陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の点(くろぼし)」(十二)

2009-09-29 | 神無月の巫女感想・二次創作小説

乙橘学園高等部女子寮にあった、あの井戸に縋ろうとする者も、遠ざけようとする者も、どちらも同じくあの場所を怖れているのであった。

あの古井戸に何があったのか。あの井戸から、何がはじまったのか。そして、終わってしまったのか。今ではその謎を誰も知る由もない。あるのは、あの井戸を眺める者が感じる、言い知れぬ、そわそわした感情だけであった。底の深さを測れない井戸を覗くときに、たしかに地を踏んでいるはずの自分の足が浮ついて、何か途方もないものに呑み込まれていくのではないかと恐ろしくなる、あの感じ。水面に映った自分の姿が、異界の何かに変じたようなうつろなあの感覚。井戸を覗くとき、ひとは己の空洞を覗きこんでしまうような心地になる。全体が分からないからこそ、余計にひとを引きつけるその魔力。

一部の女子学生たちの間では、ひそかに、あの古井戸が学園七不思議だの、八不思議だの、パワースポットだのともてはやされていた。なぜ、あの閉ざされた井戸に惹かれていくのだろうか。乙羽の画策で近づくなとお触れを出してあるのに、なおさら、その禁断の味わいこそがひとを招き寄せるのだ。

あの薄気味悪い井戸と、私たちの神聖な樹は異なる。
そうは思いながらも、乙羽はこうも考える。ある場所は、楽しみよりも苦しさや悲しみでひとを虜にしてしまう。高く雄々しくそびえていくものよりも、深く穿たれた穴のようなものが、覗き込むように人の感興をさらってしまうことがある。あの古井戸はまったくもって健全ではない。しかしながら、また自分が慕う想い出の一木とあの井戸には相通じあうものが、人の悲しみがあるに違いない…。あるひとつの物語のワンシーンが、生涯、その読み手の心から消え去ることのないように。

もしも、千歌音お嬢さまが、あの古井戸を前にしてこう言ったら────「私といっしょに、ここから飛び降りてくれる?」────そんなことをおっしゃったとしたら? わたくしは、それに従うだろうか? わたくしではない、誰かがお嬢さまのその気の迷いにつけこんでそそのかしたとしたら? お嬢さまが愛しく思し召される方が誘いかけたとしたら? その疑念は、乙羽の中にくすぶっていないことはなかった。いいや、そんなことはありえない。ありえないのだ。お嬢さまがそんなことに乱されるはずがなかろう。そんな相手が、お嬢さまの想い人であってよいはずがない。お嬢さまが低く冷たい闇の底へお隠れになる、それは日蝕のように、この世をあまねく照らす光りが潰えるということ。そもそも災いの芽を断つべきことこそが、己の役目であるはず。そんな穢れの場所をお嬢さまが見つけてしまわないうちに、数年前に乙羽がしたことは、あの井戸の封鎖であった。ふたりだけが知っているあの樹それ以外に、千歌音お嬢さまがご自身の迷いを埋める場所など存在してはならないのだ。

しかし、あの井戸は年々歳々、どこをどう聞きつけたのか、迷える乙女たちの狂ったような信仰を集めていくではないか。
それが証拠に、このたびの映画の舞台に抜擢された折も、あの古井戸が話題となって監督氏の耳に入ってしまい、粗筋の一端に出てくる仕掛けとしてうっかり採用されてしまったのである。口の軽い女子生徒か誰かがうっかりと洩らしたのだろう。さすがに女子寮自体を貸し切ることはできなかったので、この姫宮邸に元からある、裏手の水汲み井戸に少々手を加えて利用したのであるが。お嬢さまと自分が水遊びに親しんだ、白木造りの井桁で囲われたあの清らかな井戸が、村祭りで巫女に扮する際にお嬢さまが身を浄めるあの井戸が、あのような邪推じみた出来事に利用されたのが、乙羽にとっては迷惑千万不愉快満杯な事態。しかし、事実上乙羽に管理を委託されたのは、姫宮の邸内の千歌音嬢に由縁ある部屋のみであったから、不服申立てしえなかったのであった。


ジャンル:
小説
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