陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の逸(はしり)」(十)

2009-09-28 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空


歯に衣着せぬ物言いで、世界的な権威ある学者に楯突いたこの少女の存在については、当時の記者たちは誰も記事には残していない。
欧米に遅れまいと必死だった日本では、科学の権威者を愚弄することなど許されぬことだった。国家が当時弾圧しようとしていた憑依巫女である姫子の存在は、この村から、この国から抹消されたも当然である。姫子は危険思想の持ち主として留置所に拘束され、なかなか解放されなかった。

千歌音は姫宮の本家に掛け合い、保釈金を支払って姫子を解放してくれるように頼み込んだ。
姫宮の分家筋のどら息子が酒に酔って人を殴ったときでさえ、賄賂で揉み消されたことを、女中のひとりから聞いていたのだ。だが、誰も取り合ってくれはしなかった。

あの外聞を気にする姫宮のご当主が、そのような願いを聞き届けるはずもなかった。
義理の末娘の得体の知れない友人など、捨て置けばよい。それが姫宮の家格に障るのならば、なおさらであろう。この村の井戸、しかも、あの今は亡き姫宮神社に縁ある場所から拾われたはずなのに、姫宮のご令嬢の住む離れに公然と出入りさせていたはずなのに、わざわざ、余所から流れてきた巫女で大神神社預かり扱いしたのも、姫宮家が姫子を切り捨てるためだったのだ。千歌音は今更ながらその企みに気づき、愕然としていた。姫宮のご当主はまたしても、自分から大切なものを奪い去ったのだ。

最後の頼みの綱は、姫子の身元引受人だった大神神社だった。
だが大神の主である壱之新老人は、あいにくと、そのわずか数日前から留守であった。村外の縁者の集まりである崇敬会の面々とともに、湯治の旅に出かけていたのである。こうなると、もう千歌音にはなす術がなかった。そもそも、壱之新老人は姫宮卿と幼馴染みの間柄とはいいながら、姫宮と交遊のある名士たちの猟犬に神田を荒らされたときですら、文句ひとつ言えなかった温厚なお人である。はなっから当てにできるものでもなかった。

夜、もの佗しい部屋に取り残された千歌音は、不安で胸が押しつぶされそうになった。
大巫女のもとでも、巫女としてなんらの能力も開花しえなかった。姫宮の家に貰われてもさげずまれ、娘の一人としての職責も果たせない。取り巻きの女中たちも火の粉の降りかかるのを怖れて、誰も姫子の安否を口にしようともしない。

自分があまりに無能で、無知で、我がままで、身の回りの者たちと信頼を築けなかったから、いざ大切な友人を救おうとしても、誰も助けてくれっこないのだ。
自分のことなど誰も大事にしてくれない、だから粗末にしていい。そんな身勝手な生き方が、この土壇場になって裏返しになって帰ってきたのだ。姫子と二人で、ふたりっきりで生きていければいいと思っていた。あの人さえいれば、この世界の他のものはいらない。誰にも好かれなくて良い。そう意気込んでいた。たったひとつの愛情さえあれば、それでいいのだと見くびっていた。そんな考えは甘かったのだ。千歌音ははじめて自分の愚かしい生き様を呪った。


ジャンル:
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