過行く時間を大切に・・・60歳からの私

膠原病の療養の為に都市を離れ山間地で一人暮らしを始め、ゆったりと流れる時間の中で60歳から見え始めた思いを綴っています。

三島さん いつもコメントありがとうございます。

2017-07-29 18:30:37 | 読者コメント

ケアハウスを退去されて正解だったと思います。

 (三島)2017-07-26 17:50:28

ソフィアさんのように人の善を信じ愛情の深い人は同時に物を見る目も厳しくて的確ゆえに反対者には阻害されてゆくような
そういう事を私も常に感じます。
目には見えない阻害者する敵が悪魔に見えてしまう私がゆきすぎですか??
キリストの戒めで復習は神に任せて貴方の敵を愛しなさいという言いつけを守るのは非常に苦しいです。


私自身もケアハウスを出て自分らしくなれたと思っています。一年前の今頃はストレスの限界にきていたように思います。ケアマネさんに公営住宅を申し込み、ケアハウスを出ると話したときは、不安げな顔で心配してくれていましたがケアマネさん自身も施設職員の態度の悪さに立腹していたので私の意思を尊重してくれました。

転居が決まると、福祉用具・ディサービスやヘルパーさんの手配も手早く進めてすぐに生活できるようにしてくれていたので不自由なくスタートができました。

彼が私のケアマネになって5年が経ちますが、本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。大学病院に転院した時も頻繁におこる原因不明の腹痛で 国立医療センターに初診で行くときも同行してくれ、共にドクターの説明を聞いてくれるきめ細やかな対応で私の身体状況を把握することに努めて

今、こうして通院しながらでも一人で穏やかに暮らせるのは彼のおかげと思っています。目に見えない加護の力が彼とめぐり合わせてくれたのでしょうね。

今回介護認定で要介護1で期間は2年とでたことから昨日、担当者会議を我が家で行ったのですが、誕生日の話から偶然にも彼のお母さまが私より1歳年下で誕生日が同じと知りました(大腸がんで他界されていますが)

偶然とは言え、不思議な縁を感じています。


私の入居していたケアハウスが特別 質が悪かったのかもしれませんが大なり小なり、施設とは見知らぬ者が一つ屋根の下で暮らし同年代でも抱える疾病も違い、家族関係も経済的事情も様々ですから、分かり合えるまでにはいろいろな事に心痛める所と学習しました。職員も様々です。抱える病気を理解している職員ばかりではなく・・・私は年齢的にも職員とあまり変わらず外見から一目瞭然できる疾病ではなく体調に波があるので、体調が思わしくない時など、ベッドにぐったりとしていると「だらしない」「わがまま」と罵倒されることもこともあったり・・・・・。

「みんなの介護」サイトを閲覧していて、「施設」を過大評価をしている印象が感じられてなりません。施設は家族に代わって至れりつくせり面倒を見てくれる所では無く、むしろ危険が潜む住まいであることを実感しています。ほんの少し手伝いがあれば自立して暮らせる方々が、先々不安なだけで(万が一のアクシデントや、一人暮らしの不安は誰にでもあることです)安易に施設生活を試行錯誤しているコメントを読むと かつての苦い思い出がよみがえってきます。

施設の先はあの世に続く道でしかない待合室なのに・・と。      ケアハウスを脱走してきた私はそう思いながらサイトを読んでいます。

 

   この身に不自由があろうとも

     四季を愛でる喜びと、食を楽しむ喜びを

      いついつまでも 我が楽しみとして歳を重ねん


 




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