ある美容師の戯言

今回は、美容師という職業で悟り?を学ぶ男のブログ

2014年01月29日 | 

 

鹿児島に帰る途中で見えた富士山

 

 

やっぱり雪をかぶった富士山が綺麗ですね。

 

 

_b_l___b_2

 

 

そして、鹿児島空港に着陸する時に見えた、高千穂

 

 

九州には高い山が無いけど、小さい山が多いです。平地的な所に高千穂だけがポッコリでています。

 

 

ニニギノミコトが高千穂に降りたのはわかるような気がした

 

 

_b_l___b_1

 

 

今回、時間があれば平和特攻記念館に寄って帰ろうと思っていたけど無理でした。

 

国のために、いやいやながらも参戦し戦う先祖たち。この記事は、そんな理由をわかりやすく書いているのじゃないかなと思います。

 

 

http://asread.info/archives/299

 

「真実を見つめ、明日を正しく読み取る」 ことを目的として立ち上げられたニュースサイトASREAD より

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

リナティラに配合されてるフルボ酸

2014年01月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 

最近良く耳にするフルボ酸

 

2009年12月に、(株)バオバブの 「フルボ酸」 が、世界共通全成分表示インキコードを取得しました。(15年前から、植物などが微生物により分解される最終生成物に着目)

 

 

これにより、化粧品成分 「フルボ酸」 が誕生しました。

 

 

ですから、 「フルボ酸」 という言葉、表記できるのは、(株)バオバブだけです。

 

 

他のメーカー等が勝手に使用してはいけないのですが、訴えた所で罰則もない状態で野放し状態になっているのが現状です。

 

 

そこで、フルボ酸含有と宣伝している商品の含有量の見分け方をお教えする前に、フルボ酸の事を説明します

 

 

・ フルボ酸は、落ち葉などを微生物が分解したものを更に分解、更に分解、と何回も繰り返し100年から1000年以上かけて生成される貴重な物質です。

 

・ 抗酸化作用にすぐれ、体の活性酸素を体外に排出することに優れ、老化を遅らせる作用があります。

 

・ ミネラル等を沢山の触手で捕まえ、体内に吸収しやすくする作用を持ちながら、体に害のある不必要な物質の排出をしてくれます。

 

・ 分子量が小さいため、体内吸収や経皮吸収にも優れています。高い生理活性を示し、体内酵素活性や細胞活性に大きく貢献します。

 

 

つまり天然の動植物の成長ホルモンであり、天然の病気予防薬となりうるのがフルボ酸だといえます

 

 

以下の写真は、たった0.01gのフルボ酸原料

 

黒い粉末です

 

_b_l___b_1

 

 

コレを30mlの水に溶かすと、

 

こんな茶褐色になります

 

_b_l___b_2

 

 

そうです。フルボ酸を含有していれば、液体は茶褐色になっていなければおかしいのです。(フルボ酸を漂白することはできない)

 

 

リナティラの色が茶色いのは、バオバブエキストラの本物のフルボ酸をしているからなのです。というよりも、製造をプロディースしているのがバオバブエキストラなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

国に住むこと

2014年01月23日 | 日記・エッセイ・コラム

 

「永遠のゼロ」に対して、否定的なコメントも最近でてくるようになった。

 

 

人の意見は自由で良いと思う

 

 

私も、個人的に勝手に書こう、、、

 

 

人は 私的と公的 に生きることが求められる。

 

 

公的とは自分の住む国の為だ。

 

 

戦争は絶対に避けなければいけないけど、致し方なく戦争に突入したなら、その国の国民として戦わなければならない。

 

 

いやいや、戦地に赴かなければならない。公的に生きることを義務付けられ拒否なんてできない。

 

 

そうやって、嫌々ながら兵隊として私的に生きることを許されず公的に生かされ国の為に死んだ英霊だけが靖国に祀られる

 

 

現代の公務員も、公的に生きねばならない。日本国の為、日本国民の為に生きねばならない。私的に行きたければ民間に就職すれば良い。

 

 

今の公務員や政治家は、公的に生きねばならない。という心がまえが有るだろうか?

