陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「Flower and Fidget」 Act. 6

2006-09-06 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

──新暦62年10月。
ミッドチルダ公国にほど近い第三管理世界スライルムで、内紛が発生した。聖王教を信仰する古代ベルカ聖王家に仕えた人びとに子孫たちのすむ居住区を、反聖王教派の過激派テロリストたちが襲撃した。この武力闘争は、管理局の介入により、三箇月で鎮圧された。しかし、以前として少数派の聖王教信者たちへの無差別攻撃は続いていた。

ベルカ自治領の聖王教会本部は、同胞の身の危険を憐れみ、聖王教信者たち一家を無条件でミッドチルダ公国へ移民させることを、時空管理局へ承諾させた。
翌々年新暦64年の12月。つごう千数百人の移民を乗せた巡航船が、ミッドチルダ北東部近くの次元港に到着した。先祖伝来の土地を離れがたい高齢者も多く、難民の三分の二以上を十八歳以下の者が占めていた。この巡航船はのちに「聖王の方舟」と呼ばれた。

当時、九歳だったヴェロッサ少年も、こうして生まれた世界を離れた孤児だった。

「僕は聖王教の信仰者なんかじゃない。ただ、生まれたときからのこの能力のために、親に捨てられたんだ」


──彼の才能は三歳の頃に開花した。
さいしょはおもしろがって天才児かと褒めそやしてくれた家族も、近所も、親戚も、無邪気な少年にこころを見透かされ、言い当てられるのがいやさに、彼を避けはじめた。

八歳を迎えた年、彼の家族の住む村の民家が放火され、略奪された。
内通者を調べるために、大人たちはヴェロッサの能力を利用した。ヴェロッサは村の名家の生まれだったが、厄介者の末っ子であった。力を発揮するときだけ、ふだんは自分を顧みない大人たちが認めてくれるのが、ヴェロッサには嬉しかった。
ヴェロッサは村人全員の手をとって、その思考の隙き間に潜り込んだ。内通者は、彼が親しかった幼な友だちの父親だった。友だちの父親は見せしめに袋叩きにされて、友だちは消えてしまった。

管理局の制裁がおこなわれたその半年後、ヴェロッサの村はテロリストの焼き討ちにあった。テロリストの集団を手引きしていたのは、斥候兵となったあの友だちだった。ヴェロッサの家族だけが執拗に狙われた。実の父も母も、彼を疎ましく思うようになり、聖王の箱舟移送にからんで、彼を聖王教信者の孤児として偽らせて乗り込ませた。

他の子どもたちには、れっきとした身分証明書があるのに、ヴェロッサにはなかった。ヴェロッサは、荷物のように麻袋に入れられて、船底の貨物室に潜り込んでいたからだった。
医療院の総責任者だったテレサ修道女長は、すぐにヴェロッサが聖王教信者ではないことに気づいた。だが、少年は故国へ強制送還されなかった。
テレサが保護責任者となって、グラシア家の遠縁筋で跡継ぎのない旧家のアコース家の継嗣とさせるように新たな戸籍を与えられた。
ヴェロッサ少年は忘れない。あの日、老いた修道女の細い腕を掴んだ拍子に流れてきた、とてもあたたかな感情。それは、彼が数年来失っていたものだった。

「君の伯母上マザー・テレサに愛されなければ、僕もきっとスカリエッティみたいな違法科学者に庇護されて、どうなっていたかわからないね。僕の今があるのは、彼女のおかげさ」
「聖王医療院に来たときのあなたは、とても手のつけられない子どもで。伯母は手を焼かされたと言っていました」
「三人で、大聖堂のマリア像にある宝飾を盗もうって計画したな」

聖王教会の大聖堂にあるマリア像は、古代ベルカに制作された大理石の彫像で、海底から発見された。表面の腐食を落としたが、瞳が洞窟のように抜け落ちていたので、数十年より左右色違いの宝石を嵌めていたのだ。聖王教会のシンボルとして、それは長らく信仰を集めてきた。

「そうそう。カリムが翌日のミサでのオルガン演奏がいやでたまらないから、年下でお付き役だった私に盗んでくれとおっしゃられて。でも、マリア像を倒して割ってしまったのですね。その音を聞きつけた伯母が血相変えてやってきて。カリムと私は長椅子の下に隠れてふるえていました。ロッサは一人で、自分がやったと言い張って…」

幸いにしてマリア像の損傷は腕がとれただけだったので、極秘裏に修復された。
テレサ・ヌエラ修道女長は自分の姪をも含めた三人を分け隔てなく叱りつけた。教会騎士団を束ねるグラシア家の総領娘を叱りつけた修道女など、後にも先にもテレサぐらいしかいない。

「そうだ。まさかあんなに本気で手とお尻を鞭で叩かれるとは思わなかったな。思い出したら、今でも尻が痛くなりそうだ」

机から腰を浮かし気味にしながら、ヴェロッサは後ろを振り向いた。シャッハが切なそうなまなざしで、こちらを見つめていた。

「あなたが、あんなに必死に引導の鐘を衝いたのは、彼方の故郷へ届けるためでしょう。あなたが、ここで元気に暮らしているのだという声を届けるために」
「さて、そうだったかな」

ヴェロッサのあいまいな言葉の濁し方に、シャッハは確信を得ていた。
聖王教会の鐘には、彼岸に鐘をつくと千万億土まで聞こえるという言い伝えが残されている。
ヴェロッサは悪ふざけで衝いたのではなく、無慈悲に衝かぬように、念を込めて衝いていたのだ。その後、彼は耳そばだてていた。岩盤に跳ね返ってきた鐘の響きに乗って、聞こえてくるという死者の声を。

「ここには、こんなにも私たちの想い出がつまっているのに…。どうして、出て行かねばならないのですか?」



ジャンル:
小説
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