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EVAと価値創造経営

2009-03-23 03:51:31 | Valuation
I.重要性を増す業績評価指標の選択
経営者は、事業がうまくいっているかどうか、当期の業績はどうか、この投資は儲かるか、常に自分自身にこう問いかけながら、経営の舵取りを行なっている。ここで、事業がうまくいく、業績がいい、儲かっているという状況をどう定義するか、つまり何を業績評価指標として選択すべきかは、一見、簡単なうで、実は、極めて難しい問題である。時代の要請や経済状況、企業の成長段階や業種、また経営者の考えにより、重視される業績評価指標は異なる。また、ある指標改善のための努力が他の指標の悪化を招くなど、指標間にトレードオフもある。指標の選択をめぐる議論は尽きることがない。

実際、業績を見る指標は数多くあり、通常、経営者は複数の指標を見て業績を判断している。例えば、売上成長。確かに売上は大きいことが望ましく、それが増加することは事業の明るい将来を暗示していると考えるのが一般的だろう。例えば、経常利益。金利を払っても余裕が生まれていることをもって事業の成果があがっていると考える経営者も多い。

例えば、ROE、ROA、ROI。こうした指標は、損益中心の視点から、資本の有効活用の視点、すなわち、投下した資本に対する利回りという視点が共通している。特に、ROE は、株主の投下資本に対する利回りを示す指標とされ、株主重視の経営を掲げる経営者には無視できないものだろう。さらに、発生主義会計から計算される利益より確実なキャッシュを重視する傾向もある。複雑になりすぎた会計。そのために収益費用の発生とキャッシュの収支がますます乖離しつつある中、企業の価値は、キャッシュをどれだけ生むかにより決まるという考え方が重視される。

EVAはこうした考え方すべてに対して疑問を投げかける。
「売上成長は重要だが、それが巨額の投資を必要としたら、それでも成長を求めるべきなのか。」
「経常利益が黒字でも、P/Lに現れる調達資金の利用料は債権者に対する支払だけであり、株主資本の利用対価を考慮していない。」
「投下資本に対するリターンは高い方が望ましいが、欠損が大きくて株主資本が小さいためにリターンが高い企業がいい企業といえるのか。」
「手っ取り早くCFを増やすために、将来の成長にとって欠かせない投資を抑制したのだとしたら、問題ではないか」
など。従来の指標は、こうした疑問に、どれ一つ満足な答えを出せていないというのが、EVAの主張である。

かつて日本全体が高成長であった頃、厳密な業績評価は、さほど深刻な問題ではなかった。投資をすれば売上が伸び、利益もそれについてきた。資金が不足しても、不動産価格が永遠に上昇し続けることが想定される中、担保さえあれば、銀行が資金を提供してくれた。企業規模の拡大にともない採用や給与、管理職のポストが増大する企業内には、出世を目指して一心に働くサラリーマンの集団がいた。株式持ち合いのもと、株主は経営に口を出すことはなく、相互に黙認しあう存在であった。

こうした状況が激変する中、業績を厳密に定義し、測定する指標へのニーズが、経営者側からだけでなく、投資家側からも高まっている。EVAへの関心の高まりは、こうした諸事情を反映したものだが、ROE やROA をはじめとして、さらにEVAのような海外から輸入された「新しい」経営管理指標が氾濫状態にある今、どれが何だか、どう違うのか、追いつくのが大変というのが多くの経営者の正直なところだろう。


II. EVAとは
EVAは、簡単にいえば「ビジネスで生み出された利益から資本コストを差しい引いた残余利益」の尺度である。この指標は、会計上の利益は経営の実態を適切に示さないという主張のもと、経済付加価値(EVA、Economic Value Added)を示す指標として提唱されている。

EVAは、米国では1980 年代の初頭からコカコーラなどの大企業で経営管理指標として採用されている。日本でも1990年代の終わり頃から、株主価値への注目の高まりにともない、先進的な経営管理指標に敏感な大企業経営者の注目を浴びるようになってきた。現在、EVAは、世界中の経営者や企業評価を専門とする投資サイドからの広範な支持を得ている。EVA計算にあたり重要となるのは、「ビジネスから生み出された利益」と「資本コスト」だが、それぞれの要素は、以下の様に計算される。

• ビジネスから生み出された利益(NOPAT、Net Operating Profit After Tax)
=当期純利益+税引後支払利息 = 税引後営業利益

ここでは、ビジネスが生む利益を計算するため、資本調達の形態の影響を受ける支払利息は除外する。また、上記の算式による計算結果は一致すると想定されているが、そのためには、特別損益や支払利息を除く営業外損益のうち、「経常的に発生するものは、ビジネスから生み出された利益として調整」する必要がある。

