吉岡昌俊「短歌の感想」

『現代の歌人140』(小高賢編著、新書館)などに掲載されている短歌を読んで感想を書く

書いている自分の罪深さ

2016-10-17 00:12:04 | 日記
女一人(をんなひとり)罪にしづみてゆく経路その断片を折々聞けり
佐藤佐太郎『帰潮』

「女」は、この人の知り合いだろうか、あるいは面識のない人だろうか。この歌の淡々とした文体からは、“よく知らないとくに関心の無い人についての話が、たまたま耳に入ってきた”というような印象を受けてしまいそうだが、何度も読んでいると、そうではないように思えてくる。
距離のあるところから、時折人づてに聞いて、「女」の人生が破滅に向かっていく様子を確かめていること。そういう出来事を言葉にして歌をつくること。ここには何か屈折した感情があるように感じられる。歌の真ん中に置かれている「罪にしづみてゆく経路」という言葉の強烈さ、恐ろしさが際立っているからだろう。
「女」はこの人にとって、以前には面識があったが何かの事情で縁がきれて、今は関わりが無くなった人なのではないかと思う。そして「罪」という語には、「女」の身の上に起きていることについての“自業自得である”という認識がこめられていると思う。
だがこの歌は、「女」の「罪」についてのみ書いているものではないだろう。この歌には、「女」についての噂話を聞き続けて、こうした歌をつくっている(つくってしまう)この人自身の感情が滲んでいる。「女」に対する感情は複雑で、一言では表わせないだろうが、おそらく“ざまをみろ”というような感情も含まれているだろうし、また、そういう感情をもってしまう自分に対して感じる後ろめたさや恐ろしさなどもあるだろう。この人は、自分の中にあるそうした複雑な感情に対して自覚的であると思う。この歌は、他者の「罪」についての歌であるとともに、それを書いている自分の罪深さについての歌でもあるだろう。


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