 

 

だから、公立の教師が 君が代 を歌うことは当然で、嫌なら私立の学校で働けばいい

 

 

日本は、真摯に公的に生きた人を尊敬する国でなければいけない。

 

 

 

 

 

特攻隊に捧ぐ

坂口安吾

数百万の血をささげたこの戦争に、我々の心を真に高めてくれるような本当の美談が少いということは、なんとしても切ないことだ。

 

それは一に軍部の指導方針が、その根本に於(おい)て、たとえば「お母さん」と叫んで死ぬ兵隊に、是が非でも「天皇陛下万歳」と叫ばせようというような非人間的なものであるから、真に人間の魂に訴える美しい話が乏しいのは仕方がないことであろう。

 

けれども敗戦のあげくが、軍の積悪があばかれるのは当然として、戦争にからまる何事をも悪い方へ悪い方へと解釈するのは決して健全なことではない。

 

たとえば戦争中は勇躍護国の花と散った特攻隊員が、敗戦後は専(もっぱ)ら「死にたくない」特攻隊員で、近頃では殉国の特攻隊員など一向にはやらなくなってしまったが、こう一方的にかたよるのは、いつの世にも排すべきで、自己自らを愚弄ぐろう)することにほかならない。もとより死にたくないのは人の本能で、自殺ですら多くは生きるためのあがきの変形であり、死にたい兵隊のあろう筈(はず)

 

我々はこの戦争の中から積悪の泥沼をあばき天日にさらし干し乾して正体を見破り自省と又明日の建設の足場とすることが必要であるが、同時に、戦争の中から真実の花をさがして、ひそかに我が部屋をかざり、明日の日により美しい花をもとめ花咲かせる努力と希望を失ってはならないだろう。

 

 私はだいたい、戦法としても特攻隊というものが好きであった。人は特攻隊を残酷だというが、残酷なのは戦争自体で、戦争となった以上はあらゆる方策を傾けて戦う以外に仕方がない。特攻隊よりも遥(はるか)にみじめに、あの平野、あの海辺、あのジャングルに、まるで泥人形のようにバタバタ死んだ何百万の兵隊があるのだ。戦争は呪(うべし、憎むべし。再び犯すべからず。その戦争の中で、然(しか)し、特攻隊はともかく可憐(かれん)

 

 戦法としても、日本としては上乗のものだった。ケタの違う工業力でまともに戦える筈はないので、追いつめられて窮余の策でやるような無計画なことをせず、戦争の始めから、航空工業を特攻専門にきりかえ、重爆などは作らぬやり方で片道飛行機専門に組織を立てて立案すれば、工業力の劣勢を相当おぎなうことが出来たと思う。

 

人の子を死へりたてることは怖(おそ)るべき罪悪であるが、これも戦争である以上は、死ぬるは同じ、やむを得ぬ。

 

日本軍の作戦の幼稚さは言語同断で、工業力と作戦との結び方すら組織的に計画されてはおらず、有力なる新兵器もなく、ともかく最も独創的な新兵器といえば、それが特攻隊であった。

 

特攻隊は兵隊ではなく、兵器である。工業力をおぎなうための最も簡便な工程の操縦器であり計器であった。私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづける者であるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、疑ったところで、タカが知れており、分りきっているからだ。

 

要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。

 

疑るな。

 

そッとしておけ。

 

そして、卑怯(ひきょう)だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。彼らは自ら爆弾となって敵艦にぶつかった。

 

否(いな)、その大部分が途中に射ち落されてしまったであろうけれども、敵艦に突入したその何機かを彼等全部の栄誉ある姿と見てやりたい。

 

母も思ったであろう。恋人のまぼろしも見たであろう。自ら飛び散る火の粉となり、火の粉の中に彼等の二十何歳かの悲しい歴史が花咲き消えた。

 

