陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。

「夜の陽(いつはり)」(十一)

2009-09-26 | 神無月の巫女感想・二次創作小説


「大巫女さまがお隠れになることなど、天地神明に誓って、ありえませぬ。さように不吉なことを申されては…」

巫女たちの不安と動揺とをそっと撫でつけるように、大巫女はやわらかに首を揺すった。

「いいえ、もうすでに運命(さだめ)になっている事。わたくしは十年のちに鬼籍に入る。西班牙(イスパニア)から流れてくる悪しき流行病が命取りになります。この村にも、いずれ、大いなる災いが起こりましょう。昨年も足尾銅山で坑夫たちが暴動を働きましたし、さらにその前年には帝都の路面電車が焼打ちにも遭っています。御一新ののちも、世上はいまだ不安定です。姫宮のご当主さまにも警告さしあげねばなりません。そして、いずれ、この日の本の国にも…。近いうちに、我が国は偉大な国家の元老を異国で失うことになり、その事件からもたらされた遺恨が、我が国と亜細亜諸国との関係に歪みを与えてしまうでしょう」

付き添いの巫女たちは、その言葉にみな一様に色を失った。
大日本帝国憲法の発布につとめた、日本初の内閣総理大臣・伊藤博文公が哈爾浜(ハルピン)駅で暗殺されるのは、この翌年、明治四十二年十月下旬のことである。だが、巫女たちにとっては自身の親代わりでもあるこの主の人生に限りがあることの宣告のほうが、いかなる政変よりもなお、そら恐ろしいのであった。明治政府が整えんとしていた立憲政治とは、血脈と家の格式に従ったかつての幕藩体制とは異なって、選挙によって選ばれた平民の代表者が法に則って執政する。票はいくらでも金で買える。「アイス(氷菓子)」と揶揄された高利貸しであっても、労働者をこき使う資本家であっても、国政を司る者になれる。国民が選択を誤らねば、いくらでも為政者の代わりは現れる。

しかし、月の大巫女という立場はそうではなかった。
月の大巫女は神の託宣によって選ばれし者。すくなくとも、この姫宮神社という、外界から隔てられた制度環境で純粋培養されてきた女たちからすれば、それは神聖にして侵すべからざるものであろう。月の大巫女とそれをふくめた姫宮神社の巫女たちは、いずれも、姫宮家の御本家もしくはその縁戚につながる、由々しき血筋の生まれ。家名を背負って送り込まれた者もいる。女は血と暴力で世の中を革命することはできない。女は、時代に沿って、血と肉をただ残していくことしかできない。ここではいまだ旧弊の封建主義と徒弟制度がしぶとく生き残っていたのである。古い社会体制と思想とは、もはや孵化しえない卵のようなものだ。制度にすがって生きていくものは、それを打ち破ることはない。

村の信仰の象徴でもあり、姫宮家の守り神である祭祀の長を失う。
それがこの時世ゆるやかならぬ明治において、どれほど人々の涙と動揺を誘うことか。ただでさえ、御一新後の文明開化と、無節操な自由民権の機運や、さらには労働争議に溺れて、また疫病や公害などの頻出もやまず、民草は神への信心を薄れさせているというのに。横柄な正義感を植えつけられた人々は無駄に掻き混ぜればかきまぜるほど、世の中の味が旨くなるとでも思っている。しかし、世の中をひっくり返すのは、いつでも神の見えざる掌なのだ。だからこそ、神の手の先を見つめる巫女が必要なのに。巫女たちの嘆きは大袈裟ではあった。

「懸念には及びません。わたくしはすでに自分の後継者となるであろう、次の大巫女たる者を見つけ出してあるのです。その娘もしばらくのちに、このお社に現れましょう。その娘を孫として迎え、巫女として教育をするのです。その子には、わたくしの旧名「神無月(かんなづき)」を授けることにいたしましょう」

「神無月」の巫女の名が出たことに、一同、驚きが走った顔をしたものの、誰もそれを口にすることはなかった。驚きを言葉に落とせば、その者は、月の大巫女による譲位の聖断に対しいたずらに叛く意思を持った者だと疑われるからだ。

月の大巫女に仕える巫女たちは、ほんらいは十二人──睦月、如月、桜月、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、そして限月(かぎりのつき)。
「神無月」をのぞくほか四名の欠落は、病のため、あるいは一身上の都合のために、当人からお役目を辞していたからであった。そして、その空席を埋めてあまりあるほどの若い娘たちが弟子入りしても、彼女たちは厳しい修行と戒律に耐えられずに去っていくことも多かった。もともと由緒正しき他の神社に生まれた娘ですらも例外ではなかった。

「神無月の巫女」──月の大巫女の名跡を代々襲名する者だけが与えられるその異名。
長らく空位とされたその地位に、まだ、ここに現れてもいない娘を迎えるとは。月の大巫女だけが立つ、儀式の祭壇の中央。月の大巫女が身につける、あの瀟酒にして神聖な巫女装束。十人の巫女はそれぞれの名跡ごとの色のついた袴と白衣とを身につけるが、月の大巫女の衣裳だけは格別だ。黄金の前天冠で頭を飾り、美しい文様をあしらった絵衣のうえに掛衣を重ね、その上に羽織るのは袖無しの千早、穿くのが切袴の釆女装束に似た衣裳。そして月の大巫女だけが手にとれる、扇や鉾、杖、鈴などなど、あのきらびやかな神具の数々。この世で、この神社のなかでも一の人にだけ許される、あの清らかな地位にして、あの尊いお召し物とお採り物。姫宮の血筋のなかでも、月の大巫女を輩出した家は誉れとされてきた。やんごとなき姫宮神社に仕える者たちならば誰もが夢見、誰もが憧れ、誰もがそこを目指し血の滲む思いして努力してきたはずである。それをむざむざ与えられる娘がいるとは……。けっして巫女たちの心中は穏やかではなかったはずである。

しかし、これは主の厳命なのだ。
そもそも、現・月の大巫女がわざわざ神無月の後継を指名しなかった理由も察せられるだけに、異を唱えるのも憚られるというもの。長いあいだ、後継者が指名されなかったということは、月の大巫女の治世が永続するかのような錯覚を巫女たちに覚えさせていた。それはもちろん、姫宮神社の平安には効果的に働いていたのだが。

「しかし、このことは姫宮の御本家には、是が非でも内密にせねばなりません。わかりましたね、皆の衆」
「よございます。大巫女さまの仰せのままに」

せせこましい厩のなかで密集した七人は膝をつき、月の大巫女に誓いを立てた。
月の大巫女の言葉に従うことは、この天火明村の守護神・月の大御神(おんみかみ)さまに従うも同然のことである。たとえ、村の名家・姫宮家であろうとも月の大巫女の声を覆すことはできない。巫女たちは神の威を借る者を裏切ることはできはしないはずだった。

「頼もしい巫女たちに囲まれて、わたくしは果報者です」

主人に誓いを立てると、その決意を共有すべく、七人の侍従の巫女たちは示し合わせたように頷き合った。常日ごろの月の大巫女配下の忠実さを伺い知る光景である。彼女たちがいれば、たとえ、自分の身に何かがあったとしても、安心であろう。


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