観光列車から! 日々利用の乗り物まで

日記代わりに始めました。
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D51 231標準形 蒸気機関車

2017-07-18 04:58:08 | 乗り物(鉄道:船:飛行機:バスなどなど)

単式2気筒で過熱式のテンダー式蒸気機関車である。
主に貨物輸送のために用いられ、太平洋戦争中に大量生産されたこともあって、その所属両数は総数1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数では最大を記録した。この記録は現在も更新されていない。なお、一時的に籍を置いた1162 - 1166号機(→台湾鉄路管理局DT678 - 682)を含めると1,120両になるが、この5両については通常はカウントの対象外とされる。「デゴイチ」の愛称は、日本の蒸気機関車の代名詞にもなった。また、「デコイチ」という愛称もある。

蒸気機関車の代名詞でもあったD51形は、廃車、除籍後実に178両が全国各地の鉄道博物館、その他博物館、公共施設、学校、公園などで静態保存されることとなった。そのうち187・488・745号の3両は準鉄道記念物に指定されている。これらのほか、2両(200号機、498号機)が動態保存されている。D51 231は東京都台東区「国立科学博物館」の野外に展示されている。

標準形
D51 86 - 90・101 - 954
先台車:LT126、従台車:LT154B、テンダー:8-20A・B、動力または手動(ねじ式)逆転機搭載
8-20Aは86 - 90・101 - 106・199 - 211に連結。AとBの相違点は炭水車の台車で、Aは軸ばねにコイルばねを用い、側枠を一体鋳鋼製としたTR24形類似のもの、Bは軸ばねに重ね板ばねを用い、側枠を鋲接板台枠構造としたものである。
逆転機は134号機以降、微妙な操作が行いにくい動力式から手動式に戻された。
前述のとおりナメクジ形は重量配分が悪く、重量列車牽き出し時に空転が多発する傾向があり、牽き出し時の重心移動を考慮すると本来一番重く設定されてしかるべき第1動軸の軸重が13.17tと第2 - 第4動軸に比して1t以上軽く、適正な重量配分ではなかった。そのため、1937・1938年に浜松工場で製造された86 - 90号機において改良試作が行われ、給水暖め器を煙突前に枕木方向に載せ、担いばねの釣合梁(イコライザー)の支点位置を変更して動輪重量の配分を可能な限り修正する、動力式逆転機を手動式に変更する等の設計変更が行われた。これによりナメクジ形で問題とされた点は概ね改善された。ただし、ナメクジ形と比較すれば改善されてはいたものの、先行形式であるD50形と比較すると動輪、とくに牽き出し時に実効軸重が低下する第1動輪の粘着性能が劣り(標準形の昇圧後で動軸重は第1動軸から順に14.73t・14.77t・14.95t・15.11t。つまり、1次形と比較して多少の改善はあったものの第1動軸から順に第4動軸まで軸重が順に増えていくという、重量列車や勾配線での列車の牽き出し時に問題となる軸重の配分状況に変化はない)、ボイラー圧力の引き上げなどによりシリンダー出力が増大していたこともあって、空転多発の一因となっていた。そのため、粘着性能の良否が直接列車の定時運行に影響する北陸本線や信越線などの勾配線では、敦賀機関区を筆頭に改良版であるこの標準形さえ忌避し、額面上の性能では劣るが空転しにくいD50形の配置を強く要望する機関区が少なからず存在した。これらの機関区に本形式が配置されるようになるのは、当時在籍していたD50形が戦時中の酷使で疲弊、老朽化し、他区からの転入による代替車両の確保が事実上不可能となってから、つまり本形式以外の選択肢が消滅して以後のことである。なお、本形式については戦時中以降、輸送力増強を図って動軸重の引き上げが許容され、フロントデッキなどにコンクリート塊の死重を搭載することで空転癖の改善が実現を見ている。その後1938年6月竣工の101号機以降はこの仕様で新製され、この姿が広くD51のイメージとして流布することとなった。
なお、このグループでは一部に台枠が圧延鋼板をくりぬいた棒台枠ではなく、D51 354 - 359・403 - 405など、鋳鋼製台枠を採用したものが存在する他、1943年度製造分以降では、除煙板やナンバープレート、テンダーの石炭庫側板を木材で代用し、また煙室前部上方と煙室扉上部の丸みを省略するなど、金属資源節約と各部工程の簡略化が順次推し進められ、準戦時形と呼ぶべき仕様に移行した。戦後はこれらも徐々に標準形と同等の仕様となるように改修が行われている。

