日記&旅行記

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駆け付け警護という名の戦闘行為

2016年10月18日 12時13分30秒 | 憂い

 南スーダンに派遣する自衛隊に、駆け付け警護を任務として付与する事にするそうだ。自分も一時期は、他国に守って貰って、守ってくれた国の派遣軍を守らないのは、信義にもとると考えていた。だが、最近になってその考え方の危うさに気付いた。

 他国の軍隊が襲われて、それを救うために駆け付けて警護をするという事は、文字面だけをみればきれいだが、警護をするという事は、携行している武器を使用するという事とイコールなのだ。という事は、襲った側からすると、日本も攻撃の対象になりうるという事なのだ。

 直ちに攻撃対象になるのかどうかは別にして、攻撃対象になるという事は、火を見るより明らかな事なのだ。おそらく政府は、支那事変に突入したように、情報操作をして、国民の戦闘行為に対するアレルギーを、麻痺させようとしているのだろう。

 だが、国民の大多数は、他国に守って貰って、他国が窮地に陥った時に助けないのは、信義に反する、という正義感を持っていて、国民に情報操作でそういう意識を植え付けるのが狙いなのだろう。

 先に亡くなった、新潟のジャーナリストが、支那事変に突入した頃の雰囲気に非常に似ている、と日本の行く末を気にし乍ら亡くなった、と報じられていた。彼は、政府のお先棒を担ぎ、ジャーナリストとして戦争に巻き込まれないように出来なかった事を、悔いていたと報じられていた。

 戻るが、一度戦闘をすると、次には自衛隊もターゲットになり、次第に紛争に巻き込まれていく事は、アメリカやヨーロッパ諸国を見ていても、一目瞭然だろう。我々が出来る事は、国のやる事を確りとみて、二度とあの忌まわしい戦争に日本が踏み込まないように、監視して行く事だろうと思う。

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