広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

6月20日 福田

2007-06-21 01:16:13 | Weblog
フルーツグラノーラを皿に盛り、牛乳を勢いよくかける。もうその頃には少し濃いめに落しておいたコーヒーが出来上がっていて、テーブルの上にはスプーンが今か今かと出番を待っていた。気持ちの良い朝日が差し込むスタッフルームのキッチン。窓の外では、小さな庭に生えた草花が挙って朝日を独り占めにしようとしていた。僕はこの時間が何よりも好きだった。少しだけ贅沢な時間・・・
まあ朝からこんなにのんびりしていたせいで、機材を忘れてしまった事は否めない。。。早くこっちの記憶も薄れて来ないかと思う。

そういえばクランクイン初日に撮られたシーンがもう1つあった。なるべく正確な情報を基に文章を書くため、マイ星ワル宝箱を開けたら、出てくる出てくるマニアックな品々。予定表も出てきたのでこれからはこれを基に書こうと思う。しかし箱の中から出てきた、四角く綺麗に切り取られた段ボールの切れ端は一体何だったのだろうか?
予定表によると、中田島砂丘近くのバスシーンを終わらせた後、叔父さんが海に向かうシーンを撮っていた。僕らがイギリス海岸と呼んでいた人の少ない静かな海岸。防砂林の松のトンネルを抜け、台本集の表紙にもなっているセイタカアワダチソウの咲き乱れる一本道を歩いてもらい、そのまま海岸の方に撮影しながら進んでいった。空は青白い雲に覆われ、決して良い天気とは言えなかったが、このシーンには反ってうってつけだった。髪の毛が乱れるほど風の出ていた海岸では、表情のある空と静かに打ち寄せる波が繰り返し何かを物語っている様だった。

コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

6月15日 福田

2007-06-16 03:28:54 | Weblog
一ヶ月以上も更新をほっぽらかしていると自ずと閲覧数は減るわけで・・・これが畑だったら作物は枯れ果て、雑草が元気よく育っている頃で。 継続は力なり、誰が言ったかその通りだ。
そして弱冠当時の記憶が薄れてきている事も否めない・・・。少しづつ、長い時間をかけ少しづつ形が変わっていく川の中州の様に僕の記憶も薄れ変わっていってしまうのだろうか。

2005年10月9日、星影のワルツクランクイン。記念すべき日なのに記憶の方は実に曖昧だ。この日撮る予定だったものは、海の近くでバスの窓越しにノブが偶然おじさんを見かけるシーンと、ノブとえいちゃん・ひろちゃんがバスに乗り街のゲームセンターに向かうシーン。朝集合場所の中田島砂丘の駐車場は、不運にもイベントと重なりもの凄く込み合っていた。急遽場所を変更して近くの駐車場に集合した僕らは、ピリピリとまではいかないが微妙に張りつめた空気の中バスに乗り込み撮影準備を開始した。この時の劇車である遠州鉄道のバスを一日貸し切りにするには想像よりも安い値段で出来た事を覚えている。あわよくばプライベートの日帰り旅行で使いたい位安かった。
 俳優陣が席に座り、若木さんがカメラを構え、ウッチーさんがヘッドフォンを装着し、中尾さんがガンマイクを手に取り、ジュンさんがカチンコを開き・・・いやジュンさんは吉井さんに合図を送るため道路脇でスタンバっていたかも知れない。いやそれは名嘉君がたしかやっていたような・・・。
そして、待ちに待った星影のワルツ最初のカチンコが鳴った瞬間、僕は一体何をしていたのだろうか。極度の緊張と恍惚感に包まれ只バスに揺られていただけかもしれない。まるでエキストラの様に。。。
そんな中始まった撮影はバスと吉井さんのタイミングが合わず、運転手に若木さんがディレクションをし微調整しながら何度もテイクを重ねた。
横断歩道の手前で止まる程速度を落として、叔父さんが渡り切り少し歩いてからバスもゆっくりスピードを上げる。
おじさんの後ろ姿を見かけ、そのまま窓の外を見つめ続けるノブの横顔とその後ろで流れ去っていく深い緑の美しい絵。
自分がその時何を考えていたかは全く憶えていないが、その絵が目の前に有った事だけは鮮明に憶えている。

