さて、そろそろスウェーデンにおける原発の議論について触れていきたいと思うのですが、今週はなかなか時間がありません。しかし、少しずつ始めていきます。
大まかな話から始めるとすれば、中野多摩川さんがコメントに下さったように今回の大震災に伴う福島原発事故のあと、スウェーデンではこれまでのエネルギー政策を大きく路線転換するような議論は特にない。私の思うところ、その理由は、スウェーデンのエネルギー政策では既に大震災以前の段階において「段階的な脱原発」という路線が多かれ少なかれ選択されており、福島原発の事故のあともそれが継続されているためである。
「多かれ少なかれ」という部分は少し説明が必要だ。たしかに、1980年の国民投票を受けてそれから10年以内にすべての原発を閉鎖するという政治決定が行われたものの、代替エネルギーの確保がうまく進まず、当初の10年が20年となり、そして既に30年が過ぎ、この間に閉鎖された原発も2基に留まる(残り10基)。そして、既存の原子炉が徐々に古くなりつつある中、2009年2月に中道保守政権が連立合意を行い、「既存の原子炉が寿命を迎えた場合にはその更新を認める」という内容の発表を行った。
ただ、古くなった原子炉の更新のみを認めるものであり、原発の増設によってエネルギー問題や温暖化問題の解決を図っていく、という趣旨の路線転換ではなかった(もちろん、たとえ更新でも新しい原子炉は出力が大きくなるので10基が上限だとはいえ発電量が増えることもあるが)。よって、ドイツなどで見られたような「原発ルネッサンス」と呼ばれる大規模な路線転換ではなかった。
あくまで再生可能エネルギー・自然エネルギーへの移行期間をさらに延長するというものであり、また合意の中でも原子力は「エネルギーの移行的な解決策に過ぎない」という位置づけが明確になされていた。同時に、風力発電やバイオマス発電を今後大幅に拡大していくために、へ国が積極的に支援を行うことが同意に盛り込まれていた。実際のところ、スウェーデンは風力発電の普及に本格的に取り掛かるのが遅かったものの、2000年代後半は新規の風力発電施設が相次いで建設され、出力・発電量ともに大きく上昇しているし、バイオマスを燃料とするコジェネ発電もそれ以上に伸びている。「グリーン電力証書システム」という経済インセンティブをうまく活用した制度が導入されており、その効果によって2030年には原子力で現在賄っている発電量の少なくとも半分は再生可能エネルギーで賄えるだろう、というのが一つのシナリオだ。あとは節電がどこまで成功するかが、脱原発が成功するかの鍵を握っていると言える。
つまり、日本の大震災前の段階で「原発推進」や「脱原発からの路線変更」を打ち出していたわけではないため、震災後のスウェーデンにおける議論はそれ以前とあまり変化がなく、よって前後での明確なコントラストが感じられない。それは上記の理由によるものであり、決して否定的なことではない。
一方で少し冷めた見方をすれば、スウェーデンはこれまで「脱原発」を掲げてきたものの再生エネルギーの開発・普及に本腰を入れて取り組むようになったのは過去5年か10年の間であり、今後は大きく伸びていくことが期待されているものの脱原発にはやはり時間がかかる。しかし、少しずつでもその方向に歩き続けていけば2030年ごろには原発への依存が大きく抑えられ、再生可能なエネルギーが大きく花開いているであろう、といったどちらかと言うと「カタツムリ」的な野望が日本の震災の前後におけるスウェーデンのエネルギー政策ではなかったと思う。そして、その路線に現在大きな変化は見られない。(ちなみに、スウェーデンの電力需要は1980年代後半以降ほぼ横ばいを保っていることは特筆しておきたい。)
もちろんスウェーデンにも原子力業界というものはあり、電力企業や電力を大量に使用する鉄鋼や紙パルプ産業などとともに原発の増設を主張してはいる。国政政党の中でも連立政権の一翼をなす自由党はこの路線を政治的に訴えてはきたが、彼らの路線が政府の方針となるまでには至っておらず、同じ連立政権内でもともと反原発を訴えてきた中央党などとの妥協の産物として2009年2月の合意があった。日本の大震災をうけて、スウェーデンでも原発の是非を巡る議論が少なからず再発しているので、それについては、今後触れていきたい。
もう少し詳しく知りたい人のために、スウェーデンのこれまでのエネルギー政策とその議論、今後の電力供給見通しについて、2009年夏に私がまとめたレポートがあります。スウェーデンの電力需要が横ばいに推移しているデータとその主な理由もここに掲載しています。下のリンクでダウンロードできます。
原発の増設ではなく、原発依存の抑制に取り組むスウェーデンの意欲(『えんとろぴぃ2009年7月』)
【注】ただし、ここでは原発の寿命60年を前提として議論していますが、福島原発の事故などを受けて、その前提が本当によいのかどうかについての議論もスウェーデンではあります。