• 資本コスト=投下資本×WACC

※投下資本=有利子負債+株主資本 = 正味運転資本(流動資産-流動負債)+固定資産

上記の計算式は投下資本をそれぞれ調達側と運用側から見たものであり、計算結果は通常は一致する。ここでは、投下資本として期首の金額を使うが、それは、投資効果が出るまでには時間がかかることを考慮しているためである。

WACC = 株主の期待収益率×株主資本比率+債権者の期待収益率×有利子負債比率

株主と債権者は(リスクのとり方が違うので)要求するリターンの水準が異なるため、それぞれの相対的な比重により企業全体の資本コストが決まる。債権者の期待収益は、借入や社債の金利であり、株主の期待収益は、配当おび株価値上がりの両方を含む。株主の取るリスクは債権者より大きいため、株主の期待収益率は債権者の期待収益率より高いことが通常である。

EVAの計算にあたっては、会計上の数値が経営の実態を適切に示していないと考えられる項目につき、上記の利益おび投下資本に対して修正を加える。そうした項目の中には、発生主義から現金主義への修正もあり、会計上は費用計上が要求されるが将来の収益に貢献する項目を資産計上するものとして調整する場合もある。
修正すべき主な項目には次のようなものがある。
• キャッシュ支払を伴わない各種引当金、繰延税金負債など、経常的な事業活動に伴い一般的な水準で拡大するものであれば、株主資本等価項目として投下資本に加算し、その増加額を利益に加算。
• 将来の収益と対応させるべき研究開発費、市場開拓のための費用は、過去の分を含め株主資本等価項目として投下資本に加算。当期費用計上額は利益に加算し、収益への貢献に応じて償却。この修正により、これらの費用は、購入時には資産として計上し、使用に見合う分を減価償却費として費用化する設備等への投資と同じように扱われることになる。
• 営業権は、買収の真のコストを反映するために、過去の償却累計額を含め株主資本等価項目として投下資本に加算。当期の営業権償却費は利益に加算。
• 後入先出法を採用している場合、インフレ時に過小評価となる棚卸資産は、先入先出法による評価額で評価して差額を株主資本等価項目として投下資本に加算し、過大に計上される売上原価(過小に計上される利益)を修正。
• リース資産おび負債は、キャピタルリースだけでなくオペレーティングリースについても、将来のリース料の現在価値で有利子負債として投下資本に加算し、支払リース料は利益に加算。オペレーティングリースは税制のゆがみによってもたらされる抜け穴だから。

厳密にEVAを計算するためには、上記その他、数多くの複雑な修正が必要とすれば、どの修正を入れるべきかの判断が恣意的だとか、難しくなりすぎで社内の理解を得られず、結局、使えないことにならないかという懸念が生じる。

こうした場合には、正確さを多少犠牲にしても、その会社にとって重要性の高いもの、納得の得やすいものだけを選択して修正をすることが現実的な方法だ。EVA導入により株主価値を劇的に高めたといわれるコカコーラのCEO ロバート・ゴイズエッタも、どうしたら成功するのかと聞かれると「第一に単純にする。第二に説明可能にする」と答えたそうである。


III. EVAとMVA
EVAの背景には、企業の目的は企業価値(有利子負債+株式の価値(時価))を大きくすること、具体的には株価をあげることだという考え方がある。この考え方のもとでは、企業内部で選択される業績評価指標は、市場の評価、すなわち株価との強い相関がなければならない。EVAのフレームワークには、市場の視点を取り入れた指標であるMVAが含まれており、EVAとMVA との相関は極めて強い。


IV. EVAの経営への応用
EVAを経営管理指標として選択し、最終的な成果であるMVA ひいては企業価値の増大、特に高株価を達成するための方法は・・・・。まず、EVAの考え方を社内に浸透させ、すべての従業員に自分の仕事の権限と責任の範囲でどうしたらEVAを改善できるのかを明確に意識させること、それが出発点である。EVA改善のためになすべきことは、以下の4つに集約できる。

• 追加投資なしに営業利益を増加させる(ROICの上昇)
• 資本コストを上回るリターンのプロジェクトに投資をする(ROICの上昇)
• 資本コストを下回るリターンの事業は譲渡もしくは清算する(ROICの上昇)
• 資本コストを下げる(WACCの低下)

