草花と田舎暮らしの日々

2006年福島に越してきました。何よりも嬉しいのは自然を満喫できること、素敵な田舎暮らしを体験中です。

瓦礫より、金木犀が大事なのに・・・

2011年03月30日 | Weblog
昨日帰ってきて、先ず最初に取り掛かったことは、溜まりに溜まったメールを読むことでした。
一昨日の夕方まで、この町はインターネットに接続できず・・・千葉から何度試みるもダメでした。
やっと未読の山をダウンロードしてメールが読めた時は、何だかものすごく嬉しくて、体中を
温かな血が回り始めたという感じでした。友人や知人からのメールは、生きてる喜びと言うと
オーバーですが、本当にそんな感じで夜中の1時頃まで、返事を書いておりました。



東京では桜の開花宣言もあったのに、季節外れの雪景色、といっても3月26日のものです。
この庭の雰囲気も、今日 目の前で少しばかり様変わりしてしまいました。落ちた瓦礫を運ぶ
ため玄関先に軽トラを横付けするのに、金木犀の枝が邪魔になり無残な姿になったのです。

僅か数メートル運べば済むと思ったのに。大家さんも良しとしておられるのですから、私が嫌だ
とは言えません・・・せめて形良く、とは言ったのですが・・・



そしてこともあろうに切った大きな枝を、芽吹いている牡丹に向って投げられたのです。植木
や草花に興味のない人には、ゴミのようなものでしょうが・・・好きで育てている人の身になって
欲しいもので・・・これは我がままなのでしょうね。バイモユリも、危なく潰されるところでした。



花が咲くと↓こんな感じです。その内、みんな鉢に植え替えましょうか・・・



この度の震災で心に残る記事がありました。記憶がやや曖昧ですが、内容は合っている筈です。
自衛隊の方が、津波の被災地を片付けておられるとき、まだ若い自衛官が水にぬれた布団を
無造作に、瓦礫の山に投げたそうです。それを見ていた上官が、布団を綺麗に畳ませて見つけた
場所に置かせたそうです。後から被災された方が来られ、布団の前に膝まづいて泣いておられた
とか・・・その時、若い自衛官は何か大切なことを学ばれたことでしょう。

指摘された上官はさすがですね。 こんな記事を思い出しておりました。。。


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明日からは、私も立ち直ります!

2011年03月28日 | Weblog
一時避難を終えて、明日は矢吹の家に戻ります。まだ先行きが全く見えなくて…ひょっとすると今より
も、もっと悪い状況が考えられるのですが、こちらにいると細かい情報が入ってこなくて、やはり現地に
居なければ、どうにもならないことがあります。 この気持は避難会場に入らず自宅に居られる方、
遠くの親戚に身を寄せている方が、等しく感じておられることでしょう。

我家は1階から2階に行く階段周りの壁がすっかり落ちて、現在も2階に上がれず、私の力では壊れた
壁を取り除くことは不可能です。業者の方にお願いするしかないと考えていましたら、町にボランティア
で入ってくださっている方が、今月中なら片付けてくださるとのこと。これはとても助かります!
庭に散乱した瓦などもお手伝いくださるとか、急遽本格的に帰ることにしました。生活の建て直しです。

家は今の時点では取り壊しの予定とか…もったいないですね~。どなたがお見えになっても手の込んだ
日本家屋と言われ、大黒柱は欅です。建物の部分だけ更地とは考えにくく、あの庭も取り壊しになる
のかと思うと、わが身を削られる思いです。一生掛かっても (残り少ないですが…) 到底私共には建て
られないし、都会では住みたくとも住めなかったでしょう…。津波で被災された方の気持ちが今になって
身につまされます。。。。

この家を建てられた方は、ご自分が住むことなくお亡くなりになり、それ以降は親戚の方が泊まったり
家を新築される方が短期間住まわれたりと、長い間空き家になっていました。長期にわたって住んだ
のは私が初めてだったそうです。持ち主の方に、何とか修理して住めるものならそうして欲しいと
お願いしましたが、おそらく新築するよりも高くつくのではないでしょうか…。
こうしてまた、日本の古き良き建物が消えていくのですね・・・。

