過行く時間を大切に・・・60歳からの私

膠原病の療養の為に都市を離れ山間地で一人暮らしを始め、ゆったりと流れる時間の中で60歳から見え始めた思いを綴っています。

様々な環境と価値観

2017-04-18 18:41:01 | 読者コメント

Unknown

 (三島)2017-04-18 08:34:34

何もしなくても経済的に心配ない暮らしは羨ましい限りです!!!
そのような恵まれた環境にいられるのに姪っ子さんのように外に出て働きたい人がいるんですね。
皆んなお金に余裕があれば楽したいのが普通ではと思えていたし。
私は外は苦手で仕事が楽しいとか生きがいがあるなど全く経験なしで常に生活の為なので辛いだけで何もしなくても僅かのお金を身内で出してくれる程の余裕があれば為替取引を細々としながら聖書を読んで暮らしたいのが夢で、そのように祈る事も1つですが御心でなければ叶えられないんだろうなと思いながら。


週に3回も元同僚は透析に通っているし障害者になっても昔は働けていたけど週に3回も透析になるとさすがに無理かも。
他にも障害者手当てを受けながら働いている人もいて
週3回ほどの仕事に変えられてしまってもその収入と手当てで生活できるそうです。

始終身体が地獄の苦しみのように痛むのなら気持ちのゆとりなどたちまち奪い去られだろうなと思います。

病院で同室だった女性が、1日置きの透析で通院が困難になってしまったので入院していましたが

亡くなったご主人が多額の生命保険を残してくれたので、一人息子と暮らす為に立派な家を建てた

のですが、息子は一人娘さんと結婚し先様の姓になってしまい、 立派な家から1日置きに透析に

来るのは 地獄の苦しみと言って売却し、病院の近くで2DK位のマンションに住もうと思うと言って

いました。

ユニークなその人は、馬鹿親父! なまじお金なんて置いて行くんじゃないよ!と悪態をつき

デコスケ息子! 嫁の家に入るんだったら透析の承諾書に署名なんかしないで親の位牌を持っていけ!

・・・言いたい放題騒いでいましたが 彼女の言葉は真実かも知れません。

 

身内の事を曝すのは 自分の事を晒すより苦しく、自慢話ではない事を前置きします。

 

兄夫婦は結婚後 なかなか子供に恵まれず不妊治療をしていました。

排卵誘発剤を使ってやっと妊娠したのですが、母体の腎臓疾患の為8か月目の早産でした。

900gにも満たない未熟児で3日しか持たないと言われたらしいのですが、某大学病院の

未熟児センターに搬送し3か月保育器の中でした。2500gになってやっと退院しましたが

母体は入院中で母が兄嫁が退院して来るまで神経を使って養育していました。

 

今のように子供療養費の無料化など無い頃ですから・・・

母は、よく姪の事を「お金で買った命」と表現していました。

姪は極小未熟児だった所為か全ての発育に遅滞があり、学習塾・お稽古事・・

どれも中途半端で止めてしまい兄嫁は「世間並に」とやっきになって家庭教師をつけたり

エレクトーンがダメなら習字・スイミングに通わせるが思うようにならず

只々苛立ち、姪を叱るので心理的に抑圧されて旨く人間関係を築けない、周囲の空気を読めない

子供になり、母は、第2子は無理と思っていたので

姪を私立の学校に入れ 全てお金で解決してきました。

大人が作ったレールの上を走らされる事に喜びも楽しみもなかったのでしょう。

もし、食べるのがやっとの環境であったら、姪の苦しみは違っていたかもしれません。

 

姪にとって 外で働くという事は 家族以外の人間関係を構築する場であり

親の軋轢から解放される事なのです。

以前はどの仕事も半年以上続かずクビになっていましたが、全くめげずに 新聞広告を見て

ファミレスのウエイトレス、スーパーの値札付け、倉庫の仕分け・・・積極的に応募しています。

眉をひそめる兄嫁も次第に理解(?)したのか好きなようにさせるようになりました。

姪は年齢は30半ばでも精神的には十代の夢見る夢子さんで結婚したので、子供が産まれても

親がかりでなければ生活・養育は無理なのです。実家に戻った姪は生活費の感覚は疎く

親のお財布で衣食住が賄われています。

パートで得た数万円は自分が好きに使えるルンルンのお金なのです。

結婚していた時、夫の収入17~8万円では

生活できず、美容院に行きたい・化粧品が欲しい・洋服が欲しい・・・となると

母親に理由を言い、ねだって貰っていたのが、パートで得たお金は自由に使える小遣いなのです。

「私が働いたのよ」と言わんばかりに買い物をしてきます。

 

私が、息子の大学入学の保証人を兄に頼みに行き、書類に書かれていた収入は2千万円でした。

40歳半の信託銀行の支店長の収入です。勤続10年は家族でハワイ旅行券がでました。

土地・家屋は母の財産で家賃が出る訳でもなく、母はそれなりの収入があり

せいぜい食費を折半にしている・・・そのような生活が当たり前と思っていた兄夫婦。

(バブル期は皆そのような贅沢をしていたのかもしれません)

 

兄嫁は 手取りで20万円稼ぐのは大変な時代ということが理解できないのか?

姪の甘えを今も受け入れています。それが本当の幸せかは分かりません。

何が幸せなのか?

兄夫婦が 10年後に健康で居られれば幸いですが、

姪と孫には兄夫婦の介護はおろか、食事も満足に作れないでしょう。

高級老人ホームに行くのかも知れませんが、未成年の孫と娘は親を失った時

お金の価値が分からないまま 使い果たして行くことになるかも知れません。

 

 私が離婚し苦しい生活の時代には生活費の仕送りなど無く、

 世間体を憚って実家に寄せ付けなかった母に

         ほんの少しすねています。

 

 

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