陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

終戦記念日に思うこと

2011-08-15 | 教育・学術・読書・子ども
私がしばしば疑問に思うことは、国歌斉唱・国旗掲揚に反対する教職員が日本の戦争責任を持ち出すことです。

戦争とは時の権力によって鼓舞されたかたくなまでの祖国愛や同胞愛を利用して、国民の結束を固め引き起こされるものです。たしかに、戦時中の軍国主義教育への反省から、日の丸・君が代に嫌悪感を催す方もおられるでしょう。しかし、象徴されたイメージを拒めば済む問題なのでしょうか? 日本がまちがった教育をしてきたというのならば、何よりも先に教育に携わる者こそが平和を希求してやまない人間を育てるために、戦争について語る機会を設けるべきなのではないでしょうか。私の通った中学・高校では夏ごろになると、社会や国語の授業でなくとも、担任の教師が戦争に関する特別授業をおこなってくださったものです。日の丸・君が代を嫌うというのは、日本国民をやめるに等しい暴挙なのです。

国歌斉唱・国旗掲揚に賛成派に投げつけられるお決まりの文句に次のようなものがあります──「考えの多様性を認めるべきだ」──しかしながら、日本にいて、あたりまえのようにその権利を享受し、あまつさえ身分として優遇されているその公務員が、我が国の象徴をけなすというのは信じられないことです。

オリンピックで表彰台にあがったアスリートの後ろには、燦然と国旗が掲げられているものです。サッカーのワールドカップでも勝利を収めれば、選手たちの一陣が国歌を歌い上げます。日本人のみならず、世界中の人がその光景をあたりまえのことだと思っています。自国民の活躍は誰にとりましても好ましいものです。そこには日本が半世紀以上も前に起こした罪科のイメージなどありません。

むやみやたらと反対を唱えるよりも、日の丸・君が代がすばらしい日本の象徴となれるように、今後、日本が過ちを犯さぬように平和の尊さを語り合っていくことに努力を傾けるべきではないでしょうか。

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