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田中角栄の基礎知識19小佐野賢治

田中角栄の基礎知識

20-19

小佐野賢治

ロッキード事件で注目された『刎頚の友』の知られざる正体。

小佐野賢治は昭和の時代に生きた実業家、政商である。あのロッキード事件では証人喚問され『記憶にございません』となんども答弁し、有名になった。

小佐野はメディアに「角栄の刎頚の友」と書かれ、裏仕事を辞さない黒幕としてのイメージが定着したが、実際のところ、角栄との関係がそこまで深かったと証言する側近は皆無だった(早坂茂三によれば、角栄の刎頚の友と言えるのは、まだ10代のころからともに肉体労働に従事した入内島金一のみだという)そうで、小佐野との真実の関係ははっきりしていない。

 戦後に『国際興業』を設立した小佐野はホテルやバス事業で事業を拡大、1950年角栄が社長を務める長岡鉄道(現・越後交通)のバス部門に食い込み、角栄との親交を深めたとされる。

 小佐野は戦後の大物右翼として知られた児玉誉士夫とも友人関係にあり、ロッキード事件では証人喚問された。だが小佐野は何も語らぬまま、1986年に死去している。

1972年のこと、総理を目前にした角栄に対し、秘書の早坂茂三と麓邦明の二人が覚悟の進言をしたことがあった。

「オヤジさん、話があります」

『なんだ、話してみろ』

「小佐野賢治さんと今のうちに手を切ってください。これから総理を目指すという折、福田赳夫は必ずこの部分を狙ってくるでしょう」

角栄は笑い、真顔になった。

『政治にはカネがかかる。池田勇人や佐藤栄作も危ない橋を渡ってきた。

きれいごとでは済まないんだ。必要な金は俺が血の小便を流してでも作る。君らはただそれを仕事にいかしてくれ』

戦後の「黒幕」と呼ばれた男たちとの「友情」とは一体どのようなものだっ

たのか。それは昭和史永遠の謎である。20-20へ続く。

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