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東大構内でポポロ事件が発生した日

2008-02-20 | 記念日
1952(昭和27 )年の今日(2月20日)、東大構内でポポロ劇団の演劇会場に潜入していた私服警官を学生が摘発し、警察手帳を奪う事件(ポポロ事件)が発生。21日暴行容疑で学生2人が逮捕された。
ポポロ事件とは、日本国憲法第23条に保障する学問の自由及びそこに含まれる大学の自治と警察権との関係 に関する最高裁判所判例をもたらした事件である。
1952(昭和27 )年の今日(2月20日)、東京大学本郷キャンパスの教室において、同大学公認の学生団体「ポポロ劇団」が松川事件をテーマとした演劇『何時(いつ)の日にか』の上演を行なった。 これは大学に正式な許可を得て行われたものであった。上演中に、観客の中に本富士警察署の警官4名が私服で潜入しているのを発見し、これらの警察官の3名の身柄を拘束して警察手帳を奪い、暴行を加えたとして、暴力行為等処罰ニ関スル法律により起訴されたもの。
一審は、学生の行為が大学の自治を守るためのものであるゆえに正当であるとし、学生を無罪とした(東京地方裁判所昭和29年5月11日判決)。二審(東京高等裁判所昭和31年5月8日)も一審を支持したため、検察が上告。
それに対して、最高裁判所は、1963(昭和38)年5月22日大法廷判決は、「大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によつて自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである」
しかし、「政治的、社会的活動に当たる行為は大学の自治の範囲に含まれず、実社会の政治的、社会的活動に当たる行為をする場合には大学の自治と自由は享有せず、ポポロ劇団の発表は反植民地デーの一環として、松川事件に取材した演劇活動を行うことを告げずして教室使用許可を受けてかかる演劇を行いその際資金カンパや渋谷事件の報告が行われたとすれば、これは、教室の許可外目的使用であり、」
「本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動であり、かつ公開の集会またはこれに準じるものであつて、大学の学問の自由と自治は、これを享有しないといわなければならない。したがって、本件の集会に警察官が立ち入つたことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない」
として、原審を破棄し、審理を東京地方裁判所に差戻した。以下参照。
最高裁判所判決、主文、理由(最高裁判所ホームページ)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=28498&hanreiKbn=01
差し戻し後、被告人は第一審で有罪とされ(東京地方裁判所昭和40年6月26日判決)、控訴上告も棄却された(東京高等裁判所昭和41年9月14日判決、最高裁判所昭和48年3月22日判決)。
この事件の争点は学生が学問の自由(23条)の享有主体か否か、という点について、大学内で内偵していた警察官を学生が発見し、排除するために暴行を加えた場合、通常このような行為は罪となるが、もし学生も23条の享有主体であれば大学の自治が認められるから、警察を排除することそのものは「正当防衛」になるが今回はそれに該当しないということである。
GHQ占領下(1945年〔昭和20年〕9月から1952年〔昭和27年〕4月28日)の当時は「民主主義」が流行したが、「社会主義」も今では想像できないほどに勢いがあった。1951(昭和26)年サンフランシスコ講和条約で反社会主義の西側陣営に入り、朝鮮戦争特需で資本主義を再建していく過程で労働運動など、反政府色の強い運動に対し制限、弾圧といえるものも見られた(日本の労働運動史参照)。
この「ポポロ事件」はポポロ劇団が公演中に学生達に摘発された私服警官のメモから警察による系統的な学内スパイ活動が露見ししたことが、東大側と警察が全面対立した(東大ポポロ事件)ようであり、その翌日、警視庁予備隊(現在の機動隊)は、大学構内に入り学生を暴行容疑で逮捕した.。(以下参考に記載の「思想良心の自由と制限について」の「学問の自由と国家権力」など参考にされるとよい)
この時、矢内原忠雄 は東大総長として大学の自治と学問の自由を守るよう学生に呼びかけたといわれているが、この事件に関わった吉川勇一 (後べ平連の事務局長)は、矢内原や当時東大法学部長であった尾高朝雄らとともに国会に証人として呼ばれたときの記録が、「国会会議録検索システム」に全文掲載されている。以下参照。
ポポロ事件参議院の記録(吉川勇一HP)
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/124Popolo-JIken-Snngiin-Kiroku.htm
戦後のこのような時代背景などを考えると、少々微妙な判例のような気もするが、確かに、当時の社会主義者と言われる人達の行動には過激な行動もあったようにも思われるが、取り締まる側、取り締まられる側にもまだまだ、本当の意味での「自由」と言うものが何であるのか消化不良であったのではないかと言う気がする。しかし、どちらにしても、この当時の反政府色の強い運動に対する制限や弾圧によって、その後の東大紛争などを境に、若者やマスコミなどが、腰砕けになり強権力者にへつらったような腑抜けになってしまったような気がするのだが・・・。
(画像:東大闘争は1968年1月インターン制度に代わる登録医制度意に反対する医学部学生の、無期限ストから始まった。バリケードを組んで校舎を封鎖する実力行動が全学に拡大、機動隊による封鎖解除、学生による再封鎖が繰り返されるなか、封鎖続行を主張する反代々木系と封鎖阻止を求める共産党系の民主青年同盟の対立が激化、中に割って入る一般学生も混じって三者三様の複雑な攻防が続いた。11月23日の写真。アサヒクロニクル「週刊20世紀」より)
東大ポポロ事件 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E3%83%9D%E3%83%9D%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6
ポポロ事件参議院の記録(吉川勇一HP)
http://www.jca.apc.org/~yyoffice/124Popolo-JIken-Snngiin-Kiroku.htm
正当防衛 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%BD%93%E9%98%B2%E8%A1%9B
日本の労働運動史 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8A%B4%E5%83%8D%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%8F%B2
吉川勇一 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B7%9D%E5%8B%87%E4%B8%80
村岡到尾高朝雄自由論の解説
http://www18.ocn.ne.jp/~logosnet/images/jiyukaisetu.html
思想良心の自由と制限について
http://homepage3.nifty.com/silc/hoshi/51_shisou_ryoushin_giyuu.html
尾高朝雄 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E9%AB%98%E6%9C%9D%E9%9B%84
矢内原忠雄 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E5%86%85%E5%8E%9F%E5%BF%A0%E9%9B%84
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2 コメント

