野との面談について、いずれも脅迫を伴う違法・不法なものであつたと次のように事実認定している。

「控訴人ら(公明党国会議員OB)は、平成17年5月14日に被控訴人矢野が創価学会青年部の幹部多数に囲まれ、いわばつるし上げのような形で、一家族に危害を加えることを暗示する脅迫の下で、今後の政治評論活動を辞めると約束させられた事情を十分に知悉した上で、翌5月15日から同日30日にかけて4回にわたつて被控訴人矢野宅を訪問し、創価学会青年部との約束を守るあかしとして本件手帳を引き渡すように求め、被控訴人矢野においてこれを拒絶するや、自分たちは創価学会ないし公明党の指令により訪問したもので、控訴人らの背後には多数の創価学会員ないしは公明党員が存在するものであって、控訴人らの要求を拒めば、これらの多数の創価学会員ないし公明党員が被控訴人矢野及びその家族に対してどのような危害を加えるかもしれない旨を暗示しあるいは明示的に述べて、被控訴人矢野を脅迫し、控訴人らのこのような発言内容に畏怖した被控訴人矢野が、やむなく控訴人らの要求に応じて本件手帖等を引き渡したこと、控訴人らが被控訴人矢野宅の1階から3階まで、本棚、引出、クローゼット等の内容まで捜索する家搜しを行い、3階の妻満子の部屋にまで及んだことを認めることができる」
  司法による一連の事実認定は、創価学会と公明党が、言論出版妨害事件の反省・謝罪を反故にしたばかりか、脅迫・威迫まで伴った違法・不法な攻撃を伴う卑劣な人権侵害を、今日なおくり返していることを示している。
       ---------(342P)-------つづく--

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