威風堂々

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暑いと思考がまとまらない

2017年08月13日 | 第四章 愛とゆるし


平気で「軍事力でやっつけるぞぉ」とか言い放つ某大統領。
辞任して心境を聞かれて「空です」と晴れやかに答える閣僚。
支持率が下がると「こんな人たちに負けるわけにいかないんです」とか言っていたのが、わけの分からない謝罪コメントをする、9条を変えようとしていながら原爆被災地ではスピーチが出来てしまう。

政治家は大変ですねぇ。

差別、戦争、をこの世からなくそうという努力をこそ政治家はしないといけないはず。人間ですから、カネや性的問題、その他、交通違反や不倫といった「聖人君子」ならしないこともするでしょう。人間は完全じゃないので。ま、「この●ゲー」とかも言ってしまうのではないでしょうか。


愛がない。 北朝鮮も何が目的で核ミサイルを撃ちたいのでしょうか。どうも、中国も日本もアメリカも目的がはっきりしないのです。日本国憲法を変える目的は何なのか。


2006年の教育基本法改定は、日本の教育理念を戦前に戻し、民主主義理念よりも愛国心重視に国家教育制度を変えていこうというものでした。で、教科道徳ができ、文科省のカリキュラム監視が小学校から大学まで非常にきっちりなされるようになってきた(書類は増える「記録を残すということ」カネは余分にかかる)

この流れのもとに、森友問題や加計学園、防衛日報問題を考えないと将来に何も繋がりません。

愛なきところに赦しもない。
憎悪で果たして何が生まれるのでしょう。


私は違いますが、今は皆、経済政策さえそこそこなら将来に借金を残そうが平気であり、言いたい事を言い放つ輩に賛同するという(大方憎しみをまき散らす言動になってしまう。正当派お笑いよりブラックお笑いのほうが胸がすくから。)傾向が強いですね。特に若者がそうです。おっさんがそういう風潮を作り上げている。これは教育再生機構、や教育再生会議が目指した形になっているんでしょうか。

産経、月刊HANADA、その他、右翼系及び「原理研」(国際勝共連合)なんかの論調ではよく「売国奴」という言葉がでます。何が売国なのか、難しいところですが、天皇に人権は不要という立場なのでしょうね。この辺がオカルトチックで僕はついて行けません。

左翼系はもう構造的一本化、同じように足並み揃える、という戦い方は出来なくなっていて、バラバラです。身勝手な人は右翼系より目立つのです。草の根とかいって一見するとものすごく無責任に見える。勝手連っていうものがもう死んでますからね。極左が存在していない感じがします。極右の方が見た目が怖い。ヘイトスピーチの行進に出会うと「怖い」でしょう。街宣車もそうですが、共産党の宣伝カーの方が優しくなっている。


私はどっちでもありませんし、どうでも良いのですが、リベラル、コンサーバティブのどっちだと聞かれるとリベラルでしょう。その根拠は、人間として当たり前の権利が持てていない天皇家の人々や、彼らの財産と国民の関係、これこそが「内発的発展」を日本民族が遂げる過程に避けては通れないと思っているからです。ごく当たり前の感情だし、思考だと思うのですが、きっとリベラルなんでしょう。

誤解無きよう、天皇制を否定しているのではありません。

テーマは「愛とゆるし」でした。

愛がなければ赦しは存在しないのです。




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