イスラエルソング

イスラエルの歌手、作曲家、作詞家の方々の訪問記。

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「バシャナー ハバア」の作詞者が話した本当の意味

2016年12月31日 | イスラエルの歌
(写真左 エフード・マノール氏 亡くなる6か月前)


「バシャナー ハバア」と言う歌は
来年こそ!どんなに素晴らしい年となるだろう!
と言った希望に満ちた歌です。


この作詞者イスラエルの代表的作詞家
エフード・マノール氏に
2005年私は彼の代表曲の「バシャナー ハバア」
の曲について取材しました。


7年前に「みるとす」誌にも書いたので
重複する部分もあるが
少しだけそのことを書きます。


レストランでランチしながらの取材になった。
エフードさんの話す速度はゆっくりゆっくりだ。
それは相手のことを考えてのことである。




「いつから作詞を始めたかって?
ボクが作詞をはじめたのは
14歳の頃だった。
アメリカの歌にあこがれ、英語の歌に
ヘブライ語を当てて詩を作り始めたんだ。
しかしボクが15歳のときに、
そのいちばん精神的な支えとなっていた
父親が亡くなり大ショックだった。

続いて1968年には最愛の弟までも
戦争(スエズ運河)で亡くしてしまい、
ボクはもう立ち上がれないほどの
ダメージを受けたんだ。
ヨシヤ、分かるだろ?
実はそんな悲しみの中から
『バシャナー ハバア』の曲を作った」


「えっ?バシャナー ハバアって
来年こそは素晴らしい年になるんだろう
といった希望の歌なのでは?」
私は思わず聞き返した。


彼は目をつぶり
腕を組んだままポツリポツリと話し始めた。


「そう。もちろんこの歌は希望の歌だ。
しかしボクにとっては違う意味を含んでいるんだ」


「違う意味?」


「そうだ、現実には
父と弟は死んでいるのだから
絶対に会えない。
そうだろ?
しかしどうしても会いたいんだ。
もう一度家族と一緒に。






(歌詞の海岸沿いとはカイザリヤの海岸)


そんなかなわぬ願いを歌に託して、
比喩的表現を使って作ったんだ。
つまり反語なんだ。
『バシャナー ハバア』の歌は
来年に向かっての喜びの歌であるとともに、
ボクにとってはの父親や弟に対する、
深い熱い思いが込められた魂の歌んだ」。


「ヨシヤ、今ボクが言ったことが理解できたか?」
「済みません。いや、正直よく分かりません」
「なぜ謝る?謝らなくてもい。・・・無理もない」
「そんな、こんなことイスラエルの人たちも知らないのでは?」
「そうだ、ほとんど知らない」

「え そんなこと私が聞いていいんですか」


「もちろんだ。ヨシヤがイスラエルの音楽を学ぶ
においてはこういうことも聞いておいた方がいい。
イスラエルの音楽には複雑な側面がある。
ユダヤ民族が歩んだ迫害の歴史もあり、
どんな楽しい明るい曲でもどこかに悲しみ、
寂しさを秘めているんだ」




レストランで食事をしながらの取材だったが、
あっという間にすぐに人々
に囲まれてしまうほどだった。
司会業、翻訳などもされ、有名な方だったからだ。


そのイスラエルの代表的作詞家
エフード・マノール氏が
亡くなられてもう11年が経つ。


もちろんこの歌は
「来年こそどんなに素晴らしい年となるだろう!」
という希望の歌である。
その一方、作者にはこういう思いもあるのだということも
知っていただきたいと思って書いた。


最後一言書いてもらったが、
「シャローム、レヒトラオット」の文字が
現実になるとは・・・






うーん、やっぱり寂しいね。






















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