ともかくも、新しい住まいが見つかるまでじっくり探しますが、それまでの間、一時住まいを決めなく
てはなりません。近くで壊されるのを見るのは居たたまれないし、かといって、今のところを遠くに離
れることにも気が進まないし…ご近所さんもみんな良い方で、今より良い家が見つかるとは思えない
のです。

もう直ぐ、庭に植えたカタクリやニリンソウ、サクラソウ、大好きな山野草たちが芽を出してきます。
無残にもそれらの上に、瓦の残骸が積み重なっておりました。

( 町はまだ光回線が不通で、パソコンも繋がりません…、早く復旧して欲しいですね )
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今、命があるだけで・・・

2011年03月27日 | Weblog
一時避難した千葉から、24日~26日まで矢吹町に帰ってきました。地震当日の瓦やブロック塀
の散乱が少しずつ片付けられ、瓦の落ちた屋根にもブルーシートが掛けられ、少し落ち着きを取り
戻したように感じられました。ただし、未だ閉まっているガソリンスタンドも多く、ガソリン不足は
まだ続いています。

東北自動車道も開通しましたが、それでも片道半日かけて行き来し、中一日は病院で治療に費や
しました。特に25日(金)は小雪の舞う寒さ、病院自体が一部壊れて診察不可能となり、一階の
広い部屋で、各科の受付があり医師との相談も出来ましたが、その部屋に入るまでに寒さに震え
ながら、1時間近くも並んでいなければなりません。お年寄りにはつらいですよね~。26日の夕方
千葉に着きましたが、車に乗っているだけでぐったり疲れてしまいます。。。


さて、この度の地震・津波による甚大な被害、その上の福島県は原発事故で大変な状況に追い込ま
れています。もちろん福島県以外にも、水道水、農作物、牛乳と被害も拡大しているのですが、TVを
見るに付け、『福島第一原発事故とさも「福島県」にこの事故の原因があるような、マイナスイメージ
呼ばれることに、福島県人として心底憤りを覚えます。本来なら『東京電力第一原発事故
と言うべきなのに…。この呼び方を変えましょうと、Twitter 上で提案しましたら、何人かの方が
賛同してくださいました。これ以上「福島県」に悪いイメージを与えないでいただきたいのです。

さて、被災者の方や亡くなられた方へのお見舞の言葉が、まだ私には言えないでいます。
きっとその痛みを実感していないからで、私といえば被災者ではなくて、家屋の被害で日常生活が
送れていないだけの、実に幸運な人間だったのだと思います。

そこで、ご紹介したいブログがあります。被災地へ医療スタッフとして行かれた方の日記です。
一つの事象には表と裏があるように、深刻な被災地の人と、何事もなく日常生活を送っていられる人、
人々に責任があるわけでもないのに、この差はいったい何なのでしょうか…ご紹介します。



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健康に問題のない摂取制限??

2011年03月23日 | Weblog
                        
今回の震災は、正式には何と呼ばれることになったのでしょうか・・・

最初はたしか、「東北・関東大震災」でした。メディアは「東日本大震災」とか、「東北大地震」とか、
「東北太平洋大地震」とか…Twitter 上では、東京電力を頭につけた名前まで出回りました。
せめて名前くらいは、統一して欲しいものです。

やっと落ち着いて、世の中の動きや、政府や、東京電力、原子力安全・保安院の対応を見るに
付け、ミリシーベルトとかマイクロシーベルトとか、わけの分からない単位で説明したり
まさに真実を隠蔽しているような、実に疑わしい態度に腹を立てておりました。

被災した人々がやっと立ち上がろうとしているときに、風評を撒き散らすような政府の発表に
激しい憤りを感じます。 「直ちに健康に問題はない」「1年間食べ続けたり、飲み続けた場合の~」
などと発表するのなら、農産物の摂取制限、出荷制限の出し方に、今ひとつ配慮があっても良い
のではないかと、TV画面に向かって毒付きたくなります。

福島県に限って言えば、会津地方、中通り、浜通りと分けられ、日本で3番目に大きな県なの
です。それを「福島県産の農産物」などと一括りにされては、農家の人は堪ったものではあり
ません。それだったら20K圏内の人だけでなく、福島県民全員がどこか西のほうにでも避難
しなければおかしいのではありませんか?