そういえば、この日もう1つだけ鮮明に憶えている事がある。それはここだけの話し、撮影助手が機材を1つスタッフルームに忘れて来ていたという事・・・
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

4月30日 福田 農作業

2007-05-01 00:38:29 | Weblog
自給自足・・・必要とする物を他から求めずに、自分で生産してまかなうこと。
僕らの映画製作はまさに自給自足という言葉がぴったりだった。必要とする物を他から求めずに、自分で生産・・・

浜松では最初、6人のスタッフが生産しなくてはならない物がホワイトボードにぎっしりと書かれ、只それらを1つづつ作り上げなければならなかった。
僕らがまず初めに取りかかったのが、タクジさんが毎日水やりをし耕していた畑の復元。重要なシーンで使うこの畑は亡くなられてから手つかずでもはや雑草のジャングルと化し、人が手を加える事を拒んでいる様だった。

若木さんのお父さんの欣也さんを先頭に、僕とノブは棒の先に円盤が付いた電動農具を使い根元から雑草を刈り、耕耘機と鍬で残った根諸共地面を耕していった。 小さなジャジャ馬のような耕耘機に先導され、のらりくらりと歩かされる時間が堪らなく楽しかった。ここだけの話し映画製作を忘れていた・・・

不意に土の中から雑草と一緒に一本の鶏の骨が出てきた。
「骨が出てきたんですが・・・」
「タクちゃんだろ、昔の人は何でも畑に捨てるからなー」
欣也さんが微笑と共に言った。

穏やかな秋の空気に包まれ、穏やかな時間が僕らの周りを通り過ぎて行った。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

4月29日 福田 衣装2

2007-04-29 00:47:06 | Weblog
目の前に『ナミキ』・・・ついさっき出てきた店も『並木』・・・NAMIKI・・・・
支店にしては近過ぎる。もしやさっきの店主が長男でこっちは次男・・・
僕らは無駄な妄想と期待感を胸に店の中に入って行った。
スーツやシャツが綺麗に並べられた清潔感のある店内には、先の店同様数々の有名人のサインが飾られていた。よく見ると右手奥に飾られているのは鳥肌実先生のサイン!!!!!もはや鼻息が荒くなるどころでは無い!

そんな僕らの気配に気付いたのか、店の奥から糊の利いたシャツに身をくるんだ店主が現れた。どう見てもさっきの店主とは似ていない・・・
すぐさま映画の事を話し、タクジさんのスーツや資料を見せ生地を探してもらう。偶然発見したにもかかわらず、店主が見せてくれた生地サンプルには監督のイメージに近いものが見つかり、さらにボタンの取り付け位置など、当時の作り方で作ってくれると言う事になった。話しはまさにとんとん拍子で進み、僕らは無事こいしさんの衣装を発注する事が出来た。

後日こいしさんフィッティングの日にズボンの太さが細いという事で、若木さんとウッチーさんは大阪から東京にトンボ帰りしズボンのみ発注し直したが、それも映画の中で重要な衣装の1つである為のこだわり。

ちなみに最初の店の『洋服の並木』は我が福田家御用達のテーラー、でも僕の親父はミュージシャンでは無い。。。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

4月28日 福田 衣装

2007-04-28 01:18:33 | Weblog
少し遡って、と言うか書き忘れた事があった・・・衣装の事だ。
映画の製作には必ず衣装さんが居て、俳優の方が着る衣装からエキストラの衣装まで用意してくれる。しかし星影のワルツには衣装さんが居ないと言うか、全員が衣装さんと言うか・・・