彼等は基地では酒飲みで、ゴロツキで、バクチ打ちで、女たらしであったかも知れぬ。やむを得ぬ。死へ向って歩むのだもの、聖人ならぬ二十前後の若者が、酒をのまずにいられようか。せめても女と時のまの火を遊ばずにいられようか。ゴロツキで、バクチ打ちで、死を怖れ、生に恋々とし、世の誰よりも恋々とし、けれども彼等は愛国の詩人であった。いのちを人にささげる者を詩人という。唄(うた)う必要はないのである。

 

詩人純粋なりといえ、迷わずにいのちをささげ得る筈はない。

 

そんな化物はあり得ない。その迷う姿をあばいて何になるのさ何かの役に立つのかね?我々愚かな人間も、時にはかかる至高の姿に達し得るということ、それを必死に愛し、まもろうではないか。

 

軍部の偽懣(ぎまん)とカラクリにあやつられた人形の姿であったとしても、死と必死に戦い、国にいのちをささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか。
 

私は無償の行為というものを最高の人の姿と見るのであるが、日本流にはまぎれもなく例の滅私奉公で、戦争中は合言葉に至極簡単に言いすてていたが、こんなことが百万人の一人もできるものではないのである。

 

他のためにいのちをすてる、戦争は凡人を駈(か)って至極簡単に奇蹟(きせき)を行わせた。

 

私は然しいささか美に惑溺(わくでき)しているのである。そして根柢(こんてい)的な過失を犯している。私はそれに気付いているのだ。

 

戦争が奇蹟を行ったという表現は憎むべき偽懣の言葉で、奇蹟の正体は、国のためにいのちを捨てることを「強要した」というところにある。

 

奇蹟でもなんでもない。無理強いに強要されたのだ。これは戦争の性格だ。その性格に自由はない。かりに作戦の許す最大限の自由を許したにしても、戦争に真実の自由はなく、所詮(しょせん)兵隊は人間ではなく人形なのだ。

 

人間が戦争を呪うのは当然だ。

 

呪わぬ者は人間ではない。

 

否応なく、いのちを強要される。私は無償の行為と云(い)ったが、それが至高の人の姿であるにしても多くの人はむしろ平凡を愛しており、小さな家庭の小さな平和を愛しているのだ。かかる人々を強要して体当りをさせる。

 

暴力の極であり、私とて、最大の怒りをもってこれを呪うものである。

 

そして恐らく大部分の兵隊が戦争を呪ったにきまっている。けれども私は「強要せられた」ことを一応忘れる考え方も必要だと思っている。なぜなら彼等は強要せられた、人間ではなく人形として否応(いやおう)なく強要せられた。

 

だが、その次に始まったのは彼個人の凄絶(せいぜつ)な死との格闘、人間の苦悩で、強要によって起りはしたが、燃焼はそれ自体であり、強要と切り離して、それ自体として見ることも可能だという考えである。否、私はむしろ切り離して、それ自体として見ることが正当で、格闘のあげくの殉国の情熱を最大の讃美を以(もっ)て敬愛したいと思うのだ。

 

強要せられたる結果とは云え、凡人も亦(また)かかる崇高な偉業を成就(じょうじゅ)しうるということは、大きな希望ではないか。

 

大いなる光ではないか。

 

平和なる時代に於て、かかる人の子の至高の苦悩と情熱が花咲きうるという希望は日本を世界を明るくする。ことさらに無益なケチをつけ、悪い方へと解釈したがることは有害だ。美しいものの真実の発芽は必死にまもり育てねばならぬ。

 

私は戦争を最も呪う。

 

だが、特攻隊を永遠に讃美する。その人間の懊悩(おうのう)苦悶(くもん)とかくて国のため人のためにささげられたいのちに対して。

 

先ごろ浅草の本願寺だかで浮浪者の救護に挺身(ていしん)し、浮浪者の敬慕を一身にあつめて救護所の所長におされていた学生が発疹(はっしん)チフスのために殉職したという話をきいた。私のごとく卑小な大人が蛇足する言葉は不要であろう。私の卑小さにも拘(かかわ)らず偉大なる魂は実在する。私はそれを信じうるだけで幸せだと思う。

 

