地遊人

日常のことごと、出来事を、気ままに書き記していく。
62歳からの自己整理・自己満足策とボケ防止挑戦プログ。

援農ボランティア作業日誌ー113-

2008年04月30日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)



08-4-40
【今日の作業】
・ピーマン、かぼちゃの植え付け(かぼちゃの種類は雪化粧とぼっちゃん)

※【雪化粧】
主に北海道で作られているかぼちゃです。
雪化粧をした山のように白っぽい色をしているのでこういう名前が付きました。
流氷がくる頃まで保存できる(味が落ちない)ことから別名を流氷かぼちゃとも言います。
粉質で果肉は淡い黄色。茹でると鮮やかな黄色になります。
ホクホクと甘く、一度食べるとやめられないと評判で、ここ数年かなりの人気です。

ソーメンかぼちゃは後日植える。ソーメンかぼちゃは未だ一般的になっていない。
今日は25度の暑さだ。汗がしたたり落ちる。水分を補給する。
雨が欲しいところだが、連休中は雨は無いみたいだ。


・ナス、キューリも順調に育つことを祈りたい。
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佐高 信を読む

2008年04月28日 | 【10】読む(図書館活用)

08-4-28
テレビに出まくり物知り顔でむかつく輩とか、おぞましい顔を見て反射的にチャネルを変え
てしまう連中とか、マスコミを利用して儲けようとしているわけの判らぬ者供を、思わず、
「そうだなー」「やっぱりねー」とうなずかせるような小気味いい指摘、評価、評論をしてくれる。
この何かが変な世の中にあって、少し立ち止まって考えてみるために読むには、いい本
かもしれない。
この評論が全てが正しいとは思わないが。何か「痛快さ」が生まれてくる。
(毎日新聞社刊)
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援農ボランティア作業日誌ー112-

2008年04月26日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)


08-4-26
【今日の作業】
・きゅうりの植え付け(今日の植え付け分で200本以上あったかな)
立ったり座ったりの作業の繰り返しで、結構足腰の運動になった。
午後から雨模様との事で、丁度いいタイミングになりそうだ。 


S氏宅の藤。豪華・圧倒。撮るのが1週間位遅かったか。
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今年の牡丹

2008年04月25日 | 【4-2】庭を楽しむ

08-4-25
今年も庭の牡丹が咲き始めた。少し小ぶりか。一本だけの芍薬はもう散ってしまった。

・中国原産。日本へは奈良時代に渡来してきたらしい(弘法大師が持ち帰ったとの説も)。
・「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」美人の姿を形容することば。
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中山道を歩くー資料編③ー

2008年04月24日 |  ・同上ー資料編ー

08-4-20(月)~22(火)
中山道11 見る所

■下諏訪宿(江戸から29番目の宿場)・・・甲州道中との合流地
【諏訪大社下社秋宮】日本一大きい青銅製の狛犬やしめ縄が。
・諏訪大社というのは、一つの社のことをいうのではなく、諏訪地方にある四つの社の総評。
・諏訪湖をはさんで北側の下諏訪町に秋宮と春宮からなる下社があり、南側の諏訪市には本宮
と茅野市にある前宮からなる上社がある。
・一般には古くから、上社が男神様、下社が女神様といわれている。
・「御神渡(おみわたり)」上社の男神が下社の女神に会いに行く道。道筋で作物の出来を占う。
 (気温がマイナス10度以下の日が続くと、全面が凍って膨張し、一部に帯のような亀裂が入ってその部分が両側から押されて盛り上がって道筋みたいなものでできる)
・諏訪大社の創建はあきらかではない。「古事記」では・・・・
・「御柱祭」寅年と申年の7毎に行われる。・・・・
【本陣跡(岩波家)】
 ・皇女和宮宿泊 上段の間、参勤交代資料、庭園(中山道随一だと)。
【下諏訪町歴史民族資料館】
【道標】「右中山道左いな(伊那)みち」
【一里塚跡】
【茶屋本陣(今井家)】
【石船観音】金明水(霊水)として名が通った鳴沢の清水
【塩尻峠】「絶景なり」とか。
 ・諏訪側からは、諏訪湖、八ヶ岳が、塩尻側からは、御岳、乗鞍、穂高の山々が望める。