すでに原発事故以来、次々と全国の取引先から農家に契約解除が告げられているそうです。
それも政府が指示した出荷制限の農産物だけではなく、全く関係のないものもまでもが…

ことごとく左様に現地の者から見ると、納得の出来ないことが余りにも多いのです。

今日の「NHKクローズアップ現代」をご覧になった方も多いと思いますが、宮城県釜石市の
職員の方、根浜地区の宝来館の女将さんの頑張りに涙しました。最後に言われた言葉を忘れま
せん 『 どういう形になろうとも、町は自分たちの手で作っていく』 本当にそうですね!

気持ちを新たに、私も遅ればせながら頑張りたいと思います。

(私事ながら、明日から福島県・矢吹町に日曜日位まで戻ります。こちらに来るときまでパソコン
が繋がらなかったので心配していますが…暫く音信不通になるかもしれません…)


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前向きに、もう少し頑張りましょう!

2011年03月20日 | Weblog
東北・関東大震災から10日が過ぎようとしています。

慌しかった日々、昨日あたりから大したことはしていないのに、どっと疲れが出て夜も
早々と眠ってしまいます。緊張の糸が切れたというか・・・

そんな中、eri が 昨日 福島からの臨時便で羽田に着きました。CAのお姉さんに連れられて
一番に降りて来ます。地震当日に迎えに来てくれましたから、そんなに日は経っていないの
ですが、なんだか久々という感じです。比較的元気にしていましたから安心ですが、やはり
寂しそうな様子・・・娘は仕事の関係と、暫く原発の様子見でまだ来れません。

2~3日後には、一度郡山の病院に行かければなりませんが、病院も一部壊れて診療が不可能
となり、離れた病院までシャトルバスで治療に行くことになりそうです。
                           
町はまだ水道が通っておらず、もう暫く掛かりそうですが、今の家はリフォームするのは無理で
取り壊しになる予定です。そうなると私の身の振り方も検討しなければならず…、今のところは
自身の生き方として、やっと根を下ろしかけた福島県にもう少し拘ってみたいと思うのです。

5年間もお世話になって、人間関係も築きつつありますし、今 居るこの千葉よりも遥かに
矢吹町に深い思い入れがあるのです。千葉の家では、ほとんど生活していませんので…

ということで、矢吹町の家を片付けながら、少し真剣に身の振り方も考えて見る事にしました。

悪夢としか言いようのない今回の大震災で、被災者の多くの方は否応なく これまでの生き方
を変えなければならなくなりました。 

如何に生きるか…もうそんなに多くの選択肢が残されている訳ではありません。 
それも限られた日数で、或る程度の結論を出さなければならないのです。
弱音をはかないで、さぁ~もう一頑張りいたしましょう

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何故、物資の搬入が遅れるのか

2011年03月17日 | Weblog
                                     
千葉で一夜明けると、今日一日の大半はパソコンの前に張り付き、各方面に連絡したり
我が町の支援物資の調達に走りました。

それにしても「天国と地獄」とまでは言いませんが、こちらはスーパーもコンビにも開いて
おり、品物も普通と同じくらい揃っています。昨日書いたように、時間の制限はありましたが、
露天風呂・サウナ付きの、大浴場も開いているのです。

近所のお店を、朝開店と同時にリサーチして歩き、役場に品物が揃うことの連絡をして、夕方
には ほぼ希望の品物を送り出すことが出来ました。

それにしても、連絡を入れた2~3の自治体の融通の利かなさは頭に来ましたね。義捐金は
受け付けても、物資は受け付けないというのです。最初は怒るまいと抑えていたけど、被災地
ではお金があっても品物を手に入れることが出来ないのです、 と力説いたしました。