青年諸君よ、この戦争は馬鹿(ばか)げた茶番にすぎず、そして戦争は永遠に呪うべきものであるが、かつて諸氏の胸に宿った「愛国殉国の情熱」が決して間違ったものではないことに最大の自信を持って欲しい。
 

要求せられた「殉国の情熱」を、自発的な、人間自らの生き方の中に見出(みいだ)すことが不可能であろうか。それを思う私が間違っているのであろうか。

 

馳な花であったと私は思う。

 

智能(ちのう)はないけれども、若者の胸に殉国の情熱というものが存在し、死にたくない本能と格闘しつつ、至情に散った尊厳を敬い愛す心を忘れてはならないだろう。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

かぐや姫

2014年01月22日 | 日記・エッセイ・コラム

 

映画、かぐや姫

 

 

かぐや姫って、こんなに奥深い物語だったのかと、今更ながら気づかされました。

 

 

見てない人には是非ともおすすめな映画です。

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

宮沢賢治

2014年01月17日 | 短歌、俳句、本

 

全く内容を覚えてないけど、題名だけは覚えてる宮沢作品。。。

 

 

最近、ちょっと読んでみた

 

 

こんな話だったっけ、、、と新たな気持ちで読んでいる。

 

 

「銀河鉄道の夜」もあらためて読むと、

 

 

ジョバンニは、いじめられっ子で、カムパネルラ君は、いじめるグループに属す気が優しい子。この頃でもいじめはあったんだね。「夜鷹の星」なんていじめられすぎ。。。

 

 

それと、結構ブラックが入混ざる作品ですね。

 

 

宮沢賢治は童貞で人生を終えたくらいの仏教信者だったみたいだけど、欧州で生まれてたらグリム童話のような作家になっていたんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

嬉しい事

2014年01月16日 | ブログ

 




今日、新規のお客様をカットしてたら、いきなり泣だしてしまわれました。

 



 





しまった。切り過ぎたんだ。と、心が動揺し、、、

 



 




ながらも、

 


 






「・・・ど、どうか、されました?」

 



 





と聞くと、

 



 





「私は、人に尽くしてばかりで大事にされてないので、嬉しくて、、、」

 



 




「・・・?」

 



 




「こんなに丁寧に、私の髪を切ってもらって、どんどん良くなっていく自分を見てたら、つい涙がでてしまいました」

 



 




「そうだったんですね。それは良かった。私は、勝手に切り進めていたので、つい切りすぎてしまったのかと思いましたよ」

 



 





今まで腕を磨き続けて良かった。まだまだ、これから先このような事が増えそうな気もする。美容師の本当の醍醐味を味わうのは、これからなのかもしれない?

 



 


少ないお客様で良い。感動してくれる人がいる

 



 






調子にのらず愚直に一歩一歩進んでいこう。

 



 



 




 







コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2/25のイベント

2014年01月15日 | 日記・エッセイ・コラム

 

色々な技能を有するアーティスト達

 

 

そんなジャンルを超えて、一つのイベントを作る

 

2

 

 

前売り1800円+1ドリンクです。興味ある方は是非ごらんください。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

カッコ悪い

2014年01月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 



今年は、自分のために時間を使おうと思っていたのに、、、。

 



 


どんどん、休日のスケジュールが埋まってく。。。

 



 


イヤだなぁ。

 



 



 



 



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

学ぶ

2014年01月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 

インプットし続ければ、器から溢れでて自然とアウトプットしてしまう

 

 

感性を磨く=知識?経験

 

 

知識は、人から、本から学ぶ

 

 

経験は、旅して学ぶ、その土地の匂い、音、風、生活風景など体感する。

 

 

美容室は、人が来てくれる。人から学ぶには、そのような人がお客様に来てもらえるのと一石二鳥。。。

 

 

本から学ぶは、習慣にしなければ無理だね。

 

 

旅は好きだね。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新年あけましておめでとうございます。

2014年01月01日 | ブログ

 

本年もよろしくお願いします。

 

1

 

 

今年も、那智山の青岸渡寺で、護摩焚き御祈祷お願いします。

 

 

毎年の事なので、名前を覚えてもらえてました。

 

 

ご利益も有りそう。

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加