陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の陽(いつはり)」(十八)

2009-09-26 | 神無月の巫女感想・二次創作小説


ともあれ、貴顕の家に生まれた者に備わっている、はりぼてめいた優雅さにも、千歌音は戸惑っていた。
全身に金箔を貼りめぐらせた、ないしは宝玉を埋め込んだ粘土像のような、いびつな権威。千歌音が周囲に感ずる嫌悪はそれであり、そして、その愚陀仏の仲間入りを果たすことが生きる道なのだ、と言い聞かせても、気持ちはそぞろになった。千歌音を戸惑わせた要因は、心の不具(かたわ)のみではなかった。当時の女性観からいって、あまり豊かすぎる胸は美しくなく、晒を巻いてわざわざつぶしていたぐらいなのだが、十五歳を前にしてやや目立ってきたその欠点が露出の多すぎる夜会服では隠しようがないからでもあった。

君と結婚したら、姫宮のご当主さまはいくら資産を仕分けして下さるのかな、と露骨に訊ねてくる野心家もいた。
長男の家督相続が至極当たり前のこの時代、次男三男のそれなりの教育を受けた男ならば少しでも家柄のいい娘を娶って、婿養子に収まりたいという望みもあり、また醜女(しこめ)と呼ばれる女でも親の財力如何で片付け先が見つかるのだというから、したたかな双方の利害は一致していた。生まれついた家柄を鼻にかけ、職業婦人のようにあくせく生計を立てるのがみっともないと考えるご令嬢たちには、それしか生き延びる手だてがない。だが、形だけの細君をもらって事業を継がされながら、谷崎潤一郎の父のように家業を衰えさせたり、妾を囲ってしまう婿もいないではなかった。平塚らいてうや岡本かの子のように放埒な恋に生きて、世間から悪女の誹りを浴びた女もいる。尾竹紅吉や吉屋信子のような異色の愛にめざめてしまった女もいる。

とかく、この世は度が過ぎれば生きにくい。男も欲が深ければ、女も情が深すぎる。
性別を問わず、その相手こそ己に仕合せをくれるべき存在なのだと見込みすぎれば、現在の胸の時めきに未来の義務責任の勘定が見合わねば、どんな愛だって重い。

月の大巫女のもとで育てられていれば、知ることのないような、戯れ戯れしい男と女の裏事情が、華で飾りたてながら打算と欲望渦まく人間模様が、この夜会ではいくらでも見聞することができる。
耳年増の女中のなかには、玄人面して男女の機微とはかくあらんと教育しようとする者までいた。女中たちも女中たちで、それぞれの女主人たちが少しでもいい縁組みを授かることを、己の矜持にかけて、互いたがいに熾烈に競い合っていたのだった。それは貞女かくあるべしと育てられた千歌音をおおいに戸惑わせていた。月の大巫女の薫陶を受けた魂魄の誇り高い部分まで、踏みにじられていくように思われてならなかった。望まずに月の大巫女の跡取りとされ、そして、願わずに姫宮の娘にされてしまった者の宿痾(しゅくあ)に、千歌音は引き裂かれようとしてる。

この方たちは、けっして、私を見ない。
私の背後に控えているものにこころ動かされて、言い寄っているだけなのだ。私が何も持っていないと知らされたら、私が何もできないと分かってしまったら、彼らは手のひらを返すように去っていくだけ。だから、求婚者が多いからと言って、ゆめゆめ、いい気になってはいけない。姫宮の名がなければ、私など野垂れ死にしてもおかしくはない孤児なのだから。糸瓜(へちま)の皮にも等しい存在なのだから。千歌音は自分にそう言い聞かせている。

にわかに夜会でちやほやされようとも、図に乗らないこの少女の性質は祖母譲りの数少ない美質であったともいえるが、反面、それは二年あまりの頼る者なき孤独が生んだ小疵でもあった。



ジャンル:
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