交流のある都市なら、もっと温かみのある対応をしても良いのではないか、とつい啖呵を切って
しまったり。

最終的にはお隣の県の或る市役所に送り、町から取りに行ってもらう方法しかないのです。
この交渉にも、前例が無いといわれるので…どこかで聞いたセリフ 「前例は作るもの、中継地
点になることも出来ないのですかッ! 」 と言いましたら、やっと 「では、町役場の方から、正式
に申し入れをしてください」 ですって 手間を取らせるんじゃないよッ、ホンとに…

宅配便の会社も 「福島までは行けない」 の一点張り。Twitter でも流れていましたが、或る
コンビニが、おにぎりか何かを送ろうとしたら、許可が下りなかったとか。

つくづく政府に、もっと強力に各方面に働きかけてほしいものですね~。個人で持ち込みたく
ともガソリンが無い、避難会場には灯油も切れて、毛布も足りない…、何でいきなりこうなるの?

日本が始めて経験する今回の大惨事、避難所に行けないお年寄りや、取り残された家族、治療中
の人への薬の支給、人事ではありません。 処方箋なしでいただける薬は1週間分で地方に
避難した患者さんたちは、どうするのでしょうね~

各被災地の事情も違うのですが、何よりも先ず被災した人たちを中心に考えて、臨機応変な
対応をして欲しいと願います。 そして情報は、隠さず・早く・正確に伝えて欲しいものです。

今、9時32分、千葉県沖で地震がありました。こちら震度3…大丈夫ですか??
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何日ぶりかで、お風呂に入って・・・

2011年03月16日 | Weblog
いろいろご心配をおかけしています。

今回の地震では、町の中で古い日本家屋の惨状をん見るにつけ、地震の多い日本には
瓦屋根は不向きではないかと痛感したところです。

震度2~3の余震があると、我家はすでに壁に亀裂が入ったり、剥がれ落ちているもの
ですから、メリメリと音を立て、今にも天井が崩れ落ちてくるのではないかと、とても
寝てられない状態です。

また外で瓦礫を片付けたくとも、瓦が何時落ちてくるかも知れず、水は出ないし・・・
とうとう堪りかねて、一時 千葉の家に避難して来ました。

皆さん不便の中での生活を我慢しておられるのに…なんだか申し訳ない感じです。

蔵元さんもかなり被害があった模様、皆さん後片付けに頑張っておられます。

瓦の落ちた家にはブルーシートが配られました。ところがそれを屋根に張るのは本人
若しくは、ご近所さんの助けを借りてと…。そんなことをすれば二次災害は免れません。

プロの職人さんは、すでに予約が数百戸・・・一応予約を入れましたが。。。
一段落したら、こんな問題をどう解決するか、検討しなければなりませんね。

そんな中で、娘のところや千葉の家ではインターネットに接続できて助かっています。

被災者の皆さんが一様に言われることは、情報が入らないということです。
固定電話も携帯も、わが町では14日の月曜日頃まで繋がりませんでした。今はどうでしょう?

インターネットに接続できることは、今ではライフラインが確保されるのと、同じ意味を
持ちますね。

こちらに帰る途中、ガソリンが幸いにも13Lずつ2度ほど手に入りました。これが無け
れば、夜を徹して走りたくとも、帰ってこれませんでした。

ここまで書いたところで、先ほどこの町の大きなお風呂に行ってきました。
何日ぶりでしょうか…、飲み水にも事欠かれている皆さん、ごめんなさい・・・
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皆さん、ご無事ですか

2011年03月12日 | Weblog
娘の所に昨夕から来ています。ともかくも無事ですので、ご安心ください。

地震の時は本当にもうお終いかと思いました。二階へ上がる階段の壁が全部落ち、瓦は飛ぶし、
やっと外に出てみたら、外壁・ブロック塀が全壊で…ただただ茫然…

震度3~4位の余震は頻繁に発生し、部屋と外を出たり入ったり、いちばん困ったのが携帯も
固定電話も不通になったことです。水も止まりました。やっと娘と孫が駆けつけてくれ、二時間
もかかって郡山に着きました。こちらは全く地震がなかったように、食器棚や机が少し移動した
だけです。水も出ますし、電気も付いています。