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真剣 (Linda)
2008-02-21 09:16:02
よーさん、お早うさんです。
昔の学生はもっと真剣に考えたし、真剣に生きていたように思います。それが60年安保、70年安保後の挫折で真剣に考えることを避けるようになり、その場その場でみんなと同じなら満足する腰抜けになったのでしょう。
若者 (よーさん)
2008-02-23 10:49:58
Lindaさん、学生をはじめ若者だけでなく、かっての日本人は全てにおいて真面目に考え真面目に行動していました。それが戦後の特殊な思想の人達の長年の誤った教育による自由や平等のはきちがえ、道徳や宗教、家族制度の破壊などによって、本当にだらしない人間ばかりになってきました。日本を潰そうとしている特殊な人間の思う壺でしょう。
今朝、ラジオの毎日放・中村鋭一の『鋭ちゃんのあさいちラジオ』で、文藝春秋の三月号でとりあげられていたブッチャーの日本人観を紹介していた。
ジャイアント馬場時代の悪役プロレスラー・アブドーラ・ザ・ブッチャーのリングからみた日本人の品格というタイトルだそうで、その中で、初めて来日したときに見た日本人に関する感想から現代の若者にいたる感想が述べられているようだが、かっての節度ある礼儀正しい若者が今は道端にしゃがみこみタバコを吸っている、アメリカの悪い面ばかりを見て育ち、親の面倒を見ようともしない若者になっているのに呆れているようだが、本当によく観察していると思う。述べている内容はまさに私達が感じていることと全く一致している。
ブッチャーのように日本へきている外人の方がよく真実の姿が見えているのだろう。私も本は読んでいないが、なかなか面白そうだ。読まれていなければ一度読んでみては・・。

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