大まかな話から始めるとすれば、中野多摩川さんがコメントに下さったように今回の大震災に伴う福島原発事故のあと、スウェーデンではこれまでのエネルギー政策を大きく路線転換するような議論は特にない。私の思うところ、その理由は、スウェーデンのエネルギー政策では既に大震災以前の段階において「段階的な脱原発」という路線が多かれ少なかれ選択されており、福島原発の事故のあともそれが継続されているためである。
「多かれ少なかれ」という部分は少し説明が必要だ。たしかに、1980年の国民投票を受けてそれから10年以内にすべての原発を閉鎖するという政治決定が行われたものの、代替エネルギーの確保がうまく進まず、当初の10年が20年となり、そして既に30年が過ぎ、この間に閉鎖された原発も2基に留まる(残り10基)。そして、既存の原子炉が徐々に古くなりつつある中、2009年2月に中道保守政権が連立合意を行い、「既存の原子炉が寿命を迎えた場合にはその更新を認める」という内容の発表を行った。
ただ、古くなった原子炉の更新のみを認めるものであり、原発の増設によってエネルギー問題や温暖化問題の解決を図っていく、という趣旨の路線転換ではなかった(もちろん、たとえ更新でも新しい原子炉は出力が大きくなるので10基が上限だとはいえ発電量が増えることもあるが)。よって、ドイツなどで見られたような「原発ルネッサンス」と呼ばれる大規模な路線転換ではなかった。
あくまで再生可能エネルギー・自然エネルギーへの移行期間をさらに延長するというものであり、また合意の中でも原子力は「エネルギーの移行的な解決策に過ぎない」という位置づけが明確になされていた。同時に、風力発電やバイオマス発電を今後大幅に拡大していくために、へ国が積極的に支援を行うことが同意に盛り込まれていた。実際のところ、スウェーデンは風力発電の普及に本格的に取り掛かるのが遅かったものの、2000年代後半は新規の風力発電施設が相次いで建設され、出力・発電量ともに大きく上昇しているし、バイオマスを燃料とするコジェネ発電もそれ以上に伸びている。「グリーン電力証書システム」という経済インセンティブをうまく活用した制度が導入されており、その効果によって2030年には原子力で現在賄っている発電量の少なくとも半分は再生可能エネルギーで賄えるだろう、というのが一つのシナリオだ。あとは節電がどこまで成功するかが、脱原発が成功するかの鍵を握っていると言える。
つまり、日本の大震災前の段階で「原発推進」や「脱原発からの路線変更」を打ち出していたわけではないため、震災後のスウェーデンにおける議論はそれ以前とあまり変化がなく、よって前後での明確なコントラストが感じられない。それは上記の理由によるものであり、決して否定的なことではない。
一方で少し冷めた見方をすれば、スウェーデンはこれまで「脱原発」を掲げてきたものの再生エネルギーの開発・普及に本腰を入れて取り組むようになったのは過去5年か10年の間であり、今後は大きく伸びていくことが期待されているものの脱原発にはやはり時間がかかる。しかし、少しずつでもその方向に歩き続けていけば2030年ごろには原発への依存が大きく抑えられ、再生可能なエネルギーが大きく花開いているであろう、といったどちらかと言うと「カタツムリ」的な野望が日本の震災の前後におけるスウェーデンのエネルギー政策ではなかったと思う。そして、その路線に現在大きな変化は見られない。(ちなみに、スウェーデンの電力需要は1980年代後半以降ほぼ横ばいを保っていることは特筆しておきたい。)
もちろんスウェーデンにも原子力業界というものはあり、電力企業や電力を大量に使用する鉄鋼や紙パルプ産業などとともに原発の増設を主張してはいる。国政政党の中でも連立政権の一翼をなす自由党はこの路線を政治的に訴えてはきたが、彼らの路線が政府の方針となるまでには至っておらず、同じ連立政権内でもともと反原発を訴えてきた中央党などとの妥協の産物として2009年2月の合意があった。日本の大震災をうけて、スウェーデンでも原発の是非を巡る議論が少なからず再発しているので、それについては、今後触れていきたい。
もう少し詳しく知りたい人のために、スウェーデンのこれまでのエネルギー政策とその議論、今後の電力供給見通しについて、2009年夏に私がまとめたレポートがあります。スウェーデンの電力需要が横ばいに推移しているデータとその主な理由もここに掲載しています。下のリンクでダウンロードできます。
原発の増設ではなく、原発依存の抑制に取り組むスウェーデンの意欲(『えんとろぴぃ2009年7月』)
【注】ただし、ここでは原発の寿命60年を前提として議論していますが、福島原発の事故などを受けて、その前提が本当によいのかどうかについての議論もスウェーデンではあります。
参考レポートの冒頭にある日本の報道を、そのまま鵜呑みにしたのが私でした。同じように誤解している人はまだまだ多いのでしょう。脱原発への取り組みも同時に報道してほしかったです。