昨晩は余震が続きまんじりともせず、テレビの地震情報を見ていました。

まずはこんな状況です。ご心配をおかけいたしました。皆さんもくれぐれもお気を付けください。

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ルールは大人を守るため??(乙武洋匡)

2011年03月11日 | Weblog
お昼ごはんを食べたら、ものすごく睡魔が襲ってきて・・・あぁ~眠い・・・堪らない・・・

そこで、目の覚めるようなブログを書くべく 頑張ります。先ほど流れてきた乙武洋匡さんの
ツイートをご紹介します。今時、もしかしたら今時だから??こんな公立の小学校があるなんて
信じられません。ツイートしている子どもが実在する子どもなのか、もしかしたら大人が書いた
のか、真偽の程は分かりませんが、それをご承知の上でお読み下さい。

――乙武洋匡「ルールは大人を守るため?」をトゥギャりました」――



昔でも、遅刻をしたら校門が閉まることはありました。でも確か用務員さんか、先生が居られて
必ず入れてもらえたと思います。それがこのツイートによると、親と一緒に来なければ入れられ
ないから、帰りなさいですって。信じられますか? 

一人で来るのが危険だから、親と一緒に来るようにとの、規則が作られたのでしょうに・・・、
その危ない道をまた1人で戻れなんて・・・。 学校のすることですかね??乙武さんが全世界に
向けて公開されているのだから、きっと本当なのだと思います。 一体、誰のための規則なんで
しょうね~。ホントニ・・・
                                
腹の立つお話は極力止めようと思うのに・・・だんだん怒れてきて、眠気も覚めてしまいました。

ところで、花だけだった福寿草も花数も増えて、葉も出てきました。フキノトウと同じように何度も
雪に埋もれながら、健気に咲いてくれています。 お花は良いですよね~。裏切らないし、優しい
気持ちにさせてくれますもの。ところで今日も気温が低くて、今朝6時は-5度、今は+3度あるか
ないか・・・いつまでも寒いですね~。どちら様も、風邪を引かないようにご自愛下さい。
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しばらくは、番犬代わりに・・・

2011年03月09日 | Weblog
朝は気持ちの良いお天気でしたのに、2時過ぎ頃から曇りはじめ、夕方は雨から霙マークになって
います。あっ、今 雪が降り始めています。今日も気温が低くく、今で+3度です。いつまでも暖かく
なりませんね・・・。右上の白いところは、まだ雪が残っています。      


ところで今日の午前11時45分、驚きましたね 宮城県北部で震度5弱の地震がありました。
津波警報も出されたのです。我家では最初にインコのピーちゃんが気付いたらしく、大きな声で
鳴き始め、古い家が軽くミシミシと音を立て始めました。そうこうするうちに、これはヤバイ
言うくらいの横揺れを感じ、慌てて部屋のストーブを消し、先ずは出口の確保をと玄関を開け
ました。 その時、庭の金木犀の木が揺れているのが見えました。

一寸ばかり、怖かったですね~。 福島県中通りは震度4と出ましたが、わが町は震度3でした。
その後も余震が二度ばかり・・・船酔いするような感じでした。これまで経験した中では、一番長い
時間 揺れていたような気がします。 幸いにも何事も無く済みましたが、これが夜だったらと思うと
ぞっとしますね。
                               
ところで、番犬は聞きますが、番鳥って言いませんよね~ でも、我家のピーちゃんはスゴイ
のですよ。 門から人の気配がしようものなら、先ずはピィー・ピィーと鳴き、すぐに気付かせて
くれます。 普通のインコと違って、コザクラインコですから鳴き声が大きいのです。

そして家族の者が帰って来ようものなら、喜んでいるように鳴くし、今日の異変だって、最初に
気付いていましたもの。世話をしている私の声は、良く分かるのですよ。

犬を飼いたいと思うのですが、死んだ時のことを考えると今一つ決心がつきません。それまでの
間は、ピーちゃんを「番鳥」として、大事にしてやりましょう。


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 優しい記憶

2011年03月08日 | Weblog
今朝もまだ氷点下で、9時の気温は+1度・・・日当たりの悪いところは、まだこんなに雪が残っ
ています。でも今の時間かなり溶けましたよ。



