陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の点(くろぼし)」(一)

2009-09-29 | 神無月の巫女感想・二次創作小説

──ここはまほろばの村。
この村では、刻がゆったりと流れる。働きづめの水車に回されて水路を惑いながらもゆったりと歩む葉舟のように、おのが身を震わせながらそろりと滴を生み落とす朝の稲穂のように、この村の刻はゆったりと流れる。人も、自然も、何もかも──。そんな穏やかな刻の流れのなかで、わたくしは、わたくしは……。ただ、ひたすら、この村に雄々しくそびえたつ古き館での、お務めをつつがなく果たすばかりでございます。




裏日本に位置する、とある風光明媚な小村──天火明村。
その村は、日本神話に登場する、天孫であり太陽の神の名を冠したとされる。だが、不思議なことに、この村で古くから信仰されている土着の神は、名もなき、月を象徴とする神なのである。

日本列島の背中に蛇の子が噛みついたような地形をもつ、このご当地のなかでも、天火明村はとりわけ神話に近い地域である。旧石器時代からはじまって、縄文弥生、そして大和王建時代の古い遺跡が多く発掘されており、考古学ファンを魅了してやまない土地柄でもあった。

明治および、昭和、そして平成の市町村大合併をうけても、いまだこの小さな村が近隣の都市に吸収されえないのは、村長や古くからの振興会のメンバーたちが自然豊かな風合いを残すべく、働きかけたからであった。一世紀前も、この村は天火明村と呼ばれていたが、その地図に記されるべき建物はその多くが消えた。大正期にある未曾有の大災害が村を襲ったのは、その端緒であった。

そんな村の記念碑であり、数々の地図の改訂にも関わらず、その存在を消すことのなかったある建物が一棟──この村の、いや、明治大正期の歴史的象徴ともなっているその建物。
あと五年もすれば建立百周年を迎えるという姫宮邸。邸宅を名乗ってはいるが、もともとは客室と舞踏会場を備えた別邸に過ぎなかった。一世紀近くも前の絢爛さをいまだに忍ぶことができる、その西洋式迎賓館は、この土地の有力者でもあり、中世は海運業で西国の海の覇権を得つつ、政争に巻き込まれて近世にはただの地方庄屋となり、近代には事業家として功成り遂げた旧家・姫宮家が、莫大な私財を投じて建設したものである。

この邸は、この村が直面した、歴史が明敏に表沙汰にしようとしない陰鬱の闇をつぶさに見てきた筈だった。
建物は何のために作られるのだろうか。人を風雨から覆うためか。夜に光りを与えるためか。神を奉るためか、功なり名を上げた者たちの権勢を後々の世に語り継がせるためか。それとも、罪あり咎をかぶった者どもを閉じこめておくためか。地球の一端を切り取って我がものとして署名し、せせこましく領地を確保するためか。新しい文化を移入するためか。古い遺物を放り込んでおくためか。およそ人の営みあるところに、いくらも、いくつもの建物が生まれる。器を大きくせんとして、建物を広くするのは世が常のこと。住まいを見れば、人間の歴史はおおよそ語ることができよう。古今東西、人類ほど住処にこだわりをもつ生命体はいまい。

この邸だけではなかった。この村にある、すべての景色。谷川の湧水も、急峻な山野も、なだらかな丘陵地も、傾斜地に形成されたあの見事な棚田も。この村にあるなにもかもすべてが、この村の歴史の証言者そのものであった。およそ人の生きる間に経験するであろう、嬉しいことも、哀しいことも、苦しいことも、楽しいことも、すべて。それらを、この村の刻の水車は、ひっくり返して無にしてきたのであった。





ジャンル:
小説
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「夜の点(くろぼし)」(二) | TOP | 神無月の巫女二次創作小説「... »
最近の画像もっと見る

Related Topics