宿泊 ホテルあさひ館(詳細は別紙計画表)

■塩尻宿(江戸から30番目の宿場)
 歩道がなく危険、注意!
【永福寺】
 ・立派な楼門、本堂
 ・朝日観音堂(茅葺屋根)・・・木曽義仲の子孫義人豊が義仲供養のため開山
    建物は二代立川和四郎内匠富昌の再建(山車彫刻で名を馳せた。初代富棟は諏訪大社秋宮
の総建築を任される)
【堀内家住宅】屋根に立派な「雀踊り」の棟飾り
【下大門交差点】
 ・中山道と松本街道(塩の道)の追分・・・静岡や新潟からの塩を運んだ、終着点が塩尻
 ・「敵に塩を贈る」(川中島の合戦で、武田軍最大の戦力を持っていた高坂弾正は、双方戦死者8000とも言われる戦死者を敵味方関係なく手厚く葬ったそうな。今川、北条との開戦で、塩の搬入を禁止され、甲斐、信濃、上野の民は非常に困った。・・・)
【平出一里塚】

■洗馬宿(江戸から31番目の宿場)
 昭和7年の大火で宿内200軒が消失、当時の面影はないという
【細川幽細肘掛松】忠興の父、ガラシャの義父。松に肘をかけ、月を眺め歌を詠んだんだと。
【信濃分去されの道標】「右中山道」「左北国往還 善光寺道」
【太田の清水】
 ・昔、木曽義仲の軍勢と出会った今井兼平が、この清水で義仲の馬を洗って疲れを癒したという。
   洗馬の地名の由来。

■本山宿(江戸から32番目の宿場)
・「そば切り」の発祥地だと。
・鉄道開設時に開発・発展から取り残されたことで、宿場風情が残っている。川口屋、池田屋・・
・旅籠跡などで見かける軒看板・・・京都側はひらがな、江戸側は漢字だと。今度見てみよう。

■贄川(にえかわ)宿(江戸から33番目の宿場)
【茶屋本陣跡】
【贄川関所・木曽考古館】「上下女改め、御番所、ひの木細工改め」
【麻衣廼(あざぎぬの)神社】4本の御柱、朱漆塗りの見ごとな社殿、やはり7年毎に御柱祭
【諏訪神社】
芭蕉句碑  送られつ をくりつはては 木曽の秋 (更科紀行の折とか)
【間の宿・平沢】木曽漆器の町
漆器に欠かせない下地造りに大切な「錆土」という、すぐれた粘土の発見。丈夫で長持ち。
贄川小学校・・・校舎がヒノキ造り、給食の器は、木曽漆器だと。

宿泊 民宿 津ち川(詳細は別紙計画表)

■奈良井宿(江戸から34番目の宿場)
【八幡宮・二百地蔵】
【木曽の大橋】木橋では日本一、見事な太鼓橋 樹齢250~300年の木曽ヒノキを使用の贅沢
【平野酒造店】酒林(さかばやし)
【旅籠屋・徳利屋(内部は郷土館)】
街道風景・・・本陣、上問屋(手塚家)、越後屋、伊勢屋・・・江戸時代そのまま
【長泉寺】お茶壷道中「ずいずい ずっころばし ごまみそずい・・・」
【楢川村立 歴史民族資料館】
【鎮神社】

これから難所、鳥居峠(標高1197m、奈良井から約2.5Km)へ  
日本海へ向かって流れる奈良井川、太平洋に向かって流れる木曽川との分水嶺をなす。
きついところ「くるみ坂」