去年の暮れ(29日)にフキノトウを見つけていました。記事にもアップしましたが、それから
何度も雪に見舞われ、埋もれては顔を出し (昨日もそうでした)、今日は周りの雪も溶けて
やっとごらんの状態です。春らしくて良いですよね~ 

もう一塊 小さいのが4個ほどあるのですが・・・これを摘んでしまうのは忍びなく・・・今年もきっと
このままにして楽しむことになりそうです。



さて、今日は素敵なお話をご紹介いたしましょう。Twitter で一瞬流れてきました。男性の方が
紹介されていて涙が止まらなかったそうです。人に顔を合わせないでよい時に、お読み下さい。

ブログ記事のご紹介です。「ウエディングプランナー・有賀明美の毎日 2011.3.1」 「優しい記憶

少し長いのですが・・・本当にこういうことってあるのですね~。父娘の優しい思いに、本当に涙
なしには読めませんでした。 如何でしたか・・・
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子宮頸がんワクチン、調べてみる必要がありますね

2011年03月07日 | Weblog
静かな朝だと思いましたら、雪が降っていました。それも昼過ぎまで降りましたが、今は止んで
います。ほぼ満開の紅梅に積もった雪が、とても綺麗でしたのでごらん下さい。



今の気温は+3度、これが今日の最高気温です。今しがた3時過ぎの溶け始めた雪景色。
真冬の雪と違って、春の雪と言う感じで、これもまた良いですね~。



さて先ほどラジオをつけましたら、参議院予算委員会の国会中継が放送されていました。元気の
いい女性の発言が聞こえてきたのが、松あきら氏のガンに関する発言でした。

女の子をお持ちのお母さんは、きっと「子宮頸がんワクチン」のことを 見たり聞いたりされたことと
思いますが、これって どんなワクチンかご存知ですか? 私にも孫娘がいますので人事では
ありません。そこで調べてみましたら、大変重要な記事を見つけました。長いのですが、きっと
参考になると思います。『子宮頸がんワクチンの危険性』 知って受けるのと、知らないで受ける
のとは大違い!! もっと情報を与えられてしかるべきですね。

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時々、効果的に言ってみるのも良いかも!

2011年03月06日 | Weblog
ここ数年、甘酒や卵酒が市場に出て女性たちの人気を集めていますが、卵酒は昔、風邪を引いた
時に飲むイメージがありましたよね。今はまるでデザートのような楽しみ方が、各蔵元から提案
されています。昨日、地元の日本酒の蔵元・大木代吉本店さんをお訪ねして、↓の生酒と卵酒を
頂きました。ついうっかり、写真を撮る前に味見してしまいましたが・・・



こちらの卵酒、実にいい味してまして、お酒の後に甘いものが欲しくなる私には、うってつけの、
言うなれば何杯もおかわりしたくなるほど美味しい、危ない一品なのです。
娘となら、味見だけでは済みませんでしたね~

                           

さて、お待たせいたしました。(誰も待っていないか・・・) 妻も夫も喜ぶいい話です。
先日のTV〇〇もんた の番組で言われてたそうで、お習字の先生が書きとめられていました。
さあ、これをヒントに、今日から一言に気を付けて、夫婦円満を目指しましょう 

 夫から言われて、妻が嬉しい一言
     No5・・愛しているよ  ( 陰の声 やや嘘っぽいから5位?)
     No4・・これからも仲良くしてゆこう
     No3・・お前と結婚して幸せだよ
     No2・・お前の作る料理は美味しいね
     No1・・子どもを産んでくれてありがとう  (これは嬉しいかも!)

