ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。上手下手は問題外。絵を媒介に、落ち着いて、伝え、語ることが目的です。

久しぶりに対人で碁を打つ

2017年08月05日 | 日記

  ワルナスビです。秋になるとナスに似た小さな実をつけます。食べられません。

 久々に対人で囲碁を打った。普段はコンピュータ・ソフトを相手にしているので、感覚がうまく働かなかったが、それでもソフト相手とは違った楽しみが味わえた。で、ソフトと対人ではどこか違うのか。

 将棋界では中学生棋士の藤井聡太君の活躍が話題だが、その核心はコンピュータを如何に活用するか、ということになっているようだ。私の囲碁将棋は全くの素人の嗜みであるから、比べるべきことではないのだが、コンピュータ・ソフトについて思うことがあるので、いくつか感想を記しておく。

 人とコンピュータの違いの第一は、考える時間が全く違うこと。容量の大きくなったソフトは、瞬時に指し手を選ぶ。昔、まだ不備だった頃のソフトは反応時間が若干長く、おお、コンピュータが考えている、などと揶揄したものである。ところが今は違う。普通に対局すると、20分で終局。対人の場合は、通常、1時間以上かかる。というのも、碁は終局まで、だいたい250~300手と手数が長いからである。短い時間で対局ができるソフトは、記憶力旺盛な反面、蓄積がない中学生くらいが学ぶには格段に有効だと思う。

 第二にはコンピュータは筋がいい、ということである。変な手は打たない。情勢判断も正確である。これも上達していく上で有効だ。対人の場合、一番厄介なのが、筋悪、情勢判断の曖昧さに悩まされることである。当然投了となってしかるべきなのに、いつまでもぐずぐず打ち続ける。だから、相手に恵まれないと上達しない。

 第三は、コンピュータには「待った」ができることである。あれ、おかしいなと思ったら、何手か後戻りできる。対人ではこんなことはできない。そして全局、並べ返すことができる。プロの対局では「検討」と言って、最初から並べ替え、指し手の良し悪しを検討することが礼儀だが、素人ではこれができない。最初から最後まで覚えきれないからである。

 とはいえ、ゲームとしての楽しさは、対人のほうが数段勝る。勝負の興奮はソフトでは味わえないものがあるのだ。しかし、そんな対局も、多くて2~3局まで。あとは思考力が鈍り、惰性になる。囲碁将棋に限らず、麻雀、競馬など、勝負ごとは、ギャンブラーではないかぎり、楽しさの限度を越えない自制が大切である。【彬】

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