陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「アフター・ザ・レイン」

2012-06-21 | 映画──社会派・青春・恋愛
2006年のアメリカ映画「アフター・ザ・レイン」(原題;Dark Matter)は、さしずめメリル・ストリープ版「グラン・トリノ」といったところでしょうか。日本では未公開なのであまり話題にはなっていません。

米国の大学の博士課程の留学生リウ・シンは、気鋭の宇宙理論科学者ジェイク・ライザー教授に助手として採用されます。
留学生支援をしている教会の紹介で知り合った世話人の婦人ジョアンナ・シルバーはとても親身に接してくれます。
教授に逆らわない中国人の学界と違い、オープンな雰囲気で、リウは自分の才能を発揮し、ライザー教授にも一目置かれる存在になりますが…。

彼の前途は明るいものに思われました。
しかし、リウは中国人としての誇り、そして学問への自信を捨てることができません。アメリカ人風に改名し洗礼を受け、教授のテーマに追随しているだけの同期生をもどかしく思い、自国のアイデンティティを損なうまいとするのです。
宇宙にははじまりも終わりもないという持論をもつリウは、宇宙の創造は神のおかげと信じ込むキリスト教圏の米国人とは合わない。片想いの女の子にもつれなくされてしまいます。

学内の諮問会で、ライザー教授のモデルを公然と否定して新理論を打ち明けたリウはテーマの変更を強制される。大発見をしたテーマも論文に却下された独断で雑誌に投稿するが、それが教授の怒りを買ってしまい博士論文も受理されません。

傍から見れば、テストの答えを独創的に書きすぎたために警戒心を持たれた学生の泣き言を大げさに演出していると思われるかもしれません。でも、学生時代にこうしたアカデミックハラスメントを経験したことのある方なら、主人公の陥った絶望の境地いかばかりか。大学だけでなく、こうした若者の挫折は現代では至る所に転がっているのです。そして、おぞましい悲劇が…。

この状況をみると、米国に留学した日本人科学者たちがノーベル賞をあいついで受賞している事実をすなおに喜べなくなります。郷に入れば郷に従えとはいうけれど、自分らしさを捨ててまで生き残るべきか。
そして、貧困や犯罪をなくすためには、経済格差を拡げない、そのためには教育が必要という論理さえも疎ましく思えるのです。高い教育を受ける場所ですら、こうした理不尽なことが起こりうるのならば、夢と希望にあふれた若者はいったいどうやって生きていけばいいのでしょうか。

友好を装いながらその実、アジア系を馬鹿にしている米国人たち。
それとは対照的に、娯楽に費やす時間もなく労働に勤しみつつましい生活をするリウの両親たち。中国人の批判する米国人も、アメリカの豊かさに群がる中国人も、日本にあてはまるのではないでしょうか。

あの衝撃的な結末をみると、無駄に思えた西部劇のシーンがなんとも意味深に感じられますね。主人公は最後にしてアメリカ流になじんだという皮肉でしょうか。
著しい経済成長を続けるアジアの大国に対するあてこすりも感じられる映画です。

主演はメリル・ストリープと中国人の国際派俳優リウ・イェ(劉 燁)。
メリル・ストリープはいい役どころではあるのですが、あまり彼女の演技力が生かしきれていないようにも感じます。

監督はチェン・シーチョン。
1991年にアイオワ大学で生じた事件に想を得たフィクションだそうです。
邦訳のタイトルが内容と合わないような気もします。

(2011年2月27日)

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