D51 231は1938年度製造された(127両)の1両で日本国有鉄道長野工場(3両) : D51 229 - 231(製造番号1 - 3)東海道本線・山陰本線その他で活躍し昭和50年12月15日北海道追分機関区で休車するまで約216万KMを走行した。
車歴:新潟局配属
1946-2-21現在 吹田
1946-12-31現在 吹田
1947-9-8借入 亀山
1947-10-11返却
1947-10-26借入 鷹取
1947-12-4返却
1954-1-12借入 亀山
1954-3-2返却
1954-6-15盛岡
1954-9-2重油併燃装置取付
1966-10-27第3動輪取替
1968-3-24(8-11?)小樽築港
1968-8-27耐寒工事施工
移動日不明 追分
1976-3-10廃車 追分

動力方式 蒸気
製造所 川崎車輛・汽車製造
日立製作所・浜松工場
日本車輌製造・大宮工場
鷹取工場・小倉工場
長野工場・土崎工場
郡山工場・苗穂工場
三菱重工業
製造日 1935年 - 1950年
総製造数 1,184両
主要諸元
軸配置(ホワイト式) 2-8-2
軸配置(アメリカ式) ミカド
軸配置(日本式) 1D1
軌間 1,067 mm
全長 19,730 mm
全高 3,980 mm
最大軸重 14.30 t
総重量 78.37 t(運転整備)
テンダ重量 47.40 t(運転整備)
含炭水車重量 125.77 t
燃料種別 石炭
燃料容量 10.0 t
水容量 22.0 m³
ボイラ 過熱式(水容量:6.0 m³)
ボイラ圧力 14 kg/cm²(初期型)
15kg/cm²(標準型)
火格子面積 3.27 m²
大煙管寸法本数 140 mm×5,500 mm×35本
小煙管寸法本数 57 mm×5,500 mm×94本
煙管伝熱面積 147.4 m²
火室伝熱面積 17.5 m²
全蒸発伝熱面積 168.8 m²
過熱器形式 シュミット式
過熱伝熱面積 41.4 m²
シリンダ数 単式2気筒
シリンダ寸法 550 mm×660 mm
弁装置 ワルシャート式
最高運転速度 85 Km/h
出力 1,400 PS
定格出力 1,280 PS
単独ブレーキ 空気ブレーキ
列車ブレーキ 自動空気ブレーキ
経歴
運用者 鉄道省→日本国有鉄道
形式 D51形
同一形式両数 1,110両
車両番号 D51 1 - 949, 1101 - 1161
愛称 デゴイチ・デコイチ
運用地域 日本全国
保存 180両(動態2両)
経歴
運用者 胆振縦貫鉄道→鉄道省
形式 D51形
同一形式両数 5両
車両番号 D5101 - D5105→D51950 - D51954
運用地域 北海道
経歴
運用者 台湾総督府鉄道
→台湾鉄路管理局
形式 D51形→DT650形
同一形式両数 37両
車両番号 DT651 - DT687
運用地域 台湾
経歴
運用者 国連軍→韓国鉄道庁
(現・韓国鉄道公社(KORAIL))
形式 D51形→ミカ(미카)7形
同一形式両数 2両
車両番号 D51101・102→ミカ7 1・2
運用地域 韓国
経歴
運用者 サハリン州鉄道
形式 D51形
同一形式両数 30両
車両番号 D51-1 - D51-30
運用地域 ソ連

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