僕らは劇中にこいしさんが着るスーツを探さなくてはならなかった。最初実際のタクジさんのスーツはどうかと言う話しにもなったが、やはりサイズが無理で新しく作る事になった。
そしてノブが発見してきたのが、世田谷区梅丘にある『オーダー・モッズスーツ10,000着の実績「洋服の並木」』。店内には溢れんばかりの生地が積み重ねられ、壁にはスカパラ、ミッシェルや電撃のポスターやサイン。足を踏み入れた瞬間、これから出来上がるスーツに期待を膨らませてしまう様な店構え。さすが10,000着の実績。。。 
僕らはタクジさんが実際に着ていたスーツを見せ、同じ様な生地を探してもらった。眼鏡をかけた大柄な店主は積み重なった生地の中から数本を取り出して見せてくれた。
「今うちにあるので一番近いのはこれですかねー。」
「う~ん。。。。。近いけどちょっと違うかなー」
似ていない事も無いが弱冠違うその生地。大事なシーンで着る衣装なだけにこだわりが増す。
数本の生地を見せてもらったがイメージと合わず、結局洋服の並木で作ってもらう事を断念し僕らは外へ出た。また店を一から探さなくてはならなかった。
歩いて最寄りの小田急線梅が丘駅に向かう。弱冠消沈気味の僕らスタッフ。しかし駅前のロータリーで綺麗な店内に生地やシャツが並べられたお店を偶然発見した。どこからどう見てもテーラー!店内から視線を看板に移すとそこには『ナミキ』の文字。
ナ・ミ・キ?

衣装2へ続く・・・
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

4月26日 福田 浦島太郎

2007-04-26 00:19:40 | Weblog
浦島太郎が竜宮城から帰り、浜辺で玉手箱を開けた時現世の時間に戻った様に。公開と言う玉手箱が開いた21日、僕らの夢の様な時間がとうとう記憶になった気がした。
僕らにとって浜松はまさに竜宮城だった。 夢の様な日々。

さっきまで今日何を書こうか迷っていた。いつも通りグラスに氷と酒を入れパソコンに向かう。キーボードに置いた指を動かそうにも今日はなかなか動かなかった。そしてたどり着いた。愛ランド!

クランクインまで後4日と差し迫った2005年10月4日。仕事後、僕らは誰が言い出したか全員でスーパー銭湯に行く事にした。
スタッフルームから車で15分位の所にある「ヘルシー・愛ランド・ハッピー」。調べたら老舗健康ランドらしい。
一台の車に野郎6人が乗り込み向かう。少し古びた建物の愛ランド、十二種類の湯とサウナが疲れた体と心を癒す。服を脱ぎ捨て各自思い思いの湯に浸かる。露天風呂やジャグジーにあたり、少し涼みまた湯に浸かる。さすがに背中の洗いっこまではしなかったが、湯上がりはお揃いの浴衣?に袖を通し記念撮影。この時誰に撮ってもらったか覚えていないが、頼まれた人はさぞ不気味だったろう。ファインダーの中でこんなにもほっこりした野郎の顔を見たのだから・・・
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

4月24日 福田 公開

2007-04-24 23:19:34 | Weblog
先週土曜、待ちに待った『星影のワルツ』公開初日を迎える事が出来た。初めて動き出してから2年半。時には頭の隅で、時には頭一杯に星影のワルツの事を考え続けてきた。長くもありまた短くも感じる日々だった。

まず初めにこの場を借りて『星影のワルツ』に関われた事、そしてかけがえの無い経験をさせてもらえた事を若木さんに感謝したい。
そして夢の様な素晴らしい日々を一緒に過ごせたyoungtreefilms全員にも感謝したい。
最後にスタッフを陰ながら支え、励まし応援してくれたそれぞれの家族や恋人に感謝したい。 ありがとう。

映画『星影のワルツ』は公開されたが、もう1つの『僕らの星影のワルツ』はまだまだ続く訳で、明日からまた頑張ろうと思う。
たしか、やっと浜松入りした辺りだった様な・・・・
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

4月12日 福田 食費

2007-04-12 04:38:00 | Weblog
滞在中の宿泊費が大幅に浮いたと思ったら、今度は食費だ。人間が生きて行くという事は、今や何とお金がかかり大変な事だろう。
一番始めに食費の話しが出たのは、スタッフ全員が大好きなリストランテ・ジョエルで昼食をとろうとメニューと睨み合っている時だった。
「昼飯は全額経費から出すとして、夕飯は一人800円まで出します。800円以上の物を頼んだ人は自腹で払って下さい。」
さすが航海長、財布の紐と一緒に僕らのフンドシまでしっかり絞めてくれる。。。僕はその時フンドシと一緒に首も絞められている様な気分だった。800円でも十二分に食べれるのは分かってはいたが、何せ育ち盛り・・・。大盛りにもしたいし、サラダは付けたい、しょっぱい物の後には甘い物も食べたくなる。お酒も大好きだ・・・まあここまでいくと只のわがままだが、それはさておき一ヶ月半の滞在中7人分全て外食で補うとなると出費は莫大だ。
宿泊施設がホテルや民宿だったら、外食以外の選択肢は無かっただろう。だが僕らにはガスキッチンの付いたスウィートホームが有った。 誰が言い出したかは定かではないが、「じゃあ夕飯は当番を決めて自炊しよう!!」と言う事に反対した人は一人も居なかった。

ご飯にソース。ベトベトしたチャーハン。卵ご飯。ボンカレー。総菜屋のコロッケと千切りまで行かない百切りキャベツ・・・etc....THE 男飯!!

