陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「Flower and Fidget」 Act. 10

2006-09-06 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

不意にくすくすとシャッハが笑い出した。
ヴェロッサが怪訝そうに、椅子に座りなおして向き直った。

「何かおかしいかい?」
「はい。とても、おかしくて」
「そんなに笑わなくても」

薔薇の鉄格子の向こう側の修道女は、口元に手をあてて、うふふと笑いさざめいていた。日ごろ、手厳しいシャッハがこんな乙女らしい笑い方をするのは、とても機嫌がいいときだけだった。

「ごめんなさい。先ほど、人の心の闇に耳を傾けるのが嫌だとおっしゃったロッサが、あの子のことを親身になって考えてあげているのがおかしくて」
「僕が優しくて悪くはないだろう」

姉がわりの女性たちに甲斐甲斐しく付きまとわれて、照れくさそうにしていた少年は、あたかも十年前のヴェロッサとカリムの姿そのものだ。シャッハはそれを見抜いたうえで、笑っていたのだ。
ヴェロッサが息子に過去を投影してしまう親のような、なんともいえぬ深い憂いの顔をしていたものだから。彼が他人に対してそんな顔をしたのは、シャッハが知る限り、八神はやてぐらいなものだった。

「そのとおりです。あなたは、やはり私の偉大な伯母マザー・テレサが息子のように可愛がっただけありますね。伯母の目に曇りはなかった。あなたは勘違いしていますね。ロッサの特殊能力を当て込んで、伯母や聖王教会が、あなたを側においたわけではないのです」
「どういうことかな?」

くつくつとした笑いを収めるために咳払いをしたシャッハは、ふと真面目な顔つきになった。彼女の口から、ある一句が諳んじられた。

「与えよ、強き信念を持ちて、惜しむことなく与えよ。さらば神は汝の命つきるとも、永遠に与えられん」
「…『聖王教書 第三章第九の節』か」

十字を切って、手を組んだシャッハは、ヴェロッサに頷きで応じた。
聖王教書嫌いの不勉強家ヴェロッサがその一節だけを覚えていたのは、亡きマザーがしばしば口にしていた言葉だったからだ。

「私は子ども相手でも警戒心は解かないほうです。聖王医療院に保護したヴィヴィオが逃げ出したときも、聖王教会の安全第一が先に立って、思わず武装で構えてしまいました。そのとき、シグナムに窘められたものです。人に剣を抜かせるものは勇気ではなく、得体の知れないものへの恐れ、なのだと。でも、ロッサ。あなたはそんなことはなかったでしょう。それは、ロッサが人の胸の奥にも守っている大事なもの、悲しいもの、優しいもの、すべて見抜く力があったからです。あなたは、伯母に支えられた日から、こころを読むだけでなく、こころに与える力を得たのです」

寂しげな顔をした自分を抱きしめてくれたときの、マザーから流れてきた裏表のない、愛おしむ気持ち。ヴェロッサはあれを忘れたことがない。まさか、思考調査をしている自分が、相手の感情を操作し導いているというのか。他人の精神のかけらを狩っているだけの自分が、そんなことをしているわけがなかろう。ヴェロッサは、ふと自分の手のひらに視線を落とした。

「あなたはその力を、人を救うために役立てなければなりません。いいですか、ロッサ。あなたは、心してそうなさらなければ。人の善のために力を行使することを後悔してはなりません。もらった命の恩は、命がけで返すものですよ。あなたより弱く守られるべき者のために」

遠いところから、呼びかけられたようなその声。我に返って、ヴェロッサは面を上げた。
机に両肘を突きながら、真正面からシャッハの顔をまじまじと眺めた。ヴェロッサはいぶかるような表情をしていた。

「なんです? なにか、私の顔に変なものでもありますか?」
「君は最近、マザー・テレサに口調が似てきたのか?」
「カリスマ性を演出しようと思って、まねしているとそうなってきたようです」
「…それはいい傾向だ」

ヴェロッサもシャッハも、お互いに口元が緩んでいた。

ジャンル:
小説
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