【御岳遥拝所】
【丸山公園、義仲硯水】

■薮原宿(江戸から35番目の宿場)
【米屋】
【お六櫛】ミネバリの木
【極楽寺】雪舟、応挙・・・の書画
【宮川家 資料館】

◎馬籠・妻籠を訪ねる前に、島崎藤村の「夜明け前」は是非読んでおきたい。
長編小説なので読みやすい本がいい。
ほるぷ出版1~4巻お勧めしたい。
・活字が大きく、口語体なので読みやすい。
・買う必要はない。市の図書館にリクエストすれば、多分、奥のほうから出してきてくれるはずだ。1~2ヶ月あれば、4冊はゆっくり読める。
・幕末、維新後の中山道の様子や主人公青山半蔵が、中山道を何度も行き来した気分も味わって歩くのもいい。08-1-24

2008/03/23



08-5-25(日 )~27(火)
中山道12 見る所

■薮原宿(江戸から35番目の宿場)
【巴ヶ淵】

■宮ノ越宿(江戸から36番目の宿場)
【徳音寺】
・木曾(源)義仲の菩提寺。義仲、母の小枝御前、巴御前らの墓がある。
・境内に「宣公郷土館」(義仲の守り本尊の兜観世音菩薩、愛蔵品、文化財など)
・木曾八景「徳音寺の晩鐘」
     
【義仲館】
  木曾義仲(きそよしなか)   
 
木曾義仲(1154~1184)は、武蔵の国(さいたま)大蔵で誕生。父・源義賢は源頼朝の父・義朝の弟で、義仲は源頼朝の従弟。幼少の時、父・義賢が甥の源義平(悪源太)に殺され、その後斎藤別当実盛らの情により、木曾の山中に匿われ成長。治承四年(1180)、似仁王の令旨によって平家追討の挙兵をし、寿永二年(1183)、砺波山で平維盛を敗り、入京。そこで後白河法皇からその功を賞して「朝日将軍」の称号を与えられた。ところが、その後の木曾義仲軍の粗暴な行為に困った後白河法皇は、とりあえず平家追討の院宣を義仲に与え都から遠ざけ、その隙に鎌倉の頼朝に上洛を促した。密かに頼朝に義仲追討命令をだした。寿永三年(1184)、義仲は頼朝が差し向けた源範頼、・義経軍と戦って敗れ、近江国粟津ヶ原で戦死した。
【本陣跡】
【林昌寺】・義仲の養父・中原兼遠の墓
【中山道東西中間之地】道の駅「日義木曽駒高原」
 ・京へ六十八里二十八町(266Km)、江戸へ六十八里二十八町(266Km)
  ようやくというか、ついにと言うか、半分まで来た。
 ・この碑の前に立つとバックに木曾駒ケ岳が見事な景観を見せると。晴れていればだが。
 ・木曾八景「駒ケ岳の夕照」

左手に木曾駒ケ岳をはじめ中央アルプスが美しい。

【手習天神】・義仲の勉学のため、京都の北野天満宮を迎えた。
【冠木門(かぶきもん)】・福島宿を象徴する関所の門をイメージしたもの。

■福島宿(江戸から37番目の宿場)
【福島関所跡】【同資料館】
 ・当時、五街道に張り巡らした50ヶ所の関所のうち、同じ中山道の碓氷関所、東海道の箱根、新居の関所とともに江戸四大関所に数えられる。(関守は山村氏で、尾張藩の木曾代官として木曾の山林を預かり、その権力は非常に大きなものであったそうな。
 ・島崎藤村「夜明け前」での描写。
  「そこは西の門から東の門まで一町程の広さがある。一方は傾斜の急な山林に倚り、一方は木曽川の断崖に望んだ位置にある。」
【高瀬家】(資料館)
 ・山村氏の家臣で代々関所番を勤めた。
 ・島崎藤村の姉・園が嫁いでいて、作品「家」のモデルになっている。

