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製薬ビジネスを考える

2008-07-19 08:43:01 | ビジネスモデル分析
エーザイの大型買収から考える製薬というビジネス
  
  国内大手製薬会社の中で、武田薬品工業と共に独自成長路線を採り続けてきたエーザイが米ナスダック上場MGIファーマ・インクを39億ドル(約4,300億円)で現金買収することを発表しました。

  総資産7,921億円、売上高6,741億円、営業利益1,044億円(いずれも2007年3月期)のエーザイが、売上高は380億円程度あるとはいえ、営業損失が続く創薬企業を自社総資産の半額以上を使って、しかも、市場株価に4割もプレミアムをつけて全額現金で買収するというのは、非常に思い切った決断です。

  エーザイは、独自開発の抗潰瘍薬「パリエット」と認知症薬「アリセプト」という2枚看板製品(この2商品の売上だけで全社売上の6割を占める)の世界展開で、ここ数年大きく成長してきた会社です。ただ、2010年に「アリセプト」の物質特許が米国で切れるらしく、2枚看板の一つの売上が急減することが予想されるため、その穴を埋める次なる製品の開発が急務となっていました。今回のMGIファーマの巨額買収は、ガン治療薬分野での有力薬品候補物質の、「青田買い」とも言えるかもしれません。(むろん、青田でも何でもなく、ただの雑草である可能性もあるわけですが・・・)

 医薬品事業は、開発期間がべらぼうに長く、一製品あたりの開発コストも莫大であり、しかも利益獲得の当たり外れが極めて大きいというハイリスク・ハイリターン型のビジネスです。結局、「どれだけの将来性有望な候補物質を持っているか」、あるいは「有力な候補物質を抽出し、薬まで持っていく能力があるか」ということが事業価値の源泉になるわけで、1年間の損益計算(単年度決算)が全くなじまない業種の一つでもあります。ですから、この手の事業は、過去のBS、PL、CFだけを見ていても、企業の潜在的な価値はほとんどわからないことが多く、我々財務・会計の専門家が企業調査をする際に最も苦手とする業種の一つでもあったりします。


 ただ、こういう単年度決算がなじまない事業を展開する会社を見る場合でも、個人的には、着目すべきポイントはいくつかあると思っています。

① 過去の製品別損益の動向
 過去に開発した製品別のライフサイクル損益(製品が販売期間トータルでどれだけ儲かったか)を見るというのは、重要だと思っています。ホームラン級の大化け製品で経営が成り立っているのか、ヒット級の小化け製品の合わせ技で経営が成り立っているのかを見るわけです。投資家的視点、もしくは野球やサッカーの監督的な視点で言えば、当然後者の方がうれしかったりします。「脱スーパースター依存主義」です。

② 過去・現在の製品及び研究開発ポートフォリオの動向
 製品群、開発候補群がほどよく複数の分野に分散されているかというのも重要だと思っています。最低2つ、できればそれ以上の将来性有望な分野での製品、開発シーズを持っていると、経営が安定する可能性は相対的に高くなると言えるでしょう。

③ マイルストーン管理のレベル
 製薬事業は、ひとつひとつの製品の開発期間が長く、開発コストも莫大になるため、一見すると、シーズ段階から最終製品として上市されるものの成功確率が重要なようにも思えます。ただ、それ以上に重要なのは、個々の開発段階におけるマイルストーン管理だと個人的には思います。つまり、医薬品事業であれば、莫大な開発コストがかかる後期臨床試験に入る前で、「いかにして有力候補物質だけに絞って開発を進められるか」ということです。後期臨床試験までやって、その結果、やっぱり失敗とか、販売したけど思わぬ副作用が出て回収を余儀なくされたなどということになったら、損失は莫大な金額に上ります。いかに開発早期の区切り段階(マイルストーン)で、「素質の悪いものに見切りをつけていくか」というプロジェクト管理の仕組みが構築されているかは、極めて重要であると言えるでしょう。

  こうして見ていくと、医薬品事業経営の勘所というのは、投資ファンド、とりわけベンチャーキャピタルのビジネスとほとんど変わらないような気がしてきませんか。①は個別組入銘柄のパフォーマンス実績の話ですし、②はポートフォリオ管理と分散投資の話しですし、③は損きりを含めたマイルストーン管理の話しであったりするわけです。

  実際問題として、海外の大手製薬会社のビジネスを見ていると、ほとんどバイオ版ベンチャーキャピタルと変わらなかったりします。有望なシーズを持っている創薬ベンチャーを買って買って買いまくり、この中からいくつかの有望株を大きく育てて、自ら保有する世界販路に乗せるというビジネスモデルです。あの使い捨てコンタクトレンズのシーズとなった技術も当初はジョンソン・アンド・ジョンソンが外から買ってきたものだというのも有名な話です。

  上記のような投資ファンドに似た「単年度決算がなじまない事業」というのは、世の中に実はたくさんあります。映画、ゲーム、音楽コンテンツ、鉱山会社など、一見異業種ですが、結構事業の勘所は似ている部分があります。

  投資家の皆さんは、こういった異業種のビジネスであっても、なるべくその事業の本質を一般化して、「事業の勘所が似ているか否か」という視点で会社を比較できるようになると、どんな業種の企業が来ても、それなりに良い定性分析ができるのではないかと思います。皆さんなりに、「事業の勘所」という視点から異業種の企業を比較してみると、頭の体操になると思いますのでチャレンジしてみてください。

  新薬創出のプロセスに関する研究に関しては、桑島健一著「不確実性のマネジメント」(日経BP社)が詳しいです。この書籍の後半部分では、新薬創出事業を上記に記載したような「事業の勘所」が似ていると推測される異業種との比較も試みていて、とても興味深く、読んでいて大きな知的刺激を受けることができました。学者先生が書いた本なので、若干記述が難しいところはありますが、医薬品事業をはじめとした「ハイリスク・ハイリターン型の不確実性の高いビジネス」を勉強する際の参考になりますのでご紹介しておきます。

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