陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Flower and Fidget」 Act. 16

2006-09-06 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

「申し訳ありません。わたしとしたことが、シスターに拳を突くなどと無礼なことを」
「いいえ。いいのです。お気になさらずに。それより、さっきのお話ですが。仮にあなたから襲ったのが事実だとしても、相手が軽傷でかつ被害届も出されないならば、あなたは現行法では罪には問われないでしょうし」
「そいつは、あくまで法律上の話だね。君の年齢ならば、相手さんを惨殺するなど社会的な影響がない事件でない限りは、まあ獄に繋がれはしないだろう。だが、法が許すからといって、神が見逃すとは限らないよ」
「しかし、ロッサ…」

子どものお仕置きにすら厳しいはずのシャッハが、珍しく言い淀んでいる。
やれやれ、姉君といい、この忠実な秘書といい、やんごとなきお血筋にはやたらと甘い。

腕組みをした右手の人差し指を一本ぴんと立てる、えせ修道士ヴェロッサ。
父なる神はつねにご覧になっているとでも言いたげに。指先に誘われて、他の二人も見上げたのは天井画。美髯の老神が手を差し伸べ、若く勇ましい英雄王がその手をとらんとしている、その場面。だが、若者のもう一つの手は拳を振り上げ、何かに殴り掛からんとしているようにも見えなくもない。先ほどは、神の手に縋るように見えたのに。

どうやら、すでにシャッハは告解者の左右の瞳の異なるのと、その弁に合わせて感づいたらしい。そもそもカリム・グラシアの預言がヒントになったのだろうが。いいや、違う。教えたのは、その天井画だ。ただのその場限りのお役目だったのに、ヴェロッサはすでに爾来伝道師のような風格で語りだすではないか。

「この天井画の御利益はてきめんだ。この絵がなぜ真筆じゃないか、わかるかい? これはホログラムのようなものでね、懺悔者の真情があの青年王に反映される。あの突き上げた腕を見るがいい。君は言葉の先で申し訳ないと言いつつも、胸に溜め込んだ闘志を抑えることが難しいようだね」

少女は見透かされたのか、気恥ずかしげに、こくん、と頷いた。さきほど、身勝手に動いた拳を必死に押さえつけながら、細身を震わせている。罪を隠さず素直に出頭できるくらいなら、こんな遠方くんだりまで足を運んできたりはしないだろう。彼女は知っている。きっと警察に捕まっても、警察を張り倒してしまいかねないことを。いつか取り返しのつかなくなっていく自分が怖いのだ。

「十二、三の可愛い盛りの女の子とはいえ、世の中に拳を向けたら、落とし前はつけるのが道理というものだよ。負傷して入院したというのなら、損害は蒙っているわけだ。ここはひとつ、素直に詫びを入れにいったらどうだろう?」

ヴェロッサは机の脇においてあった薔薇の花束を、アインハルトに渡した。
どんな懲罰が待っているかとしおらしく鞭を受けるような覚悟を浮かべていた彼女は、拍子抜けしているばかり。シャッハは唖然としている。

「それは…騎士カリムに捧げる大事な…!」
「なあに。父なる神も、聖なる王も慈悲深い。ましてや騎士カリムも寛容なる精神の持ち主だ。花の一輪や二輪、正直で可愛い女の子のためにくれてやるのが、聖王教会流の慈善というものだろう。情けは人の為ならず。可愛い子ちゃんには詫びさせよ、と諺にもある」

そんな諺、聞いたこともありませんが。第一、貴方がその薔薇をどうこうしていい権利はありませんのに。瞬間、目を剥いて抗議のまなざしをしたシャッハに、ヴェロッサはウインクをした。
あの顔をされると、どうもいけない。白いポケットから出した数枚の金貨が、少女の柔らかな手のひらに落ちた。そして、流れるようなしぐさで指を鳴らす。手品のように、どろんと現れたケーキの箱も追加された。事ここにきて、シャッハもこの男の意図を理解したものらしい、それ以上、口を尖らせはしなかった。やれやれ困ったものだ、といった溜息だけは落として。

驚いた少女アインハルトは、慌てて押し戻そうとするが、査察官は受け取らない。

「いけません、このようなものを戴いては」
「お嬢さん、大人の好意は素直に受け取るものだよ。悪さをしたら、素直に謝る正直者は応援したくなってね。罪を憎んで人を憎まず、というやつだ」

食うに困ってわざと罪を犯しては獄に繋がれる者だっている。
この少女は律義者だ。だが、これは無私の施しではない。この贈り物の意味を君は理解しているのかな。紳士ぶった笑みを含んだヴェロッサは、試すような視線を投げている。

「ですが…」
「恩義に感じているならそうだな、君がご自慢の拳で語り合えそうなお友達でも、いずれ連れて遊びに来てくれたらいいさ。君の敬愛すべき聖王女さまとやらも、喜ぶだろうよ」

正確に午後一時を告げる鐘が、遠くで鳴り響いていた。
修道女の誰かが叱りつけるだけなく、正しい撞き方を、あの少年にきちんと教えたのだろう。鐘は美しい余韻をもった音色を、古めかしく奥ゆかしいこの聖域一帯の、どこまでも青い虚空に響かせていた。

そのときヴェロッサ・アコースは、遠い次元世界のふるさとの村の、あの静まり返った湖の底に潜む魚のひらめきを聞くほどの、あの懐かしくかすかな響きを聞いたように思った。



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