今日の宿泊 民宿むらちや(詳細は別紙計画表) TEL0264-22-3186
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/38418/38418.html

【興禅寺】【木曾福島郷土館】
 ・木曾信道が先祖の木曾義仲追善供養のため旧寺を改めた。
 ・木曾氏、山村氏の墓。山村氏の菩提寺
【山村代官屋敷跡】・駒ケ岳を借景にした泉水庭園が見事
【上の段】・福島宿の中で最も江戸の風情を残す。
【木曾義元の墓】・木曾義仲の末裔と云われるが。
【御嶽遥拝所】

■上松(あげまつ)宿(江戸から38番目の宿場)
【木曾の桟(かけはし)】
 ・桟や 命をからむ 蔦かずら(芭蕉)
 ・なかなかに 言ひもはなたで信濃なる 木曽路のはしのかけたるやなそ(源頼光)
 ・浪と見る 雲を分けてぞ漕ぎ渡る 木曾の桟底も見えねば(西行)
【玉林院】・木曾義元の二男玉林が創建
【本陣・脇本陣跡】
【越前屋】
【臨川寺】
【寝覚の床】(木曾八景のひとつ)
 ・浦島太郎伝説の場所として有名。海岸端で玉手箱を開けずに、ここで開けた?

■須原宿(江戸から39番目の宿場)
今日の宿泊 民宿いとせ(詳細は別紙計画表) TEL0264-55-3686

【須原ばねそ(桜の花漬け】・すばらしいぞえ須原の桜 漬けて煮え湯の中で咲く
【水舟と正岡子規歌碑】・寝ぬ夜半をいかにあかさん山里は 月出つるほどの 空たにもなし
【脇本陣跡】・西尾酒造
【定勝(禅)寺】
・室町時代初期(1430)領主・木曽氏11代親豊が創建
・秀吉の家臣 犬山城主石川備前守光吉が再建、山門・庫裏は国の重要文化財
 本堂に残る桃山時代の千羽鶴や木曽のヒノキで造られた迫力満点の達磨像は見逃せないと。
【岩出観音堂】
【天長院】

■野尻宿(江戸から40番目の宿場)
【はずれ】(尾上家)
【本陣跡】
【妙覚寺】

                               2008/5/10

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中山道六十九次を行く-11-その②

2008年04月24日 | 【16】中山道六十九宿を歩く(予備)
【第三日目】
奈良井宿から、難所鳥居峠を越して藪原宿へ


早朝の奈良井宿を行く。人が少なく、気温も丁度いい。最高の雰囲気だ。
江戸時代はこんな感じか。電柱、電線も無く、空が広い。
昔は千軒も立ち並んでいた、妻籠に並ぶ大きな宿場だったそうな。



【上問屋資料館】
・慶長年間から明治維新までの270年、問屋(といや)を勤め、庄屋も兼務したと。
・下の絵は、岩駆(がんく)という画家の、虎の想像絵だという。




【中村邸】
・江戸時代の櫛屋中村利兵衛の屋敷。
・下の写真は、猿頭をあしらった鎧庇(よろいひさし)
この鎧庇は釘類をすべて下から打ってあり、庇を吊る鎖もやわい造りになっていて、
盗賊がこの鎧庇に手や足を掛けようとすると、庇が壊れて落ちる仕掛けになっている。
盗難防止の知恵である。
猿頭と鎧庇は奈良井宿独特の物で、奈良井宿以外には見られないという。



・奈良井宿の鎮守。疫病流行を鎮めるため、下総国香神社を勧請したことから
鎮神社と呼ばれたともいわれるそうな。


峠の途中で。
【鳥居峠】(標高1197m) 
日本海へ向かって流れる奈良井川、太平洋に向かって流れる木曽川との分水嶺をなす。


・御嶽遥拝所より雪を冠した御嶽山を望む。これからの旅にしばらく付き合って頂く山だ。
【御嶽山(おんたけさん)】
長野県木曽郡木曽町、王滝村と岐阜県下呂市の境目にある山である。
木曽御嶽山や御岳ともいう。標高3,067m。日本百名山の一つ。
古くから信仰の山として信者の畏敬を集めてきた巨峰で、いくつもの峰を連ねてそ
びえる活火山である。


