日々の感じた事をつづる
永人のひとごころ
プロ・ゴルフの賞金王とは?
プロ・ゴルフの賞金を提供しているのは当然ながら、企業である。提供する企業の目的は宣伝の為である。参加選手は成績に応じて、賞金を獲得する。その年の最も多くの賞金を獲得した人物が、『賞金王』と呼ばれるのである。
従って、賞金提供の各企業は、選手たちの生活そのものを支え、プレイによる賞金以外にも各種のCM料を契約選手に支払っている。
例えば、石川 遼選手などは、帽子にトヨタやパナソニックなどの文字を書き込ませ、プレイ中、テレビカメラが彼を追いかけると、ブラウン管を通じて全国の茶の間にトヨタ、パナソニックの文字が流れる。これがコマーシャルの基本である。プレイの成績に無関係で、契約選手の収入に成るのである。
そうした企業群を支えるのは誰か、その企業の消費者ということに成る。
当然選手は、契約企業の後ろにいる消費者を意識しなければならないはず
だが、現実にはその意識は低いと思わざるを得ない。
その意識があれば,ふてくされ発言や、ゴルフパットの地面への叩きつけなど、テレビカメラの前で出来る筈が無いし、やるはずもない。
相撲社会でケガ防止のために駄目押しを禁じているにも拘らず、勝負が着いた後、さらに土俵外に突き飛ばしたり、駄目押しをする朝青龍のように
『強ければ何をやってもいい』というのは、礼節、品位などの面で許されないのだが、相変わらず、今場所も駄目押しが見られる。
これは朝青龍〔36画・大凶〕という人間性の問題である。強ければ何をやってもいい、と云う見方を日本人は持っていない。横綱の強さは勿論だが、強いだけではない『人間味』をも評価するのが日本人である。
北京オリンピックで金メダルを獲得した柔道の石井 慧〔いしい・さとし・人格19画:大凶〕選手も、それまで彼を育ててくれた先輩や恩師、仲間、多くの練習相手などに感謝の気持ちも忘れたかの如くの,横柄な態度、発言が見受けられ、その驕慢さが多くのファンを彼から遠ざけてしまった。
石川 遼プロは、19、22、27画という、大凶悪数を持っているので、今後も批判される言動があるはずだ。これは姓名画数が変らぬ限り改めようも無いが、
『賞金は消費者の手から企業へ渡ったもの』が原資であり、つまりは、消費者は同時に、プロゴルフのファンでもあることから、賞金獲得者はせめてそれらに対しての『謙虚さと感謝の気持ち』を忘れては成るまい。
『稔るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂かな』
従って、賞金提供の各企業は、選手たちの生活そのものを支え、プレイによる賞金以外にも各種のCM料を契約選手に支払っている。
例えば、石川 遼選手などは、帽子にトヨタやパナソニックなどの文字を書き込ませ、プレイ中、テレビカメラが彼を追いかけると、ブラウン管を通じて全国の茶の間にトヨタ、パナソニックの文字が流れる。これがコマーシャルの基本である。プレイの成績に無関係で、契約選手の収入に成るのである。
そうした企業群を支えるのは誰か、その企業の消費者ということに成る。
当然選手は、契約企業の後ろにいる消費者を意識しなければならないはず
だが、現実にはその意識は低いと思わざるを得ない。
その意識があれば,ふてくされ発言や、ゴルフパットの地面への叩きつけなど、テレビカメラの前で出来る筈が無いし、やるはずもない。
相撲社会でケガ防止のために駄目押しを禁じているにも拘らず、勝負が着いた後、さらに土俵外に突き飛ばしたり、駄目押しをする朝青龍のように
『強ければ何をやってもいい』というのは、礼節、品位などの面で許されないのだが、相変わらず、今場所も駄目押しが見られる。
これは朝青龍〔36画・大凶〕という人間性の問題である。強ければ何をやってもいい、と云う見方を日本人は持っていない。横綱の強さは勿論だが、強いだけではない『人間味』をも評価するのが日本人である。
北京オリンピックで金メダルを獲得した柔道の石井 慧〔いしい・さとし・人格19画:大凶〕選手も、それまで彼を育ててくれた先輩や恩師、仲間、多くの練習相手などに感謝の気持ちも忘れたかの如くの,横柄な態度、発言が見受けられ、その驕慢さが多くのファンを彼から遠ざけてしまった。
石川 遼プロは、19、22、27画という、大凶悪数を持っているので、今後も批判される言動があるはずだ。これは姓名画数が変らぬ限り改めようも無いが、
『賞金は消費者の手から企業へ渡ったもの』が原資であり、つまりは、消費者は同時に、プロゴルフのファンでもあることから、賞金獲得者はせめてそれらに対しての『謙虚さと感謝の気持ち』を忘れては成るまい。
『稔るほど頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂かな』
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『泥棒様へ。盗んで食べたら食あたりしますよ!!』
とでも書いておいた方が良いと思います。丹精込めて作った野菜を畑から持っていかれる農家の方の気持ちは良く解りますが、立て札の表現は難しいものですね。・・・近所の玄関先に『犬を飼う資格無し!!』という張り紙を見ましたが、いつも散歩させながらその場所でフンをさせる不心得の飼い主が剥がして行ったのか、半月ほどでなくなっていました。公衆道徳の欠乏という、ヒドイ世の中になってしまったものですね。永人