過行く時間を大切に・・・60歳からの私

膠原病の療養の為に都市を離れ山間地で一人暮らしを始め、ゆったりと流れる時間の中で60歳から見え始めた思いを綴っています。

医療の現場・・・麻痺している医療従事者

2017-03-07 16:05:49 | 読者コメント

 

身分の高い人が立派とは限らない。

 (三島)2017-03-06 23:21:57

医師にしろ言うまでもなく全能ではなく見落としや腕の悪いのやら悪魔のような医師もいるから常に患者も注意する必要がある事はソフィアさんも書かれていたとおりです。
どうしても腑に落ちないなら医師を変えてみる勇気が必要ですよね。
かかりつけ医は癌を見つけられずどうしても具合が悪いから別の医師に見てもらった所癌が発見されたなんていう話もあります。

飲まなくて良い薬を追加したり、打たなくても良い注射をして儲けを出す医師もないとは限らず、妹もそう言っていた事があります。
病院でのフルタイム勤務の看護師歴は40年以上になり
色々見てきたかと言えばそうとも言えないと思います。
人はその場にいる限りは見えない事は色々で時間の余裕が出てきた時に過去のいろんな事が見えてきますしね。
色々見えてきた時はすでに時の人ではなく過去の人間で何の力も持たない無能力者同然に扱われるだけです。
今の自分自身がそういう気がしてなりません。

社会的評価の高い職業人達に対して
あなた方は聞くには聞くが決して悟らない。
立派な事を言うけど決して自分は実行しない。
とイエスが偽善の宗教家や律法学者を非難したことで分かるように身分の高い人が正しいとか立派では決してないって事です。

ドクターがレジデントでも30年の臨床経験があっても一律に「先生」と

呼ばれるですよね。

心から信頼して

「先生」と呼ぶにふさわしいドクターに出会う事は希少なことです。

開業医は、「ちょっと?」と思ったら行かなければいいのですが、

大学病院などでは特別記名紹介状があれば別ですが

患者がドクターを選べないもどかしさを感じています。

 

D大学病院の膠原病の担当医が昨年夏頃から、

しばしば 「学会」と言って留守がちでした。

私が肺炎で入院中も1回だけ顔を出してくれましたが、

レジデントの女医に任せて

退院後の最初の診察はひと月後・・これも「学会」が理由でした。

 

2月から大学病院の体制が変わり各診療科の一覧が出てびっくり

今まで各診療科に教授が一人か二人、准教授そして医員が数多くいたのですが

新しい表には、医員だった方が助教授の肩書になっているのです。

(仕事の内容は教授の研究の助手らしいのですが・・・)

「学会」を理由に診察日が極端に制限されて

体調不良で病院に行っても代診のドクターだったのは

助教授になる為の単位を取るのに必要な授業を受ける為だったようです。

 

「大学病院は研究をするところ

 開業医は積み重ねたキャリアで診療するところ」と聞いていますが

なるほど・・・と思う場面によく合います。

 

過去の患者達に施された投薬や手術の経験があって、

今の医療の進歩に繋がっているのは分りますが

言葉巧みに、新薬や新しい検査機器を使いたい気持ちが感じ取れ

チョット怖い経験をした事があります。

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 明日は国立医療センター受診です | トップ | ドクターの顔を見るだけで・... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

読者コメント」カテゴリの最新記事