【御嶽神社】



【藪原神社】

【今回の旅】
・実施日 平成20年(08)4月20日(日)~22日(火)
・天 候 初日は雲が多かったが、2日目は歩くのに丁度よく、3日目はやや暑い位だった。
      ありがたいことだ。
・メンバー4人
・距 離 1日目・・・22,543歩(16.9Km)
     2日目・・・39,960歩(30.0Km)
     3日目・・・17,041歩(12.8Km)
・見 所
     ・諏訪大社下社秋宮
     ・平沢の漆器店街
     ・奈良井宿
     ・御嶽山
・食 事(うまかった)
     ・山猫亭のそば(下諏訪)
     ・贄川駅前のそば屋の馬刺し
     ・民宿津ち川の夕・朝食(奈良井)
・え! ・贄川駅前のそば屋
       おとうしの「こごみ」注文してないよー。ビール、消費税とる?

・満足度 満足した旅だった。初めての高速バスも快適だった。
     だが、何かが足りないと思ったら、春、そう緑が足りなかった。
     桜は結構満開で満足したが、春の新緑を期待していたのかも知れない。
     怪我もなく、健康で今回の旅も終えた。感謝。
     次回、5月25日からの旅は、まさに新緑の中を歩いてゆくのだ。
     また、「感動」を求め旅を続ける。

【どこまで来たか?】
・宿  :六十九次中、35番目の宿(藪原宿)
・距離 :534Km中、262.5Km


次回は藪原宿から、宮ノ越宿、福島宿、上松宿、
     須原宿、野尻宿へ


・宮ノ越宿


・福島宿


・上松宿


・須原宿


・野尻宿
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中山道六十九次を行く-11-その①

2008年04月23日 | 【16】中山道六十九宿を歩く(予備)
4月20日、再始動!! 
下諏訪宿から塩尻宿、本山宿、贄川宿、奈良井宿、藪原宿へ

【第一日目】
下諏訪宿から塩尻宿へ




【諏訪大社下社秋宮】日本一大きい青銅製の狛犬やしめ縄が。
・諏訪大社というのは、一つの社のことをいうのではなく、諏訪地方にある四つの社の総評。
・諏訪湖をはさんで北側の下諏訪町に秋宮と春宮からなる下社があり、南側の諏訪市には本宮
と茅野市にある前宮からなる上社がある。
・一般には古くから、上社が男神様、下社が女神様といわれている。


昼は、山猫亭の大ざると生中、両方美味かったー、少し食べすぎ。



【本陣跡(岩波家)】
 ・皇女和宮宿泊 庭園は中山道随一だと。おばあさんが一生懸命説明してくれた。
 もう少し緑や花があればよかったかな。秋はかえでで映えるだろうなと思った。
 裏にあった土蔵が立派だったナー。
 


【茶屋本陣(今井家)】


【石船観音】金明水(霊水)として名が通った鳴沢の清水があった。飲んだ。


【塩尻峠】
 ・諏訪側からは、諏訪湖、八ヶ岳が、塩尻側からは、御岳、乗鞍、穂高の山々が望める。
 ということだったが、生憎、雲が低く諏訪湖しか見えなかった。
 説明板には、富士山も少し姿を見せるように出ていた。
 

峠を下ってきたら、屋根に大きくて立派な、雀おどし(おどり)という棟飾りを載せている
民家があった。
これは機能より装飾が目的のようだ。

【第二日目】
 塩尻宿から奈良井宿を目指して


【永福寺】
 ・立派な楼門、本堂
 ・朝日観音堂(茅葺屋根)・・・木曽義仲の子孫義人豊が義仲供養のため開山
  建物は二代立川和四郎内匠富昌の再建
(山車彫刻で名を馳せた。初代富棟は諏訪大社秋宮の総建築を任される)


