ある美容師の戯言

今回は、美容師という職業で悟り?を学ぶ男のブログ

「死ぬ」というより「消える」感覚

2017年11月13日 | 日記・エッセイ・コラム
実家に帰ると、親父が1人





私が子供の頃には、祖父、祖母、父、母、4兄弟、更に、時折おじ、おばや母方の祖父母達が来たりして賑わっていた。




しかし、今では親父が1人。






椅子取りゲームの様に、1人づつ死んでいった。





今年も、義理の姉さんが亡くなった。





18才で鹿児島を離れて、鹿児島に帰るのは1年365日のせいぜい5日くらいだろうか。。。





だから、誰かが死んだ。と連絡は突然やってくる。衝撃と悲しさで心が荒波の様に騒ぐけど、現実的な毎日の生活に存在していない家族や親戚




しかし、実生活に存在していなくても生きている以上、母には無意識に自慢できる息子である様に生きてたと思うし、義父にしても優しい婿と呼ばれたいと思っていたように思える。





死んでも生きてても私の実生活は然程変わらないけど心の有り様は激変する。




でも、肉体的には然程影響は受けていない。のも事実




そのため、死んだ。と連絡を受け心は激動しても体の実生活は然程変わらないのだ。




その為、死んだ。という現実は、逆に彼らは肉体から解放されいつ何処でも見られている感は強くなる。




それを、霊や魂というのだろうし意識するのだろう




しかし今回、14年5ヶ月24時間ほぼ生活を共に過ごしたレティという家族を亡くして新たに分かった事は、




「死んだ」というより「消えた」と表現する方がしっくりくると、、、。




そして、実は人も徐々に消えていくんだ。




と、、、。




そして、私もいずれ消えるんだ。と、、、いう事













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