陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「Flower and Fidget」 Act. 5

2006-09-06 | 魔法少女リリカルなのは感想・二次創作小説

「ロッサは、なにを恐れているのですか?」
「恐れ? ばかな…僕はさぼり屋だから、しちめんどくさいことからもう、おさらばしたいだけさ」
「違います。あなたは、ロッサは恐がっているのです。この世のおぞましい人の闇のつぶやき…欲望、憎悪、妬み、軽蔑、そんなものに耳を貸すのが恐いだけです。あなたは軽薄そうだけれど、ほんとうはかなり優しい方だから…だから、怖いんです。そうした声を聞いて、自分が取り込まれてしまうことが」

ヴェロッサは、机上に両の後ろ手をついて、天井を見上げていた。
薔薇格子にもたれた白いスーツの背中に、シャッハは慈母のように、ゆっくりと語りかけた。ヴェロッサはただ黙って聞いていて返事をしなかった。沈黙は長かった。

正午ちょうどを知らせる鐘の音が、鳴り響いていた。

──ぐおぉぉん、ごぉおおん…──。

いつもの鐘撞き役の修道女では出せないような、変わった響きだった。
ヴェロッサの脳裏に、鐘から垂らされたロープにしがみつきながら、勢いよく助走をつけて撞き棒を揺らす男の子のすがたが浮かんだ。

「あの子か。鳴らし方がまだまだ甘いな」
「そうですか。はじめて鐘を鳴らした九歳のロッサも、あんなものでしたよ。ロープに足を絡めてしまって、鐘が鳴る塔で泣きべそかいていました」
「カリムと君、僕の三人で撞きくらべしたことか。カリムはあんな細腕なのに、どこに力があるんだろうな」
「カリムは鐘鳴らしのコツを、伝授されていたのです。撞き場所をご存じでしたら、無理な力をかけなくていい。鐘のちょうど中央を突けば、響きがまんべんなく表面を伝わって、深く重なりあう音色が生まれるといいます」
「なんだ、そうだったのか。まいったね」

髪の毛を掻きあげながら、ヴェロッサは鼻の先で、すふん、と小さく笑った。

「聖王医療院から抜けだして、抜き打ちでよくやったんだ。よく当時の修道女長マザー・テレサにお目玉を喰らったね。君の伯母君は、誰かさん以上に僕には容赦がなかったから。きょうみたいに、温室の薔薇をくすねたりしたら、三日は地下書庫に閉じ込められただろうね」

皮肉を言われたのに、シャッハは目を吊り上げて怒る気にもなれなかった。
ヴェロッサが鐘を衝きたがるのは、きまって月のある一日だけだった。その日は、ヴェロッサにとっては忘れえぬ日だった。

「ロッサがここに居てくれたのは、伯母のためですか?」

シャッハ・ヌエラの母の年の離れた姉テレサ・ヌエラは、カリム・グラシアの実母にして当時の教会騎士団最高顧問および管理局理事官だった女性の秘書を務め、その職をシャッハの母に譲ってからは、名誉修道女長として聖王医療院の設立に尽くした。聖王医療院は、聖王教会直轄の医療機関にして、児童保護施設も兼ねている。その慈悲深さはミッドチルダでは広く知られており、親しみをこめてマザー・テレサという尊称で呼んだ。
幼い頃、ヴェロッサも聖王医療院に保護されて、すでに老境に近い年のテレサに母親代わりとなって面倒をみてもらったことがあった。

「はっきり言えば、そうさ。僕には、マザー・テレサの愛しか頂いていない。古代ベルカの偉大な王を敬う信仰心なんか持ち合わせてはいないよ。僕は神なんか、信じてはいないからね。だから、もうここに居続ける義理なんてないのさ」



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