この種の食べ物に僕らは一度も出会わなかった。
コメント (4)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

4月11日 福田 5-4=1

2007-04-11 05:56:10 | Weblog
「じゃあ、今から部屋決めじゃんけんをします。勝った人から好きな部屋を選べます!」
youngtree号には全部で部屋が4つと仕事部屋となっていたリビングが1つ・・・そう新妻が心配していた5-4=1が遂にやって来てしまった。  5.41事件・・・・
「じゃんけん・・・・ポイ!! あいこで・・・・しょっ★」
じゃんけんを文字で表現すると何と間抜けな事か。
ジュンさん、名嘉君が次々と勝ち名乗りをあげる。。。
「じゃんけん・・・・ やったー!!」
ノブ、ウッチーさんと続く・・・・・ 
「じゃんけん・・・・」
気付くともう一人じゃんけんだった。。。右手がチョキで左手がパー。左手がグーなら右手もグーさ! 5-4=僕

部屋が決まるや否や、自分の荷物と布団セットを持って部屋に向かうメンバー・・・ジュンさんは2階のドア付き個室。名嘉君は2階の一番奥の八畳日当たり抜群、眺めも抜群スウィートへ。ノブはリビングとふすま一枚で区切られた二等船室、日当たりゼロ。朝、隣の番犬アラーム付き。ウッチーさんはキッチン隣のフローリング部屋。僕はと言うと、インターネットやり放題、大型テレビ完備のキャノンのビデオカメラいじり放題、ホワイトボードに落書きし放題のやりたい放題四等船室へ・・・

夜デスクワークを終えた順に各々自分の部屋へと帰って行く。僕の向かいではウッチーさんがパソコンと睨み合っていた。ウッチーさんが毎晩遅くまでデスクに座り、色々と計算していたのを覚えている。youngtree号の航海を預かるウッチーさん。僕らの航海長。

「ふくちゃん先寝て良いよ。」
まさか航海長を置いて、その横に布団を敷く事なんて僕には出来なかった。
まあ敷いたとしても眠れなかっただろう。こう見えても以外と神経質なもんで・・・
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

4月10日 福田 低空飛行

2007-04-10 01:20:52 | Weblog
当時のジュンさんの表現を借りると、「低空飛行で飛び始めたスタッフルーム、兼合宿所。」。浜松入りしてすぐの僕らはまさに低空飛行。地面すれすれ、実は飛んでいる気まんまんで地面に足が着いている様なものだった。何せ一軒家をお借りしたが中身は勿論空っぽ、唯一有ったのが大きなテレビとカーテンのみ。僕らは仕事に必要なデスクやボードは無論の事、洗濯機&冷蔵庫から洗濯バサミや風呂桶に至まで手に入れなければならなかった。。。

しかし!!浜松にはそんな僕らを力強くバックアップしてくれる企業が居た!! その名も『生活倉庫』様。御存知無い方も居らっしゃると思うが、何を隠そう本社は浜松市!!溢れんばかりの中古品と溢れんばかりのガラクタ、そして溢れんばかりの愛情を僕らに注いでくれた生活倉庫には本当に感謝したい。
そんな訳で冷蔵庫からデスクまで破格の値段で揃える事が出来た。ただ何故かホワイトボードだけはやけに値段が高かったのを覚えている・・・
さすがに風呂桶などは中古を使う気になれなかったが、現代社会とは何と便利で恵まれている事か、近くに100円ショップ・ダイソーが有るではないか!!

低空飛行には低空飛行なりの飛び方がある★
少しずつスタッフルームの体を成してきたその庭で、僕らは七輪で肉を焼き温かなディナーをとった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加