【平出遺跡】
日本三大遺跡 平出遺跡, 五千年に及ぶムラ。縄文時代から平安時代の長期間に
わたる集落跡が見られる複合遺跡。縄文時代中期の竪穴式住居63をはじめ、
209の住居跡が確認されている。
ユックリ、のんびり歩き回れば、古代のロマンを堪能できるかも知れない。


【信濃分去されの道標】「右中山道」「左北国往還 善光寺道」


【言成地蔵尊】



・旅籠跡などで見かける軒看板・・・京都側はひらがな、江戸側は漢字だと。そうだった。



・道路脇に並ぶ対の石像


これより南、木曽路。木曽路はすべて山の中。写真ではなく、実物に触ってみた。


深い谷間の道。木曾谷の風情が感じられる。もう少し緑が欲しかった。


・贄川駅



【贄川関所】「上下女改め、御番所、ひの木細工改め」
・このお白洲で、いろいろな辛いドラマがあったんだろうなと。


【観音寺】



【楢川小学校】
奈良井宿と平沢地区の中間あたりにある『木曽楢川小学校』。校舎の外壁は水に
強いサワラ、内装はヒノキ、床はナラ材を ... 楢川小学校 給食. 給食で使う食器は、
地元の職人さんが作った漆塗りのものを使用しているんだと。
それにしても、生徒数120人程度、先生40人位?丁度いいか。
教育には木のぬくもりが必要なんだ。


【間の宿・平沢】
・木曽漆器の町
・漆器に欠かせない下地造りに大切な「錆土」という、すぐれた粘土の発見。
 丈夫で長持ち。
現在400戸余りが重要漆工団地として製品を作っているそうだ。大変な街だ。



・今日の目的地、奈良井宿に到着。


【民宿 津ち川】
・ゆっくり、のんびりさせて頂いた。食事も美味かったなー。
一つ一つの料理に工夫があり、気持ちがこもっていた。
そして何よりも、気さくな会話で楽しさを与えてくれた。
今後のご健闘を祈る。一つ、再度行くことがあったら辛口のお酒が欲しいのだが。


http://www.naraijyuku.com/map/tsuchikawa/tsuchikawa.html



【木曽の大橋】
・木橋では日本一、見事な太鼓橋 樹齢250~300年の木曽ヒノキ使用の贅沢さだ。


【八幡宮・二百地蔵】
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援農ボランティア作業日誌ー111-

2008年04月16日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)


08-4-16
【今日の作業】
・さといもの植え付け準備(穴あけー500個位かー、肥料やり)
・植え付け(途中まで)
暑い日だったー、汗だくになった。家に帰ってからのビールが美味かった。



ことしのジャガイモは普通に、順調に育っているみたいだ。


いろんな苗が、出番を待っている。

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08-1舞子行

2008年04月14日 | 【2】舞子高原ライフ

08-4-11~14
思っていたより雪が多く残っていて、まだ、スキーのゴンドラが動き、スキー
をやっている人が多かった。今週一杯か。
道路わきには沢山のつくしがあったし、ふきのとうがあった。つくしはおしたし、
ふきのとうは、天婦羅でいただく。


杉木立には、雪や風で落ちた小枝が無数に散らばっていた。


いつも行く、そばや「草庵」の近くの池には蓮が、もうすぐ顔を出そうと
していた。
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援農ボランティア作業日誌ー110-

2008年04月09日 | 【3】援農ボランティア(東京の青空塾)

08-4-9
【今日の作業】
・トマトの枝降ろし(写真:左側は作業後、右側は作業前)




柿の木の周りはもう雑草が凄い。その中にたんぽぽがあった。
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