これら全ては、EVAスプレッドの拡大に貢献する。事業に関する全責任を持つ優秀な管理者であれば、EVAの概念さえ理解すれば、細かい指示は必要ないだろう。結果として生み出したEVAを評価基準とすることを周知徹底すれば、EVA改善に向けた自発的な行動を期待できる。しかし、一般の従業員には、EVAに影響を与える要因を分解し、より身近な問題として認識できるような具体的な業務指標を示すことが有用だろう。

EVAの考え方を社内に十分に浸透させた上で、次に考慮すべきことは、EVAをボーナスに連動させ、従業員に価値創造へのインセンティブを与えることである。それにより、適切な意思決定と業務遂行、価値創造に応じた公平な分配を通じて、継続的な価値創造は確かなものとなる。

EVAにもとづくボーナス制度の設計にあたり留意すべき点には、以下のようなものがある。
• EVAの絶対額ではなく改善額に注目したボーナスシステム。これにり、既に多額のプラスのEVAを生んでいる事業部とEVAがマイナスでありながら改善努力を行なう事業部との間の不公平感をなくすことができる。
• 上限なしマイナスありのボーナスシステム。意思決定や業務遂行にあたる従業員に経営者的な視点を持たせ、緊張感を高めるためには、成功した場合のボーナスには上限を設けず、失敗すればマイナスのボーナスというペナルティーを課すことが有用である。マイナス評価をを組み込まないと、リスクを取りすぎるといったようにインセンティブにゆがみが生じる。
• ボーナスバンク。理論的には、上限なしマイナスありのボーナスシステムが有用だとしても、実際上、高額のボーナスを手にして辞める従業員が出たり、ボーナスがマイナスだからといっても従業員からマイナス分を徴収するわけにはいかない。こうした不都合に対処する仕組みとしてボーナスバンクの考え方が参考になる。この仕組みのもとでは、ボーナスのすべてを一度に払うのではなく一部を会社に対する預け金として繰り越させ、価値創造型の従業員の離職を防ぎ、マイナスのボーナスを累積する価値破壊型の従業員の退職を促す。


V. EVAの意義
業績評価指標は無数にあるが、あれもこれもと多くの指標を提示することは、指標の優先順位が不明確になり、混乱を生じさせるため、賢明なやり方ではない。その意味で、経営改善に必要な要素をすべて織り込んだ単一の指標であるEVAは明快な指標である。特に、企業の目的を価値創造と捉えた場合、意思決定や目標設定、業績評価とそれに連動する報酬制度に一貫して使え、ファイナンス理論の裏づけを持ちながらも単純化された指標であるEVAには優位性がある。また、EVAは、投資サイドにも認知されていることから、適正な株価形成に向けた資本市場との対話(IR、投資家向け広報活動)にあたっても有用なツールとなる。

昨今の超低金利に甘んじて、ゾンビ企業と化している日本企業のリストラを後押しするためにも、EVAは威力を発揮するだろう。EVAは、従来のP/L上のコストではなかった株主の期待収益をコストとして捉えたことで、自己資本にもコストがかかっていることを認識させる。それにより、経常利益が黒字だからまあまあだと考えていた事業が、実際は、今まで見えないためにないものと考えていた株主資本コストを考慮すると赤字であることが明らかになり、あわててリストラに着手する経営者も多いことだろう。

また、EVAは、投資意思決定とその後の達成状況をフォローする仕組みが連携していないという多くの日本企業にみられる弱点を克服するためにも有効である。EVAの現在価値がプラスであるかどうかを新規の投資を決める基準とし、その後は投資が計画どおりに進んでいるかをEVAにより評価して、EVAの達成状況によりボーナスを支払う首尾一貫した仕組みを導入すれば、強力な投資効果実現のためのモニタリングとインセンティブの連携システムができあがる。そうすれば、従来のような無責任な投資はなくなり、投資価値創造への取り組みに真剣に取り組まざるを得なくなるだろう。

EVAを単なる新しい指標のひとつとして経営目標に掲げるだけでは意味がない。EVA改善を経営の中心課題に据え、それに向けた内部の取り組みを着実に実行し、その達成状況を市場に対してもアピールすることで、高株価を実現して株主に報い、最終的には、経済全体の活性化を図ることが、今、EVAに期待される役割である。

ちなみに~
税引後支払利息×(1-実効税率)
税引後営業利益=営業利益×(1-実効税率)
実効税率は、(法人税率×(1+住民税率)+事業税率)÷(1+事業税率)により計算することが一般的。


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