ところで報道ではないのですが「スウェーデンの原子力発電」で検索すると、(社)日本原子力産業協会の新人歓迎用の資料が検索され、そのタイトルが『スウェーデンが選ぶ脱「脱原子力」』となっています。
日本では原発推進派にとっていいダシに使われている状況です。
皮肉なことに福島の混乱ぶりが長引くほど脱原発の市民意識が高まっているようです。またその報道ぶりも毎日新聞などでは脱原発へと社説を掲げるようになりましたし、私が購読している東京新聞でも脱原発の知識人の記事が多くなったと感じています。日経ではさすがに無理ですが、脱原発が商売になるとなればそちらへの報道量も増えていくでしょう。若き技術者に期待したいです。
今後も本業と、お体に差し支えない程度にブログへのアップお願いいたします。
いろいろ放射能のことについて日本のGWを利用して
勉強していますが、スウェーデンの取り組みについて
非常に詳しくまとまったBLOGで大変参考となりました。
私のBlogでも紹介させていただきたいので勝手ながらの記事内にリンクさせていたきました。
よろしくお願いしたします。
バイオマスのコジェネについてですが、事情が複雑なので一概に発電量が増えていくかは疑問のあるところです。
業者は、地域の熱需要に合わせて発電量を決定しています。(電気:熱が1:2で生成するのでエネルギーを無駄にしないため)
ご存知のように熱需要は既にほぼバイオマスに変換されているので、液体燃料製造により重点が置かれていて、CHPの伸びしろはあまりないんじゃないか、というところです。
この辺りは複雑でコメント欄で終わらせられないので、後日私のブログに書いて紹介させて頂きたいと思います。
ご指摘のとおり、コジェネ発電は熱供給が第一の目的だと思いますので、確かに熱需要がそれ以上増えなければコジェネ施設の新規建設や発電量上昇の余地もあまりないかもしれません。
一方、エネルギー庁によると現在のコジェネ発電量は
2007年:産業6.1TWh、地域暖房7.1TWh、計13.2TWh
2009年:産業5.9TWh、地域暖房9.3TWh、計15.2TWh
(うちバイオマスは、産業5.2TWh、地域暖房4.4TWh、計9.6TWh。残りの部分のうち、ゴミが1.4TWh)
であるのに対し、2020年から2030年にかけて発電量が以下のようになると予測しています(1ヶ月ほど前に発表された長期予測によるものです)。
2020年:産業7.5TWh、地域暖房14.5TWh、計22.0TWh
(うちバイオマスは、産業7.0TWh、地域暖房8.4TWh、計15.4TWh。残り部分のうち、ゴミが3.0TWh、泥炭が1.6TWh。石油・ガスは2.0TWh)
2030年:産業7.6TWh、地域暖房14.5TWh、計22.1TWh
(うちバイオマスは、産業7.0TWh、地域暖房9.9TWh、計16.9TWh。残りの部分のうち、ゴミ3.3TWh、泥炭が0.3TWh。石油・ガスは1.6TWh)
つまり、これを見る限り2020年には07年比で66%も上昇する余地があると考えているようです。
では、熱需要はどのように変化するかというと
2007年に46.9TWh(産業4.5TWh、家庭・オフィス42.4TWh)だったものが、
2020年:53.5TWh(産業4.7TWh、家庭・オフィス48.8TWh)
2030年:54.7TWh(産業4.6TWh、家庭・オフィス50.0TWh)
となると予測しています。2020年には07年比で14%の上昇ということです。
疑問としては、熱需要の上昇が14%なのにコジェネの発電量が66%も上昇するのか?という部分です。エネルギー庁の長期予測はいくつかのシナリオや仮定などを元に算出しているようですが、その信頼性や現実性については私は分かりません。
ですので、そのあたりの複雑な部分について、ブログで解説していただけることを期待しています。(アドレスは知っていますよ。以前拝見させていただきました)
東海地震に十分耐えられるよう、防潮堤の設置など中長期の対策を確実に実施することが必要で、完成までの間、すべての原子炉の運転を停止すべきだと説明しました。
他の原子力発電所は安全なの???と言いたいですね。
いまは当然ながら東京電力がマスメディアに激しく叩かれていますが、同じくらい厳しい目で他の電力会社の原発の安全性についてもきちんと監視を行い、メディアとしての役割をきちんと果たして欲しいものです
日本では原発推進派にとっていいダシに使われている状況です。
貴重な情報ありがとうございます。
http://www.jaif.or.jp/ja/joho/press-info_sweden0903.pdf
まさに「いいダシ」ですね。連立与党合意の直後に作成された資料ですので、この日本原子力産業協会さんが大喜びしてはしゃいでいた様子が伺えます。
最後の「ご静聴ありがとうございました」のあとに「Lights on with nuclear」とあるところで笑ってしまいました。