 妻から言われて、夫が嬉しい一言
     No5・・思いやりがあるわね~
     No4・・頼りがいがあるわ
     No3・・身体に気をつけて、仕事に頑張ってね
     No2・・あなたについて来て良かった
     No1・・先に死なないでね

如何ですか? たまには言ってみるのもいいかも? 冗談めかしてなら言えるかも
(話されたものをメモしましたので、ややニュアンスが違うかも知れません)
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「加藤登紀子 詩と歌の世界」 素敵でした!!

2011年03月05日 | Weblog
昨日お約束した内容は、後日に譲るとして・・・(そんなもの、誰も覚えていないよッ…) と言われ
そうですが。 実は今日は、加藤登紀子さんのコンサート「詩と歌の世界」が、町の文化センター
で開催されました。

勿論、私もやっと手にいれたチケットを持って駆けつけましたが、凄いですね~、800席が満席
です。 ところでここだけの話、開場前に楽屋でお目にかかることが出来たのですよ。

何故って、特別なコネを使ったわけではありません。去年の7月に、鴨川自然王国の帰農塾に
参加していたのです。鴨川自然王国は、加藤登紀子さんのご主人 故・藤本敏夫さんが築かれた
多目的農場で、ここを拠点に都会から多くの若者が鴨川に住み、循環型の農業を目指しています。



定刻の3時半に開演となりました。スタートは何と、宮崎 駿 監督の「紅の豚」のテーマ曲
「さくらんぼの実る頃」で始まります。このアニメのジーナの声は、加藤登紀子さんが吹き替えを
されているのです。このジーナの声を演じるに当たって、監督は 『男を奮い立たせるほどに美しく
いざとなったらスパイが出来るほどすごい女』 と説明されたそうです。もうピッタリですよね



静まり返る客席、懐かしい歌も聞かれます。1部では8曲が歌われました。曲の間にはお話が入
るのですから、1人で大変ですね~。この中ですごく気に入った歌が「1968」、作詞作曲も
勿論 加藤登紀子さんです。同世代を生きた者として、とても共感するものがありました。

15分の休憩を挟んで2部が始まります。衣装替えもされていました。そして「詩と歌の世界」と
あるように、詩の朗読が始まります。加藤さんの声と、ピアノの伴奏・・・間の取り方、素晴らしいの
一言です。本当に歌声は勿論ですが、詩を朗読される声がまた良いのです。

こうして、どんどん終わりに近づき、いよいよフィナーレ「君が生まれたあの日」が歌われます。
そしてアンコールに応えてくださいました。それも3曲も。「百万本のバラ」「知床旅情」最新作の
「パーマ屋ゆんた」、これには歌唱指導つきで、しかも客席にまで下りてきてくださったのです。

こんな小さな町にお越し頂いて、本当にありがとうございました。 またぜひお越し下さい。
加藤登紀子さん、スタッフの皆さん、お疲れ様でした。

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気分を飢餓状態に・・・いいかも!

2011年03月04日 | Weblog
3月に入っての第1週目の書道教室。昨夜は今日提出の昇段試験の清書・細字3枚の仕上げに
苦労しました。暫く時間があったのですが、途中気分がだれて・・・まだ十分あるなんてやって
いると、4~5日前から慌てるわけです。でもこの方が緊張感があって私には集中できるようです。

公民館では、昨年も開催されていた「つるし飾り二人展」が行われていました。



いつものように月初めの書道教室では、1人の生徒さんに指名があり、皆の前で書くのですが、
例のごとく、どなたも辞退されます。

この何日間か、小筆を持ってチマチマ書いていましたので、急に模造紙に大きな字が書いてみたく
なり、つい手を挙げて 「私が書いて見ます!」  オイ・オイ、大丈夫なの? 自分でもビックリ

楷書で「永久」と言う文字を書きました。自分で言うのもなんですが、気分良く大らかにのびのび
と書けたような気がします。何か、憂さを晴らした・・・と言う感じですかね~ でも先生からは
『これまでに無く、上手くかけた』 と誉めていただいたのですよ。気分が良かったですね~。



文字を書いて、気分が良かった~!なんて思えたのは、私も初めて。 これって、何か飢餓状態に
しておけば良いのでしょうか? 明日は夫婦で、お互いに言われて嬉しいお話を書く予定です。
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